石田三成が突然美少女すぎるアイドルになると関ヶ原が困る
橋本ちかげ
第1話 アイドルみったん爆誕
この佐和山城は、左近の主君、石田三成が隅から隅まで丹精を込めて築き上げた幻の名城だ。現地ではご当地ソングが子守唄としても親しまれ、曇の日には天守閣の
そんなわけで佐和山城には、全国のお城マニアやら熱狂的な三成ファン(これはなぜか女性が多い)が集まるのだが、最近その客層ががらっと様変わりしてきた。
何だかやたら男性ファンが多いのだ。それも背中に荷物を背負ってデジカメ片手にした、暑苦しい雰囲気の男たち。いわゆるオタ系の人たちだ。実際、アイドルのファングッズらしく目に痛い色のシャツを着ている。
大きな声では言えないがこの佐和山城、石高二十万石足らずの三成にしてはかなり無理して建てた。中堅子会社の社長が、自腹で自社ビルを建てちゃったようなものだ。
そのため、多少の観光客を迎えるのは仕方ないし三成も左近も出待ちのサイン位はOKしているのだが、何しろ客層が偏りすぎだ。確かにこの頃のアイドル流行りが地方にも波及してきた観はあるが、佐和山には別にご当地アイドルがいるわけでもない。
(ここにはわし始め、むさ苦しい武士しかおらんのになあ)
彼らの狙いはやはり城の中にあるようだ。関係者を完全にマークしているらしく、城の出入りにいちいち取り囲まれるのも迷惑だった。
「ねえねえ、あんた島左近さんでしょ?」
今日もそこにチェック柄のキャップ帽が立っていた。歴史マニアの女性ファンとなら一緒に写真も撮るし、それ以外でも普段はなるべく愛想よく応じる左近だったが、知らない男から出し抜けに自分の名前を呼ばれては、いい気分はしない。
「だっ、だから、どうしたと言うのだ」
「あんたなら知ってるでしょ!
「みったんだとおっ?無礼なっ!もう一度言ってみろ!」
我が主君を馴れ馴れしくたん付けされ、さすがの左近も色をなした。
「とぼけちゃって。ほらこれ」
目を剥いた左近に、キャップ帽はスマホを取り出して見せた。
「うんーこれ今、動画サイトで六百万回ダウンロードされてるみたいだよねー」
「みたいだよねじゃないですよ殿っ!…って殿じゃないだろ!あんた、誰だっ誰なんだ?」
「え?わたし三成だよー?」
嘘だ。嘘だ嘘だ。
三成に謁見を願い出て、左近は目を疑った。上座に座って手鏡で前髪やら睫毛やらこまめに整えているのは、どう考えても四十一歳の
すらりとした長い手足に、さわやかな潤いをみせる大きな瞳。光輝く十代の潤い肌。ぽってりとした唇から悪戯げにのぞかせる八重歯。明るい栗色の髪をゆるふわに波打たせた、それはどうみても輝く新人アイドルな女の子だった。いや待て、これが我が主君三成か?断じて違うだろ。
「お帰り左近、大坂どうだったー?」
とかやたら親密そうに挨拶してくるのでここまでスルーしていたが、もう我慢できない。
「冗談もいい加減にして、三成殿を早く。今大変なときなんだから。おじさんはね、君みたいに暇じゃないんだよっ!」
すると自称三成の大きくてつぶらな瞳に、突然じわっと涙がにじんでくる。
「ひどい、わたし嘘言ってないのに…うええ、そんなに、大きい声出さなくても」
「わあっ泣くなっ…ああ、うん。分かったよ分かりました!おじさん譲歩しますよ!とりあえず今日は君が三成でいいよ。とにかくね、君はおじさんが話したことを後で三成殿に伝えてくれればいいからさ、そうしてくれるかな?」
「左近、長い付き合いなのにどうして分かってくれないの?わたし、三成だよ?」
「長い付き合いだから分かるんだよ!三成殿は確かに色白で童顔だけど、君みたいにかわいい女の子じゃないの!若づくりしてるけど、もういい加減おっさんなんだよ!」
そんな自称三成たんを見ていると、左近はさっきの投稿動画を思い出してしまう。
『目指せ
と言うタイトルの動画は三分くらいで、この三成たんが佐和山城をバックにして、
「どうするんですかっ、今や佐和山城は募兵どころか、デジカメにリュックサックのおっきいお友達でいっぱいですよ!まさか、あいつらに槍を持たせる気ですかっ!?」
「そんなこと言ったってえ…」
と、以前、三成らしい美少女は涙目だ。
「左近、言ったじゃない。わたしは人望ないから、今までにないことしないと、絶対だめだって。自分をあっと言わせる戦略を考えてみろって…」
言った。確かにそれは言った。正直言って左近は主君の三成に、思いきってダメ出しをしたのだ。今の戦略では到底、徳川家康を倒す同志たちは集まらないし、天下分け目の大いくさを果たせるだけの兵力も集まらないと。あなたの弱点は人望のなさです、と左近は心を鬼にしてきついダメ出しをしたのだ。鼻っ柱の強いあの三成が、思わずへこむくらい。いわゆる逆パワハラである。
「かの松永弾正を見なされい、武田信玄を見なされい。いずれも人の出来ぬと言う果断をあえて踏み切ったゆえに、名将でござった」
今いち頼りない三成の肩を揺すぶって、左近は言ったものだ。芋焼酎を、ロックであおりながら。
「太閤殿下亡き後の豊臣家は殿にかかっておるのですぞ!つーか人の出来ぬことをやりなされい!かの信長公もびっくりの、人が思いつかぬことをあえてやりなされい!さもなくば、百戦錬磨の徳川家康公に勝つことなど夢のまた夢ですぞ!」
その結果がこれか。いや確かにあのときは気合いが入っていた上、ちょっとお酒入っていた。だがこのままでやれとは誰も言っていない。三成は気まじめだ。気まじめすぎて空回りしているので説教したのだが、まさかここまでぶっ飛んだ空回りをするとは、左近も予測がつかなかった。
「た、確かにこの左近、人の真似の出来ぬことをしろと言った。言ったよ。だがね、これはちょっと違うと思うんだ、うん。あんな動画を投稿して、はしたない…いやいや、君がもし三成殿だとしても真面目にやってくれないと困るんだよ。おじさんたちはね、戦争してるんだ。戦国大名なんだよ!そこを理解してくれないと!」
「うえぇ…ごめんなさい。左近が駄目だって言うなら、あの動画は削除するから。…もう怖い顔しないでぇ。大好きだから、左近」
「うっ」
上目遣いでしなだれかかってくる自称三成に、左近は身体を強張らせた。しまった。今、不覚にもこの子がかわいいと思ってしまったじゃないか。
(こっ、これが萌えなるものか…)
なんたることだ。まさかこの
「うおおおっ、君、あ、いや、い、一応、三成殿!この左近を見くびってもらっては困りますぞおっ!この程度ではまだまだ萌えぬ…もとい、気を引き締めて頂かねば困りまするぞ!明日はこの左近と大坂へ戻るのです!」
と、言いかけてから左近、自分でも頭を抱えた。これからこの三成たんと大坂に戻らなければならないのか。ちょっと小生意気なおっさんだが、今となっては頭脳明晰、論旨明快な石田三成が左近は恋しかった。
(こっ、この左近をもってしても判らぬ!これからどうすればいいんだ…)
左近は一人頭を抱えた。
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