Golem in the Room

那泉什弌

家に帰るとゴーレムがいました

その日は、部屋の窓の鍵をかけ忘れていた。


「麻野、今日暇か?」

「すまん、今日は無理。ユキミナの発売日だから帰りに買って帰る」

「それ暇じゃん……」

食い下がる友人におざなりに手を振り、鞄を掴む。後ろ手に扉を閉める時、何か引きこもりが云々と言われたが気にしない。

雨が降っていた。折り畳み傘が上手く開かずに舌打ちをする。使った後にちゃんと干していなかったからか、それとも安いのを買ったからなのか、少し錆びていた。変え時か。

駅前の本屋で『ユキとミナの探偵紀行Ⅵ』を買い、バス停近くのコンビニで適当に甘い物を買う。バス停に行くとちょうどバスが来た所だった。ギリギリ座れず、家の近くのバス停まで立ちっぱなしだった。


僕の住んでいるアパートはバス停から徒歩3分の所にある。本来ならバイト暮らしの大学生が住めるような所ではないのだが、父の知り合いの好意で住まわせてもらっているのだ。帰って来たのはちょうど午後七時頃で、まだあまり部屋の明かりは付いていなかった。

鞄の中から鍵を引っ張り出し、玄関の扉を開ける。

暗い部屋も、返って来ないただいまも、最初は寂しかったが今はもう慣れた物だ。靴を脱ぎ飛ばしながら電気のスイッチを探っていた時、部屋の奥からがたりと音がした。

物が落ちるか何かしたのだろうと思ったし、実際電気を付けてみると机の上にあったリモコンが床に落ちていた。僕はまず床に傷が付いていないか心配し、リモコンがきちんと動くか確認した。それからちゃんと机の上に置かれていたはずのリモコンが落ちた事に疑問を感じ、部屋を何となく見回して、『それ』を見つけた。見つけてしまった。

「あの、すみませ」

「悪霊退散っ!」

そして僕はそれに気づいた瞬間、腕を十字架にして思いついた言葉を叫んだ。

「……えっと」

ポーズを維持つつ、後ずさりながらそれを見る。

それは小さな子供くらいの大きさの、粘土のような質感の何かだった。

「あの……日本の悪霊に十字架は通じないと思いますけど」

「……」

それが言っている事はもっともだった。

「じゃあ……悪魔退散?」

「そもそも十字架が効くのは吸血鬼くらいだと思いますけど……」

「……」

それが言っている事は至極もっともだった。

僕は十字架を諦め、改めてその何かに向き直る。

その粘土的な何かは人間の子供みたいな形だが頭が大きく、のっぺりと細い体には何も身に着けていなかった。顔にあたるであろう場所も、穴が三つ開いているだけに見える。二つは素早く開閉を繰り返し、一つは言葉に合わせて動いていたのを見ると、目と口にあたる所なのだろう。そしてそれは、そのおそらく目に当たるであろう穴をじっとこちらに向けていた。

「あー……いや……ええっと……だね……」

最初のショックが引き、それが積極的に危害を加える存在では無いという事が分かったので、僕は努めて落ち着こうとした。内心は相当焦って、とうとう僕にも異世界に旅立つ日が来たのかなどと考えていたが……その間じっと待っていてくれたそれは、随分忍耐強いようだ。

「……ひとつ、いいかな」

「はい、どうぞ」

「コーヒー飲む?」


二人分のコーヒーを淹れて戻ると、それはちょこんとソファーに座っていた。

僕に気が付くと、ありがとうございますと言って端に寄ってくれた。左手に持っていたコーヒーを手渡し、僕もソファーに座る。

「色々聞きたい事はあるけど……とりあえず、君の正体から聞いてもいいかな?」

「ええと、そうですね……ゴーレム、と言えばお分かりいただけるでしょうか?ボクは魔術によって生み出された人工生命体です」

「……と、いう設定のロボットとかではなく?」

「ではなく」

なんと。見た目はゴーレムというよりホムンクルスに見えるが。

「うん、まあ……僕は面白い物は全面的に受け入れる主義だからそれは信じることにするよ。次はそうだなあ……君の事何て呼べばいい?名前は?」

その質問をすると、彼はすこし考えるような素振りを見せた。首をひねり、コーヒーを啜り、彼は口を開いた。

「クレイと呼んでください」

粘土クレイ?」

「少し考えたのですが、名前を思い出せなかったので便宜的に」

「分かった。あ、僕は麻野千秋。千秋って呼んで」

「千秋さんですね。分かりました」

彼は再びコーヒーを啜った。カップから口を離し、ふうとため息をつく。

「……そういえば、君はゴーレムなのにコーヒーが飲めるのか。というか、ゴーレムにしては随分感情豊かに見えるね」

「最新型なので」

「最新型?」

「はい。千秋さんは、電子ゲームの類は遊ばれますか?特にRPG等を」

「あー、結構好きだけど」

「実のところ、現代のゲームや小説におけるゴーレムのほとんどはかなり古い知識が元になっているのです。魔法や魔術も、科学と同じように進化しています」

「進化、ねえ……つまり君がゲームのゴーレムと違ってコーヒーを飲めて感情豊かなのは、未来のロボットがどら焼きを食べてネズミを怖がるようになるのと同じような物って認識で合ってる?」

「ええ、おおむねその認識で合っています」

「通じるのか……」

クレイはふふふ、と声を出した。笑っているのだろうか。随分と人間らしいゴーレムだ。

「そうだ、一番大事な事を忘れてた。君はなんで僕の部屋に来たの?っていうかどっから来たの?」

「それはですね……」

答えかけて、クレイは言い淀んだ。彼は目を逸らし、何か気まずそうにしている。いや、言いたくないのだろうか。しかしそれでは僕が困る。僕はコーヒーを飲もうとして、カップが空だった事に気付いた。

「実は、覚えていないのです」

「気が付いたら部屋にいたって事?」

「いえ、そういう事では……部屋に入った時の事は覚えています。ここだけ窓が開いていたんです。入った時に閉めておきました」

「ここ三階だけど」

「よじ登りました」

「まじで」

一応確認すると、見える限りの窓の鍵は全て閉まっていた。

「勝手に入ってすみません。……気が付いたら雨の中にいて、なんとか雨を避けようと思ったんです。実際の所は雨に濡れても大丈夫だったんですが、どうしてだか怖くて……それより前の事は覚えていません」

「じゃあ、自分が何で作られたのかとか、作った主人の事とかは?」

「何も……」

罪悪感からなのか、記憶をなくしている不安からかは分からないが、クレイはそれきり俯いてしまった。僕は二つのカップを持って、コーヒーを淹れ直して来た。

二杯目のコーヒーを飲み終わってからも、しばらくの間お互い黙ったままだった。僕は何と声をかけていいのか分からなかったが、ただ黙って隣に座っているだけで誰かを慰められるほど器用でも無いので、買ってきた小説を読んでいた。

クレイが再び口を開いたのは、僕が読み終わって立ち上がった時だった。時刻は午後九時になろうという所だ。

「あの……千秋さん」

おずおずと立ち上がり、クレイは僕に向き直った。僕もなんとなく佇まいを正し、クレイと目を合わせる。

「今日初めてお会いして、しかも勝手に入っておいて不躾なお願いだとは思うのですが……その……」

もじもじと手を動かし、言いにくそうにしているクレイを静かに待つ。彼は少しの間迷っているような素振りだったが、やがて決心したのか、一息に言葉を吐いた。

「ボクをここに住まわせてくれませんかっ?」

彼は、真っ直ぐ僕を見据えた。


期待していなかった、と言えば嘘になるだろう。

しかし、現実にそんな都合の良く不思議な事が起こる訳がないと、そう思っていたのも事実だ。そんな小説のような話が向こうから飛び込んできてくれる事なんて、本当はあるはずが無いんだと。だから、クレイが住まわせてくれと言った時、僕は嬉しいと思ってしまったのだろう。

いや、そんな綺麗事はどうでもいい。

彼の正体と過去に興味があった。それに、彼と一緒にいればアニメやラノベのような何か面白い事が起こるんじゃないかと思った。僕の心はそんな興味が大半を占めていた。

でも、なんとなくだけど、彼を守らなければならないと思ったのもまた、本当の事なのだ。


「あんまり片付いてないけど……こんな部屋でよければ、いつまでもどうぞ」


こうして、僕の部屋には小さなゴーレムが住む事になった。








ちなみに翌朝、事態を再認識した僕は『ゴーレム 居候』で検索をかけまくっていた。

なんで昨日の僕はあんなに落ち着いていられたんだ?

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