第6話【吸血鬼】
「ここが貴方の部屋? 素敵な所ね」
「それより
「えぇ。勿論」
「じゃったらっ……!」
「嫌。がっつかないで? 焦らなくても大丈夫よ。そんなに
†††††
ザーッと水の流れる音が聞こえた。その水音の中、降り注ぐ温水と蒸気に身を預け、ゆっくりと汗を流す女。
濡れた髪が纏わりつく、余りにも扇情的な裸体。
きめ細やかな白い肌。大きく前に迫り出しながら形が良く、張りのある乳房。くびれた腰つき。引き締まっていながら肉感的なヒップ。細く長い四肢。どれを取っても男の理性を奪うには十分すぎる凶器的な代物である。
キュッとシャワーを止め、水の滴る裸身のままにバスルームの戸を開けると、無造作に置かれたバスタオルを手に取り肢体に巻き付けた。
髪から滴る水滴もそのままに、リビングへ。
何となく点けたテレビでは大規模なデモ隊が戦争反対を声高に叫び続けている。
「大変よね。そう思わない?」
そう問われた本来の部屋の主は、ソファの上に横たわっていた。数分前に部屋に入った時とは全く違う様相で。
厚みのあった体つきはやせ細り、頬はげっそりとこけ落ちている。肌はまるで干からびたようにカサカサだった。まるで、ミイラと見紛う風貌に豹変しながら、辛うじて息はある。ヒュー、ヒューと浅くかすれた呼吸音が喉を震わせているのが聞こえる事でようやくわかる程度ではあるが。
その原因は、首筋に穿たれた二つの穴にあった。
「苦しい?」
歩み寄りながら、男に尋ねるインユエ。だが男は答えない。いや、答えることが出来ないのだ。唇を微かに動かすのがやっとなのである。男の耳朶には、死神の足音が聞こえている。世にも美しい、女の姿を纏った死神の足音が。
「そう。苦しいわよね。身体の
見下ろしながら、淡々と告げる。
「心配しないでね。私と違って、ちゃんと
それだけ言うと、男に背を向け身体を包んでいたバスタオルを床に落とした。
「それから、ナンパなんてもう止めなさい。
真っ白な裸身が灯りのない闇の中へと吸い込まれ、ふっと姿が見えなくなった。
†††††
翌朝。ソファに腰掛け、長い脚を組むインユエの姿があった。
その足元には跪いて身体を震わせる男の姿。肌の艶は戻り、枯れ枝のように干からびていた肉体に元の厚みが取り戻されている。ただ──ただ瞳だけが真っ赤に血走り、鋭かったであろう眼光を失わせていた。
「身体の調子は、どう?」
返答はなかった。代わりに「喉……喉が……」と
「喉が渇いてるの? キッチンはあっち。でも、貴方が欲しいのはコレよね」
断定的な言葉で言いながら、インユエは躊躇無く自らの指に歯を立てた。
口元から離された指先から滴る鮮血。
それを見た瞬間、男が獣のようにインユエに飛びかかった。
「があぁぁぁっ」
咆哮に近い叫びに、インユエは右手を引きながら綺麗なままの左手で男の頭を事も無げに掴み、抑えつける。
「があぁぁぁっ! あぁぁぁっ!!」
狂ったように暴れる男を涼しい顔で制したまま、インユエは微笑む。
「がっつかないでって言ったでしょ? そんなに怒らなくてもちゃんとあげるわ。その代わり、お願いがあるの。訊いてくれるわよね」
「早くっ……早くっ!」
男の頭蓋がミシミシと軋んだ。凄まじい激痛に男は身悶えた。
「訊くの? 訊かないの?」
「何でもっ……何でもするっ……じゃからっ……あぁぁぁっ!!」
「良い子ね。いいわ」
男の返事に満足したのか、頭から手を離し引いていた右手を改めて差し出した。
「いい? 私がご主人様よ。覚えなさい」
男は返事も忘れ、夢中でインユエの指先から滴る血を夢中で享受していく。
「美味しい?」
男ははぁはぁと息を荒げながら何度も首を縦に振った。
「この部屋、暫くの間私が使うわ。それから携帯とバイクを用意しなさい。服も何着か欲しいわね」
「わかり……ました……」
「OK。じゃあ、
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