茨の道

伊豆 可未名

第1話 男に生まれたい

 そこはかとない敗北感がレディナの心を包み込んでいた。

 ゆったりと流れる雲とは裏腹に馬車は大きく揺れながら高速で森の中の道を走っている。馬車に引かれる檻は、ガタガタと音を立てている。向かいに座った親友のナンスの表情も暗い。

 せめて、私がもっと頑張れれば――。

 レディナは悔いていた。親友を守れなかった自分を。力のない自分を。男に生まれなかった自分を。

 この世界では、身寄りのない女が生きるのは難しい。

 王制下の民衆の無力さは、家族のあるなしに多大な影響を受ける。特に父がいない若い娘は売られるか誘拐される可能性が高い。レディナとナンスは旅の一座に拾われた孤児だった。赤ん坊の頃に出身の村を賊に襲われ、偶然生き残ったのだった。旅の一座が通りがけに二人を発見し、育ててくれたのだった。

 これからどうなるのだろう。ナンスと一緒にいられるだろうか。

 レディナはため息をつく。一瞬、ナンスがレディナに目を向けたようだった。レディナが見つめ返したときにはナンスの目はまたどこか遠くに視線を移していた。


「恐怖を味方にしたいか……」

 ある時、耳の奥に声が聞こえた。

「強さを手に入れたいか……」

 レディナは目を見開いて辺りを見回した。檻はなく、普通に歩くことができたが、真っ暗で何も見えない。

「誰だ!」

レディナは大声で叫んだ。声は響かず、暗闇に吸い込まれていく。

「私はお前の願いを叶える……」

 不思議な声はレディナの心に入り込んできた。レディナは胸を掴み、焦りを抑え込みながら答えた。

「願い? そんなものした覚えはない」

「ある……」

「何を言っているんだ?」

「お前の願いを叶える……」

「やめろ。私は何も望んでいない」

「お前の心が見える……」

 レディナは胸がざわつくのを感じた。抑えていた感情が溢れ出てくる。

「お前は悔いている。力のない自分を……」

「黙れ! お前には関係ない!」

レディナの声は相変わらず暗闇に溶けて消え入ってしまう。

「力を欲すれば、親友も救える」

「もう無駄だ、私達は逃げられない」

「やり直せ……」

レディナは訊き返す。

「何だ?」

「初めからやり直せ。お前が生まれる前、この世界がこのようになる前からやり直せ。私にはそれができる」

「何を言っているのかわからない」

「お前の願いを聞かせろ。私はそれを叶えられる」

 レディナは唾を飲み込んだ。自分の願いについて考える。もう一度、全てをやり直せるなら、私は――。

「男に生まれたい」

「それがお前の願いだな」

 一筋の光がレディナの脳天を突き刺した。レディナは仰向けになり、暗闇の中をいつまでも漂っていた。

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