Second Finding
再開された日本での日々は淡々と過ぎていく。
教師と言う仕事は付け焼刃にしてはうまく行っていた。
満点である必要はない。教師の全員が人格者である必要もない。子供を預けている親や周囲の教員などに言えば反発を食らうだろうが、内心はそう思う。どっちにしろ学校というものに行ったことのない俺は、理想の教師像みたいなものは持ち合わせていない。
それでも、生徒の何パーセントかは無邪気にこちらになついてくれたりもする。こちらも悪い気はしないから、それなりに可愛くなってくる。
唯一気になっているのは、ニノミヤの存在だった。
普段は素っ気ないが、基本がまじめなのだろう、『日本に戻ってきたばかりでまだ勝手の分からない』俺の面倒を『最低限』みてくれている。
そして、たまにこちらの準備室の中を気にしてるようだった。
心当たりは──ひとつだけ。
その日は一限と五限に授業という、週で一番暇な日だった。
奥の机で退屈に任せて本のページを繰っていた俺は本をその場に伏せ、おもむろに足許に置いてあったアタッシェケースを引き寄せて中を開いた。
中身は、M82A1。メンテナンスがてら簡易分解して組み立て直し──
「興味あるの?『はるかちゃん』」
隣の部屋からこちらを覗きこんでた彼に、あえて外交モードを外して話しかける。いきなりの呼びかけにひどく驚いたようだったが、やがて
「……ええ」
と頷いた。
「見たい?」
銃身を持ち上げて示す。
「え……」
「弾倉は抜いてある」
彼はしばらく逡巡していたが、やがておずおずと準備室に入ってきた。そのままじっとアタッシェケースの中に見入っている。
「……いじりたかったらいじれば?」
「いいんですか?」
「嫌だったら声なんかかけねえよ」
「……じゃ」
彼がこわごわと銃身に触れる様子を見て──伏せてあった本をもう一度拾い、視線を落とした。
しばらくして様子を窺う。……目を輝かせて、そのままアンチマテリアルに見入っている。
「撫でてるだけでいいの?」
「え……その」
話しかけた瞬間に軽く警戒の色が入る。が。
「……組み立て方、分からないし」
返ってきた返事にはいきなり敬語が抜けていた。……安全距離を測っている猫のようだ。
俺は立ちあがってM82A1を手に取る。そのままざっと組み立てて、彼に手渡した。
「ほれ」
「うわ」
銃身を抱きかかえるような形になっている。
「いきなり渡さないでくださいよ」
「鍛え方が足んねえな」
にやっと笑う。少しむっとした表情が返ってきた。
「構えてみろよ」
不機嫌な顔のまま、それでも好奇心には代えがたいのかグリップを握る。
「フロントサイトがぶれてる」
「……重たいし」
「13kgあるからな」
煙草をくわえ、火をつける。
「これで精密射撃するわけじゃないし。『大体』当たればいいんだ」
「いーかげん……」
「使い分ければいいだけの話だろ? ……あー、やっぱり遼ちゃんにはもうちょっと軽いほうがいいかもな」
「馬鹿にしてるんですか」
「違うって」
渡されたM82A1を受け取って分解する。
「M4くらいから始めればいいんじゃね?あれなら6kgくらいだし」
「あっさり言わないでくださいよ……そんなに簡単に手に入るはず」
「欲しいの?」
「あるの?」
……食いついた。
「今は持ってないけど。当てはあるよ」
「モデルガンじゃなくて?」
「玩具買ってどうすんの。……600ドルくらいかな」
「……ろくまん」
ニノミヤが呟いた。買えない値段ではないのだろう。真剣に悩んでいる。
「分割できます?」
「即金」
答えると、彼の肩が落ちた。
「そうだよな……即金だよな……」
せめて月1万なら……とか呟いてる。
「……買ってやろうか?」
「ちょっと待って」
深く考えずに発した言葉に、鋭い視線が返ってきた。お、いい目つきだ。
「何で貴方に買ってもらわなきゃならないんです?そのくらいどーにか」
「誰がただでやると言った」
にやっと笑う。
「立て替えてやっから、俺に分割でもボーナス一括でもいいから返せって言ってんだよ」
「立て替えだって同じです。知り合ったばかりのひとにそんなこと……」
「どっちにしろ売り手に交渉するのは俺だろ。まさかクレジットで買えるとか思ってねえよな?」
ニノミヤがぐっと言葉に詰まる。
「向こうを紹介することができないわけじゃねえけど」
「けど?」
「あんた英語話せそうに見えないし」
「……悪かったですね」
表情が『睨みつけてる』から『拗ねてる』に変わってる。
笑いをかみ殺してると、悟られたのか思いきり嫌な表情をされた。
「自分の買い物のついでもあるから。気にすんな」
「……ピンはねとかしてないでしょうね」
「するならもうちょっと旨味のある相手を探すよ」
「ピンはね自体は否定しないんですか」
「時と場所と人によります」
実際、戦場で物資に困った時は法すれすれのラインで詐欺まがいのことやら駆け引きやらやってたわけで。言えねえけど。
ニノミヤは呆れた顔をしてたけど、やがて笑い出した。
「あんた、変」
「……うん、まあ自覚はある」
物心ついてから30年も経てばそれなりに自分が日本の基準値とは相当かけ離れて育っていることに気づく。幸か不幸かはともかく。
「でも、いいの?一般市民とかに銃器売っちゃって」
「一般市民には売ってないよ。俺が話をしたのは、『遼ちゃん』」
短くなった煙草をつぶし、新しいのを加えて火をつける。
「さっきの会話で『遼ちゃん』の感覚は真っ当そうだなと思ったから。だからいーよ」
再び、目に警戒の色が灯る。
「現物が手元に来てからの判断でもいいよ」
「……分かった」
そういうと、ニノミヤは踵を返し、生物準備室へ消えた。──と思ったら、手に何か持って帰ってきた。
「何これ」
「コーヒーです」
「……見りゃわかるけど」
「お礼。……いいものみせてもらったから」
「ああ、──ありがとう」
毒気を抜かれ、ひとまずお礼の言葉だけを提示する。ニノミヤはそのまま容器を机に置いて、再び向こうへ消えた。
500ミリリットルのビーカーに入れられたブラックコーヒー。
「……く」
自然に笑い声が漏れる。まずいと思って抑えたけど、多分壁の向こうには聞こえただろう。
──思い返せば、これが多分ニノミヤハルカを意識しだした、最初だった。
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