第4話【再会】
あれから医師たちの話に立ち会い、少女の友人が見舞いにくる頃まで睨み合いが続いた。
哲はこの病院の医師にも、児童養護施設の人間を名乗る男にも、「胡散臭さ」を感じている。
刑事の感、などと格好いいものではない。単純に「宗教」が一枚噛んでいる用な相手が嫌いで、信用していないだけなのであるが。
(いけねぇな。あの連中が言ってる事だって正しいのは分かっちゃいるんだが……)
病院の敷地から出て煙草を咥えながら天を仰ぐ。やけに真っ赤な夕暮れ。こんな日は、
(さて、どうすっか)
カレンの家に火を放った
ポケットを弄り、愛用のジッポを探す。二十年以上愛用している妻からの初めての贈り物だ。
手に取ったライターに火を着けながら口元へとやったその時だ。
「あら、哲くんじゃない」
涼やかな声に名を呼ばれ、そちらに視線を移した哲の目が見開いた。
ポロリと口から煙草が落ちる。
「インユエ……」
見知った相手の名を小さく呟く。
もしこの場にカレンが居合わせていれば悲鳴を上げたかもしれない。
そこに立っていたのは哲がたった今思いを馳せた相手であると同時にカレンの前に現れた悪夢の一端。
死を超越したあの
†††††
病院から程近い喫茶店に入った二人は、窓際のテーブル席に陣取り珈琲を傾けていた。
「戻ってたんだな、この町に」
「えぇ。最近ね。行く宛のある旅でもないし」
カチャッと珈琲カップを置きながら妖艶に微笑むその女の姿は、哲が初めて会った十年前と寸分の違いもない。
「分かっちゃいたつもりなんだが……こうしてみるとスゲェもんだな。本当に何にも変わってねぇや」
しげしげと女の顔を見つめながら、哲は呟く。
周りから見たらどんな風に見えているだろう? 親子……とまではいかないとは思うが、冴えない中年の自分がこれだけ歳の離れた美人を連れていれば良くても同伴出勤、下手をすれば援交に見えかねない。どちらにせよ、金銭を支払って相手をしてもらっているパパは確定だろう。
「俺はすっかりオッサンになったってのになぁ」
「私は人間じゃないからね。化け物だって知ってて付き合いがある哲くんも、変わってるって意味じゃ相当なもんだと思うわよ?」
自らを平然と化け物と断じる言葉に哲は肩をすくめて応えた。その言葉を受け入れている。
「変わり者は否定しねーけどな。アンタがどんな化け物だろうが、俺にとっちゃ“恩人”以外の何者でもねぇんだよ」
はっきり言い切った哲の言葉に、優しく笑う。この笑みを見た者はこの女が化け物だと言われても簡単には信じないだろう。
「で、今度は何が目的だい? なんかあるんだろ?」
「どうかしら?」
「“行く宛”が無くたって、アンタの目的自体はハッキリしてるんだ。その為だけに生きてるアンタが、意味もなく彷徨く筈がねぇだろ」
煙草に火を着けながら、紫煙をゆっくりと肺一杯に吸い込んだ。
「俺に手伝えることはあるか? っても、万年平刑事だからな。やれることに限りはあるが」
「クスクス……随分頼もしくなったのね」
「いいや、歳をとっただけさ」
楽しげな女の表情。
「でも、まぁ大丈夫よ。流石に、刑事さんが病院に殴り込みはやばいでしょ?」
「……は?」
「クスクス……聞かなかったことにしなさい。関わると、ろくな事にはならないわよ」
楽しそうに女が言った。
目が笑っていないところを見るとどうやらジョークではないらしい。
「はぁ……ったく、ムチャクチャ言いやがる。アンタ、そんな事やらかしたらテロリストだぞ? 分かってんのか?」
「勿論。でも、テロリストには語弊があるわ。
さらりと言う。当たり前の世間話でもするように。だがその実、内容を聞いて耳を疑わない人間はいまい。
カタッと音を立てて女が立ち上がった。
「……本気で行くのか?」
「えぇ。そのつもり。コーヒー御馳走様」
そう言って背中を向けた女を哲は「おい!」と呼び止めた。
髪をかきあげながら振り返る女に対し、灰皿に煙草を押し付けながらたった一言。
「死ぬなよ」
「死なないわ。化け物だもの」
哲の言葉にそう応えると、女は一人店を後にした。
†††††
翌日。
今日も今日とてカレンを見舞いに来た哲は、昨日の医師に怒りの籠もった抗議の声を上げていた。
「あぁ?! 退院させただぁっ?! 何でそんな事させたんだよ!!」
「そう言われましても、身体の方にはすでに何の異常もありませんでしたし、何よりも本人の希望が……」
「ふざけるな! 大の大人に寄って集られたら子供は嫌でもうんと言っちまうもんだろうが!」
「まさかそんな事は……」
「アンタらにその自覚があったかどうかなんざ知らねぇんだよ! どう見たって昨日のお嬢ちゃんの様子じゃ無理があるだろうよ!」
「ですから心のケアは入院しておられなくても可能です。他の患者さんだっておられるんですから……」
医師の対応に苛立たしげに舌打ちをして受付に背を向ける。
おかしい。明らかにおかしい。
いくら何でも対応が早すぎる。昨日の今日で退院、養護施設に入所などそう簡単に出来るものでは無いはずだ。これではまるで始めからそうなるように準備されていたみたいじゃないか。
(──予定調和ってか。気にいらねぇ)
それに、違和感はそれだけではない。病院全体が妙にが静か過ぎる。水を打ったような静けさ。場の空気が死んでいる。そう言い変えても良い。人が生きている場にあるべき活気が存在しない。
擬死。そんな言葉が哲の脳裏を過ぎる。
(何かあったな……インユエか)
昨日のインユエの言葉。あの女は、やると決めたら必ずやる。まるでそれを隠してるような……。
点と点を繋げていけば見えてくることもある。
それが何故かはわからないが、多分、カレンという少女が事態の中心にいる。
「ちっ」
舌打ちをする哲の歩が早まった。
凄まじく嫌な予感がする。
(
エレベーターではなく階段へ。こっちの方が早い。
一階へと駆け降りながら、ポケットから折り畳みの携帯電話を出すが、圏外の表示。携帯電話が使えない病院施設は少なくない。
「糞が」
誰にともなく吐き捨てる。
一階まで降りると受付の前を通り玄関へ。途中、哲に懐いている受付嬢が「もう帰るんですか?」と声をかけてきたが、適当にあしらい外へと出る。
すぐさま電話をかけた相手は、署ではなく後輩の二人組だ。タクシー代わりに使って、そのままこの辺りで聞き込みをしているはずだ。
「おう、俺だ。お前ら今どこだ?! おう、おし、分かった! なら車はまだ病院の駐車場だな? 使うぞ。あぁ? 知らねーよ。お前ら帰りは電車使え! 領収忘れっと経理が怖えぞ」
一方的に指示を出しながら車を止めてあるパーキングへと走る。
乱暴にドアを開け車に飛び乗るとエンジンを始動。
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