第9話【右腕】
大空を旋回する一羽の鳥がいた。
黒衣を纏い、闇色の翼を広げて天を舞う姿は、鴉のそれに良く似ている。だが、細部を見ればそれが普通の鴉では無いことは明らかだった。
まず、体躯が違う。当然、細かな種類によっても違うし個体差にもよるが、通常の個体なら全長がせいぜい六十センチ。だが、この個体は一メートルに達しようかという巨体である。それに加えて瞳が違った。本来、黒から青といった色彩を放つ筈の眼球が、深紅に染まっている。異形にして異様。自然界の生き物には無い不気味さをその全身から走らせている。
怪鳥。それ以外に表現のしようがない“何か”は、風の抵抗を巨大な翼一杯に受けながら、ゆっくりと眼下の建物へと高度を縮めていた。
時刻は早朝。
白み始めた空からの舞い降りる姿は、さながら禍々しい闇の使者である。
羽ばたくこともせず、無音で高度を下げ続けた“それ”が突如として啼いた。カラスのそれとは違う異質な声が、明確な敵意を持って吼えるように激しく啼く。
威嚇であると、誰が聞いても分かる啼き声。
その威嚇の相手はそれがとるに足らない行為だと言うように「ふん」と、鼻を鳴らした。
郊外に居を構えた
耳朶を打つ甲高い銃声。
しかし凶弾が怪鳥を貫く直前、深紅の瞳がギラリと光ったかと思うと、まるで目に見えない壁に阻まれるようにして銃弾が空中に静止した。
「流石はあの怪物の眷族、ですか」
異様な光景を目にしながらさして焦る様子もなく呟くペドロ。
それがその怪鳥の防御反応だと瞬時に理解していた。
「あの化け物が自らの血を分け与え生み出した闇の眷族。“今”の私がどれほど通用するか、試させて貰いましょう」
ペドロの唇の端がつり上がった次の瞬間、
パンッ!
再び
ギシャァァァァァァァァァァァァァァッ!
怪鳥が叫声を上げ、巨大な翼を羽ばたかせて“弾丸”を射出する。
ペドロが後方に小さく跳ぶと、今まで立っていた大地が爆ぜた。周囲を吹き飛ばし地に刺さるのは一枚の羽。
同時複数枚が音速を超える
“
“
──音速を超える弾道の全てが、見える!
それだけではない。肉体から溢れる圧倒的な
まるで己が“神”になったかの如き全能感。
それは、子供じみた思い込みや勘違いなどでは決してない。
事実、自分は“神”に近づいたのだ。あの方の、“
「あぁ、我が主・
そう言って恍惚とした表情で
怪鳥の“
「貴女様の剣として、必ずや仇敵を仕留めます!」
ペドロが、大地を蹴った。
既に充分な距離をとることが出来ていた怪鳥は、追いすがることなど出来まいと言うように背を向ける。だが。
「遅い!」
決して人には届かぬ筈の空域にいた怪鳥の眼前に、その姿はあった。
一瞬で距離を詰め、数十メートルの跳躍を経て零距離に迫る。
ギシャァァァァァァァァァァァァァッ!!
二度目の咆哮。
首を掴まれる寸前でペドロの右手が銃弾すらも防いだ不可視の壁に阻まれた。
目には見えないそれに指先を食い込ませながら、ペドロの左手が動く。
「逃がさない!」
叫ぶように言いながらの貫手。
パンッ!
空気が、火薬のそれとは異なる乾いた破裂音を立てた。
防御の間に合わなかった怪鳥の片翼が吹き飛ぶ。ペドロの貫手が音速を超えたのだ。
ギシャァァァァァァァァァァァァァッ!!!
三度目の咆哮は苦悶の入り混じる悲鳴だった。
怪鳥は大量の血を撒き散らしながら、それでも尚、
不可視の壁が消失した。
「ハハハッ! 素晴らしいっ!!」
嘲笑うように吼えるペドロの周囲では、降り注いだ怪鳥の血液が腐葉土を焼き、石を溶かしながら蒸気を上げている。
「もう貴女に遅れはとりません。眷族を通じて見ているのでしょう? 私は主の導きにより新たな力を手に入れました。次にお会いしたときが、貴女の命日となる!」
その場で空を切る横凪の一閃。それに反応する事もできずに怪鳥が爆散した。
降り注ぐ酸の血が、ペドロの狂気を彩っていた。
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