第13話【背中】
「ふん、使えんな。もう戦意喪失か。これでは情報通りのスペックか否かも判断つかん」
『我々で仕掛けますか』
「ばかもん、却下だ。何度も言わすな」
軍服に身を包んだその男は、無線の相手にそれだけ言うと顎に手を当ててフムと何事か思案を始めた。
熟考とは言えぬ数瞬の沈黙。
「【夜雀】、聞こえるか?」
『こちら【夜雀】、通信感度良好』
「
『……宜しいので?』
「どの道、貴様ら“純正品”と“非正規品”でどれ程の性能差が出るのかもテストせねばならんのだ。それを兼ねても研究部に文句は言わせん。第一、実戦で使えねば話にならんのだ」
『しかし、未だ完成度は八割ほどです。通用するとは……』
「通用せんよ。奴が報告書通りの
今欲しいのは怪物の首ではなく、あくまで“結果”だからな。俺たちゃ合衆国サマのご要望通り、
『……了解』
感情の籠もらない声で短く答え、無線機の通信中を示すランプが消えた。
「わざわざムチャしてお偉方が治安維持法案を押し通したんだ。使われるのがお前らになるのか
†††††
煙草に火を着けながら紫煙を肺一杯に吸い込むと、特大の溜め息とともにいっきに吐き出す。
横倒しになった車。あちらこちらに残る弾痕。救急車の赤色灯も加わり、手当てを受けている負傷者が多い中、遅れて現れたその男は助手席から降りた若い相棒に向かって呆れ半分
「派手に遊ばれたな」
その言葉を聞いた相棒が男──
「遊ばれたって、この惨状でですか? 車両はダメに何台もダメにされてるし、怪我人だって……」
「ハンドル操作ミスって街路樹に突っ込んだ連中が一番重傷で、それでも仕事に戻るのになんら支障はない。その上、直接叩きのめされた連中は、頭部へのダメージからくる脳震盪か、鳩尾を打たれて呼吸困難に落ちた末の昏倒。車を軽く転がすような女が暴れまくったってぇのに、こんだけ
「それは……」
海斗は言葉を失った。確かに、良いように遊ばれたとしか言い表しようがない。
「奴さんにとっちゃぶっ殺した方がよっぽど早ぇし、楽だった筈だぜ。それをしなかった。わざわざクソ面倒くせぇ手加減までして、怪我人の一人も出さずに行っちまったんだ。遊んでくれたのさ。優しく、な」
「ふざけた事をぬかすな!」
二人の会話に割って入った声は怒気に震えていた。
「これはこれは。随分派手にやられましたね。警部殿」
ストレートな嫌味に男のこめかみがヒクヒクと痙攣を起こしている。
「貴様っ……!!」
既に誰に対してかも定かではない怒りの矛先を向けられながら、哲はどこ吹く風だった。そもそも、わざわざ上に向ける顔を持ってないとは本人の弁。
「海斗、車載カメラが無事な車両集めろ。画像くらい残ってるだろ」
「あ、はい!」
哲の指示で若い刑事が動き始める。
哲の方は瞬く間に短くなった煙草を投げ捨て、靴の裏で踏みにじっていた。
(厄介なことになったな……俺はアンタを追い回したりしたくねぇぜ? インユエよ……)
海斗に車載カメラの映像を集めるように指示を出したが、それも別段不要だった。
「警部殿、ここの後始末が終わったらコイツらはとっとと撤収させてください。これ以上このヤマに首を突っ込むと今度は死人が出ますよ」
通じないと知りつつ一応の進言。茹で蛸より真っ赤になった上司の罵声を背にボリボリと頭を掻く。
「東雲っ!! 貴様、何か知ってるんじゃないのかっ?! えぇっ?!」
「何も知りませんよ。あんた達が女一人に手玉に取られて、文字通り転がされたって事以外はね」
追いかけてきて詰問を始める上長に哲は肩をすくめていた。
「馬鹿を言うのも大概にしろ! あんな化け物がただの女な訳があるか! 必ずしょっぴいてっ……」
「しょっぴく? 罪状は?」
「あぁっ?! そんなもんいくらでもっ……」
「ま、カメラが生きてりゃ証拠は充分でしょうね。器物破損に公務執行妨害ってとこですか」
「っ?!」
見開かれる上司の目に振り返った哲の視線が刺さる。
「参考人の女を任意で引っ張るって名目だけでこんなバカ騒ぎ起こして、
相手は
それに、アンタ自分で相手が化け物だって言いましたね? 今回運良く、奴さんがお
そんな諸々のリスクを承知の上で証拠もなしにこのヤマに首突っ込むんなら、それに足るだけの理由を示してください。それが出来ねぇなら、その化け物相手に若い連中の命を上からかけさせるなんてふざけた真似、しねーで下さい」
「……しかしっ……」
正論に尚食いつこうとした上司の胸ぐらを、哲は反射的に締め上げていた。
「『しかし』も『かかし』も
哲の剣幕に誰も止めに入る者は居ない。
自業自得としか言えない有り様。
ギリギリと全力で締め上げる哲の腕力は、現場の人間として未だ衰えぬように維持している。デスクワークが仕事のキャリアを失神させる程度は簡単だった。
「チッ」
舌打ちをしながら寸での所で突き放す。
絞め殺す気かと思った、とは端で見ていた海斗の談。
ゲホゲホと咽せている上司を見下ろしながら、
「俺の事は懲戒にでも何でもしてくれや。
でもな、マジでこのヤマには関わらねぇ方がいい。アンタの言う通り奴さんが俺の知ってる女だったとして、だ。アレを止めてぇなら機動隊じゃなく軍隊を動かすべきだ。そーゆー相手なんだよ。
それだけ言い切り、海斗にバッジと銃を渡す。
「ち、ちょっ、哲さんっ!」
呼び止めようとした哲の背中に何を感じたのか、青年刑事はそれ以上の言葉をかけることが出来なくなった。
その背中を見送ることが、正しいのか否か。そんな自問を繰り返すことしか出来なかった。
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