第18話 死体愛好者

 パシャリ。

 大騒ぎになっているホームで、あずま丈治じょうじは一人、静かに興奮していた。

 ついさっきまでは、いつもの通勤風景だった。

 しかし、名前も知らないOL風の女性が、ホームから飛び下りたことで事態は一変した。

 快速通勤の電車は、この駅では止まらない。

 スピードに乗ったその列車は、急ブレーキをかけたが間に合わず、女性の身体はそのまま撥ねられてしまったのだ。

 丈治のスマートフォンには、血の海に浸かった引き千切れた右足や、散らばった臓物、かろうじて形が残った頭部などが撮影された。

 ふと、周囲を見渡すと、自分以外にも何人、いや何十人もの人間が撮影をしていた。

 いや、そんな事は、どうでもいい。

 今の丈治は、目の前の人間の残骸に魅了されていた。

 思えばそれが、丈治の特殊性癖が目覚めたきっかけだったのだ。




 以来、丈治の死体収集の趣味が始まった。

 あまり大っぴらに言える趣味でないという自覚はあった。

 だから、まず始めたのはネットでの画像収集だった。

 どうやらネットの中では自分と同じ趣味の者もそれなりにいるらしく、少しずつ彼のコレクションは集まってきた。

 国内だけでなく、海外にまでその触手を伸ばすと画像の枚数はいよいよ膨大になってくる。

 不満があるとすれば、やはり少しずつ、同じ写真が被ってきている点だった。

 丈治が次第に、自分でも『新鮮な生の被写体』を撮影したいという欲求を募らせても、それは何の不思議もなかった。

 といってもこの国で、ちょっと散歩に出て死体に出くわす、なんて事はまずありえない。

 警察無線を傍受して、事件の現場にいち早く駆けつけても、死体そのモノの撮影は困難だ。

 ならばどうすればよいのか……。

 悩んでいた丈治に、天啓が閃いたのは、とある夜の映画だった。

 猟奇殺人をテーマにした映像の中に作られた虚構の死体は、彼の目から見れば今一つな出来だったが、それとはまったく別の事柄を思いつかせていた。

 そう、自分で撮影出来る環境を作ればいいのだ。

 そして、彼は変わった。




 数年後。

 とある空き地に、一台のライトバンが停まっていた。

 中にいた四人家族は既に事切れている。

 いわゆる一家心中と思われる状況だった。

 いち早く現場に駆けつけた鑑識官、東丈治は死体の撮影を開始していた。

 車が近付く気配に振り返ると、鑑識課の車が止まっているのが見えた。

 降りてきたのは、丈治の同僚だ。


「おはようございます、主任、和泉いずみ君」

「おう」

「あ、相変わらず早いっすねー」


 近付いてくる二人に、丈治は微笑んだ。


「遺体は鮮度が第一ですから」


 今、彼は充実した生活を送っている。

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