【3分で読める】道具屋のミス

@kudo-ryoutaro

【3分で読める】道具屋のミス

「いやぁ……。今日も忙しかったな…」


 店じまいをしながら道具屋の店主がそう言うと、

 妻のオドリーはカウンターの後ろで明日売るための薬草をゴリゴリとすり鉢ばちで混ぜながら言った。


「あら、やだ。おまえさん…。ここにあった実を知らないかい?」


 箒ほうきで店の売り場を掃はきながら店主は答える。

「シグナミの実か?それなら、さっき最後のお客さんが傷薬きずぐすりを買いにきたんだが、在庫ざいこ切れだったから、急いで擦すってよ、新しい傷薬きずぐすりを作る為に使っちまったよ。」


 シグナミの実というのは、近くの林で取れる実である。

 通常食用には向かない実で、ある薬草と混ぜることにより冒険者の傷を治す効能がある為、傷薬精製きずぐすりせいせいには欠かせない実である。


「あらやだよ、おまえさん。あれはシグナミの実じゃなくて、アマツユの実だよ。まったく、老眼にでもなっちまったのかい?」


「なんだって?アマツユの実!? 知らずに薬草と混ぜちまったぞ。それをさっきの剣士に売っちまった……。こりゃあ。明日はクレームだな……。」


 店主と女将がそんな会話をしている時、その傷薬を買った剣士は、モンスターと戦っていた。





 激しく音がなる、金属音。


 相手は人狼。ウェアウルフだ。

 どうやら半月刀はんげつとうを持っていて、いかにも盗賊風の姿をしていた。


 剣士は、ウェアウルフと互角の腕前……。

 いや、やはり、少しだけウェアウルフの方が上だった。


「くそっっ! こんなことなら昼間のうちに次の町に行けば良かったぜっ!」


 剣士はそう言うと、ウェアウルフに負わされた傷を治そうと先ほど道具屋で買った傷薬を、腰に掛けた小袋から出して傷を負った左腕に塗った。



 ……次の瞬間。



 剣士の全身に激痛が走った。


 いや、それどころではない。

 激痛以上の衝撃だった。


 剣士はうずくまってしまった。


 これ、ここぞとばかりにウェアウルフは剣士に向かって振りかぶった。

斬撃は剣士のうずくまっている背中に当たった……。


 しかし、ウェアウルフはふとおかしいことに気づいた。


 通常、この状況だと血が出て剣士は息絶える前に声を上げるはずだ。


 そう……。痛みに悶もだえる声だ。

 しかしそれがまったく聞こえなかった。いやそれどころか血も出ていない。


 ウェアウルフは、剣士の方を覗くように見てみると。

 剣士の背中は鋼鉄のような硬さを持っていた。

 ウェアウルフは持っている半月刀を剣士の背中から退かすと剣士はすくっと立ち上がり、ウェアウルフを見た。


 その姿は、もはや先ほどの剣士ではなかった。


 皮膚は鱗うろこで覆おおわれ、それは全身を占めていた。口は大きく尖り、ワニのような形をしていた。


 ウェアウルフは、本能で悟った。



 ――これは生物的に上の存在だ!


 ”それ”は確かに人型をしてはいるが、完全に異質な生物だった。


 グルルルルルルルルルっっ。


 もはや、それは人間でも動物でもなくなっていた。


 剣士だったものは、姿を変えて……。


 









 ――ドラゴンになっていたのだ。

 







 その後は、ウェアウルフにとって、いや、誰か他のものが見ても

惨劇……。その一言に尽きる展開だった。








「あんた。これで何回目だい?」

 オドリーはため息を尽きながら言った。

「いや、すまない。また高価な実を無駄にしちまって。」

 店主を肩を竦めた。


「あんた、あれは、人がドラゴン化する実なんだからね。もう、きっとそのお客さん、今頃ドラゴンになってるわよ。1時間で元に戻るから良いけど……。はぁ……、今月3回目。さすがにお小遣いから引いておくわよ…」


 オドリーがそういうと、店主は目をつぶって明らかに落ち込んでいた。



 しかし、翌日剣士は道具屋の店主に

「あの実のおかげで命を救われた」とお礼を言ってきたのだ。


 ミスはミスでも命を救うミスというのは世の中あるものなのだ。

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