第17話 精神病棟の少女

「この人殺し!」

「え……?」


 いきなり罵倒され、真野まの正義まさよしは目を瞬かせた。

 しかし目前の少女はきつい言葉を緩めない。

 白い入院服には、『夢野ゆめの』と名札が縫い付けられている。


「屋敷に何体も死体を埋めてるって事、全部分かっているんだから! さっさと自首した方が罪は軽くなるわよ!」

「お、おいおい」


 一体、この子は何を言っているのだろう。

 真野には、まるで身に覚えのないことだった。


「何よ誤魔化す気? 嘘ついたって、あたしにはお見通しなんだから! それから先生」

「何かな、夢野さん」


 傍らに立っていた白衣の男が、ニコニコと尋ね返す。

 この精神病棟の、所長である。


「あたし、前に言ったわよね!? 病人に診てもらうつもりはないって。先生も早く治療を受けなさい!」

「あはは、そうだね」

「笑って誤魔化しても駄目!!」




 精神病棟の応接室。

 その後も様々な患者と出会い、真野の取材は何とか終わった。

 デイトレーディングで稼いでいた真野だったが、暇にあかせて小説でも書いてみようと思い、近所にあったこの病棟を取材対象としたのだ。


「彼女には、驚かれましたでしょう」


 向かいのソファに座る所長が茶をすすり、苦笑する。


「ええ、そりゃまあ……あの子、一体何なんですか?」

夢野ゆめの沙希さきさん。今、ちょうど高校生なんですけどね、社会科見学の時にちょっとした事故に遭いまして」

「ほう」

「発電所で、ちょっと感電してしまったそうなんですよ」

「だ、大丈夫なんですか、それ!?」


 ちょっとした、どころの事故ではない。

 命に関わるではないか。


「ですから、それ以来、妙な物が見えるようになったようで……時々ああやって、出会う人に妙な事を言うようになったんですよ。かくいう私もその一人な訳ですが。家族の話では、自分から入院を希望したんですよ」

「ちなみに僕の屋敷はちょっと離れたそこにあるんですけどね」


 真野は、自分の住んでいる屋敷のある方角を指差した。

 もちろん、ここからでは見えないが、歩いて五分ぐらいの距離にある。

 古くはあったが風情のあるいい洋館だ。安かったので、買い取ったのだ。


「ほう……ほう?」


 それを聞いて、所長は軽く目を見張った。


「何か?」

「……いえ、何も」

「一週間前に引っ越してきたばかりなんですよ。何体もって……僕は連続殺人犯か何かなんでしょうかね」




 傘を差して、真野は帰途についた。


「……ん?」


 ふと、思い出した。

 彼女、妙なことを口走っていた。

 いや、人殺しとかいう罵倒とは別だ。



に何体も死体を埋めてるって事、全部分かっているんだから! さっさと自首した方が罪は軽くなるわよ!」



「僕は、屋敷に住んでる事なんて話してなかったよな……?」


 不思議に思いながら、屋敷に着いた。

 その頃には雨も上がり、真野は歩きながら傘を畳む。

 家の玄関に向かいながら、何となくまだ少女の言葉が気に掛かっていた。

 玄関から、横手の庭に視線を向ける。


「埋めるとするなら、庭か……」


 そのまま、裏手に足を進める。

 前の住人がどういう趣味なのか、少年少女の石膏像があちらこちらに並んでいる。

 屋敷の中にも、様々な絵画が残されたまま、真野はこの家を引き継いだ。

 家の裏手には噴水と、大きな花壇があった。

 不動産屋が最低限の手入れは依頼していたのか、それほど荒れてはいない。

 真野も業者に頼もうと思っているが、それは今は後回しの話だ。

 花壇にはアジサイが咲き誇っていた。

 多くは青色だが、一部は紫色になっている。

 それを見て、ふと真野は思い出した。

 小説を書くに当たって、ミステリも一通り読んだのだ。その中に確かこういうのがなかったか。

 土壌の性質によって、こうした花の変色が起こることがあると。


「……まさかね」


 真野は苦笑した。

 そして少し悩んでから、さてスコップの場所はどこだったかなと考え始めた。




 半日後、真野は警察から事情聴取を受けることになった。

 屋敷には警察や鑑識が多く入り込み、しばらくのんびりは出来なさそうだ。


「ふむ、失礼ながら貴方も酔狂な人ですな」


 死体発見の経緯を聞いた狭山さやまという警部は、メモを取る手を休めていった。

 花壇を掘り起こしたことだろうか、と最初真野は思ったが違っただった。


「不動産屋の話だと、貴方の前に住んでいた芸術家が自殺したそうじゃないですか。おそらくその人物が、犯人だったのでしょう」


 そんな説明は、不動産屋から受けていなかった。

 なるほど、道理で安かった訳だ。

 花壇から出てきた死体は、主に少年少女の物だったという。


「……石膏像も、調べた方がいいかもしれませんね」

「住人である貴方が許可してくれるのなら、こちらこそ是非お願いしたい。それにしても、よくお分かりになりましたな」

「いやぁ……」


 キッカケを言っても、信じてもらえるかどうか。

 ただ、この事情聴取が終わったら、所長に精密検査を受けるよう、連絡は入れておいた方がよさそうだな、と思う真野であった。

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