第19章 パンドリオン
(某月某日 午前1:45 月光タワー・3F 部隊員の休憩室)
蛭子が“デイライトエリアでのサヴァイバリング”を開始依頼し承認されたため、3Fは、仕切っている壁が外側に展開して、少なくても移動に不便なほど狭い空間ではなくなった。
障害物扱いというか、戦闘に使えるかもしれないゲーム機、ジュークボックス等の“置物”関係は、サヴァイバリング展開と同時に全てに電源が入り、当然だが証明もフルで点灯した。
更に部屋の天井から吊り下がっていた“モニター”にも電源が入り、そこから、希達には意味はわかったが、いつもとは違う層の声が聞こえてきた。
今回のサヴァイバリングの”観客”である。
(デイライト富裕層の)客1「あらまぁ、今回の犠牲者は、ムーンライトの虫さんですか。かわいそうに。蛭子に100万ゴールドざます」
客2「ガーディアンフェザー主催のサヴァイバリングにしては、偏ったカードだなぁ、これじゃあ、大したオッズは期待できないか。まぁ、小遣い稼ぎだ。蛭子に50万ゴールド」
客3「蛭子、まぁテキトーに頼むわ。虫が砕け散るのだけ楽しむわ。蛭子に30万ゴールド」
客4「堅い勝負だなぁ。蛭子に10万。オッズ、1.1倍程度だろ?」
酷い物言いだった。だが、ムーンライトエリアのサヴァイバリングでも、ギャンブルジャンキーどもに随分な言われ方をしてきた希達だ。こういうのにはそれなりには免疫が出来ている。
黒崎はデイライトやガーディアンフェザー内部での仕事で、こういう輩とは随分会ってきたため、特に何とも思わなかったが、1つだけ危惧していることがあった。
黒崎(まずいな、全員蛭子に賭けていたら、勝負が成立しない。ベット時間内に賭けないと勝負が無効になる…。俺たちと蛭子以外で、誰かが俺たちに賭けてくれないと…。この展開ならあの人が…)
そのときだった。モニターの”音声”に割って入る声が聞こえてきた。どうやらシステムに不正侵入した声のようだ。
レジスタンスリーダーにして黒崎の上司、そして、希の母、一文恵、である。
文恵の声「私が希達に賭けます。掛け金は、1000万ゴールド。ネット経由でシステムに振り込みました。どうやら私一人ですが、これで勝負成立ですね? 主催者?」
主催者の声「く・・・文恵め、必ず居場所を突き止めてやるが、とりあえずはサヴァイバリング成立の可否だ。ああ、おまえの言うとおりだ。勝負成立だ。成立しなかったら、そこの黒崎が考えていたとおり、旧式どもに”勝負不成立の責任”を取らせ、銃を没収できたはずだ。残念だが、蛭子の指示通り、これからサヴァイバリングを開始する」
だがここで黒崎が肝心なことを主催者に訊いた。
黒崎「対戦カードの事だが…」
主催者の声「蛭子からの依頼では、蛭子と対戦するのはおまえら全員でもいいそうだ。ただしシステム上、万が一おまえらが勝った場合、熟練度は均等割り算となる。まぁそうなることはないが、一応言っておく」
黒崎「…なら、対戦カードは、”蛭子と希”のカードを希望する。それなら全部希に入るだろう?」
蛭子「ちょっと待て! 私はお前ら全員を切り刻んでやりたいのだ!」
黒崎「連続勝負なら文句あるまい? 希がやられたら、次のカードは希以外とお前のカードだ。それでいいか?」
蛭子は目を丸くした。意味がわからない。
蛭子「おまえ、仲間を生け贄に差し出すのか? こんなひよっこ一人だけを私にぶつけて…は!? まさか、そうやっている間にお前らここを放棄して上に進むつもりだな?」
黒崎「…いいから、勝負を開始する指示を出せ」
蛭子「後悔するぞ! サヴァイバリング開始だ!」
ビーーー!
スポーツの試合のブザー音が、デイライトエリアでのサヴァイバリングの開始音だった。
蛭子「ずたずたに切り刻んd」
黒崎「では、文恵さん、例のシステム干渉を」
文恵「はい。ではステロイドさんの時と同じように、”勝負報酬の熟練度”を、前借りします。希が負けた場合、同数値を仲間全員から差し引き、銃を降格する事が条件です」
仲間全員「いいよ、こんなのすぐに取り返せるから」
システム音声「了承します。では、一希に熟練度1000万を与え、銃を現在の“アルダーP38”から、最高レベルの“ルシフェリオン“にレベルアップします」
そのときだった。モニターから一筋の光が希のアルダーP38に注がれ、仲間の銃と同じ、ガーディアンフェザー公認の最高レベルの銃”ルシフェリオン”に変化した。
文恵「では、黒崎さん、貴方に持って行ってもらったアタッシュケースの内ポケットに入っている”弾倉”を、希のルシフェリオンの弾倉と交換してください。希の銃を限界突破できるようにします」
黒崎は他のメンバーを限界突破させた弾倉の入っていたアタッシュケースを開け、内ポケットを探すと、残り1個の弾倉を見つけた。
黒崎「これか、希用のは」
希「あれ? 前の話では俺のは持ってきてないって…」
黒崎「悪かった、あれは嘘だ。こういう好条件が来るとは思ってなかったので、内緒のつもりで、ああ言っておいた」
希「そ、そうか」
黒崎「向こうさんから、こちらの熟練度をわざわざ上げてくれるサヴァイバリングを開催してくれるとは思ってなかったからね。では、弾倉交換だ」
そういうと、希のルシフェリオンの弾倉を外し、文恵の言っていた、その”黄金の弾倉”を装着すると、銃の形状は複雑に変化していき、そして1つの黄金の銃に落ち着いた。
その銃の形状だけを言うなら、ルシフェリオンほど派手ではない。羽もなく、銃の構成そのものはシンプルな”ハンドガン”だった。色は黄金で派手だが、使いやすく取り回しがよく軽量であるので、理想的とも言える。
だが、大きく違う点があった。
意思を持って喋るのだった。
黄金の銃「よう、マスター! 俺の名は、“パンドリオン”、お前専用の限界突破銃だ。これから、よろしくな!」
希「あ、ああ、よろしく…」
パンドリオン「まぁ、そう、堅くなるな。俺がしっかりお前をリードしてやる、安心しろ。あ、そうそう、俺の機能だが、”厄災と希望”だ。少々暴れ馬だが、じきに慣れる」
希「は、はぁ」
パンドリオン「昔の神話で、”パンドラの箱”、ってのがあった。ネーミングはそこからだ。パンドラの箱は、人間が希”望”を持って開ける。そして厄災が生まれ、1つだけの”希”が残る。お前の本当の名前”望”、今の名前”希”、それにふさわしい名前の銃だろ?」
希「あ、ああ。ありがとう」
パンドリオン「お前の母親が託した銃だ。これから、びしびしやっていこうぜ、マスター!」
希「あ、ありがとう! いくぜ! 相棒」
パンドリオン「おうとも!」
***
その光景を、怒りすらなくなり、銃を落として、青ざめて呆然と眺めていた女が一人、いた。
蛭子である。
蛭子「わ…私は……は………はめられたのか…」
黒崎「こっち側に俺がいたことが、お前の敗因だよ。残念だったな。”機会待ち”の案件だが、お前らの卑怯な仕事を請け負って、こういう”絡め手”も学んじまったんだよ」
蛭子「だ…だが…、わ、私が勝てば、お前らにはペナルティが…」
そこへ”冷たい声”がかけられた。観客である。
客5「おい、蛭子ぉ!!!! なんだこりゃ! こんなの聞いてないぞ!」
客6「こんなのありかよ! なんだ、その限界突破銃とか! もうお前に賭けちまったじゃねーか!」
客7「死んでも、勝て!!!!!」
酷い言葉のオンパレードだった。蛭子は今までなかったケース故に、全く対処出来なかった。
そして最後に、”主催者”からの、とどめの一言が聞こえてきてしまった。
主催者「いや、マジ、しんじらんねーから。今、草薙様から、FAXが届いた。お前、クビ」
蛭子「え・・・・・・・・・・」
主催者「デイライトガンと装備は退職金としてくれてやる。どこへでも行け」
蛭子「そ・・・・そんな・・・・・」
主催者「あー、黒崎と旧式の連中、この勝負はドローだ。蛭子の件に関する我々のペナルティとして、今回の熟練度については不問、文恵が言っていたお前らのペナルティはなしだが、被害額だけは請求し、これをお前らのペナルティとする。概算となる額を、お前らのクレジットからさし引くと、ここの全員の残額はほぼ0で、足りない額はお前らの店と備品を全部売却した額で許そう。異論、ないな?」
リキュール「く~、ガーディアンフェザーめ、今回はこっちも汚い手使ったから言い返せないけど…」
ステロイド「また、貧乏生活に逆戻りか…。まぁ、いいか、マスターが最強になったんだし」
スイート「不本意だが、マスターのためだ。また稼げば良い」
ぬこみん「バイトでもなんでも手はあるよ♪ 気にしないで、マスター♪」
テンニャン「お金だけなら何とでもなるアル♪ それより時間と手間と危険な機会がかかる熟練度をガッポリ頂けたのは大きいアル!」
希「み、みんな…」
黒崎「…いい仲間をもったな、希。こういう言葉を言ってくれる奴らを、デイライトエリアでは見たこと無いぞ?」
主催者「なんちゅースーパーポジティブな連中だ…。まぁいい。金さえ入ればこんな所、用は無い。では、閉幕だ」
その言葉と同時に、サヴァイバリングフィールドはガチャガチャと元に戻っていって、前の3Fに戻り、電源も自販機と非常灯以外、全部落ちた。
***
蛭子は自失呆然として、椅子に座っていた。
蛭子「・・・・・・・・・」
黒崎「…飲め、お前の好物の“コーンスープ”だ」
蛭子「…え?」
黒崎は元に戻った自販機で、どうして知っているかわからないが、蛭子の好物のコーンスープの缶を買って来て、それを蛭子に手渡し、蛭子も受け取った。
蛭子「・・・・・・」
ズズ・・・・
蛭子は半泣きでコーンスープをすすった。
黒崎「・・・・・すまん、正直、やり過ぎた。許せとはいわん。だが、お前の件は、“不当解雇”だと思う」
蛭子「・・・・・・お前は、確か、自分でやめたんだよな?」
黒崎「あんな仕事は、正直、二度とごめんだ。俺の今の上司は、希の母親の文恵さんだ。悔いは無い」
蛭子「・・・・・・私は・・・・・お前らを殴りたい」
黒崎「・・・・今でもいいぞ」
蛭子「・・・・だが、その前に、FAX1枚で解雇した“草薙”を殴りたい」
黒崎「俺もだ。奴を一発殴らないと気が済まない」
蛭子「お前らの仲間ではない。単に同行するだけだ」
黒崎「断る理由は無い」
蛭子「同行を・・・・許可するか?」
希達全員「Welcome~! “おねえさん”、ようこそ、こっち側に!」
黒崎「だとさ」
蛭子「同行するだけだぁ!!!!」
そんな言葉をかけている蛭子の目には、涙が浮かんでいた。
仲間が一人、増えたのだった。
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