ブランク

辻崎 有音

第1話 ウィンナーコーヒー



見慣れた街を何も考えずに歩く。そんな空虚な日を過ごしていた。決まった時間に、決まった喫茶店に行き、決まったドリンクをオーダーする。

そして私は、決まって人を待つのだ。

ホイップがドロっとし始めたウィンナーコーヒーを軽く口に含んで、それでも苦いな、と顔をしかめた。

そしてまた、決まった時間になれば席を立ち、見慣れた街を何も考えずに歩くのだ。

待ち人は来なかったけれど、それでも私はスケジュールを乱すことはないのだ。

いや、違う。待ち人が来ないと知っていて、私はスケジュールを乱すことはないのだ。


煮えくり返るような、感情。

目の当たりにしたそれに、こんなもんか。そんなもんか。とぼんやりとした思いがよぎった。

目の前の待ち人は白い。

陽気で快活な待ち人は無口になった。

「あっ…………」

零れた声に、驚いた。

自分が動揺していることに気がついた。

待ち人を、愛していたことに気がついた。


待ち人は、太陽のような人であった。

出会ったのは、高校一年の春だ。

何がきっかけだったかは覚えていない。

ただ、三年間。気がつけば、私のそばに待ち人はいた。

「好き」

そう言われて、気づいた感情にも、待ち人は優しく微笑んで抱きしめてくれた。

「ありがとう」

私はそっと腕を背中に回した。


待ち合わせの場所は、さっきまでいた喫茶店だ。

待ち人はいつも遅れてくるのだ。

「ごめん」

そんな待ち人の笑顔に絆されて、仕方がないなと言いながら指を絡ませて店を出るのだ。

四年目の春に、いつもと変わらず待ち人は遅刻した。

一時間、二時間と待っていたが一向に待ち人は来ないのだ。

四時間半待ったところで、店を出て家路についた。

帰宅と同時に家の電話がけたたましく鳴った。


待ち人は、二度と笑ってくれないことが知らされた。

目の前で白い布を掛けられて、真顔のまま眠っていた。

「寝顔ぐらい……可愛らしくいなよ……」

苦い、なんとも言えない感情がじんわりと胸の中に広がった。

ブラックコーヒーを加糖と思って飲んだ時のあの、あの感覚に似ていると思った。


今日も私はルーティンしながら、待ち人を待つのだ。

ウィンナーコーヒーを飲みながら。

あの甘い感情はきっと恋だ。

そして今も胸に残るこの苦い感情はきっと愛だ。


ウィンナーコーヒーは今日も少し苦く感じる。

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