刑事ずきんちゃん

シエン@ひげ

赤ずきんさん

 昔々、あるところに赤ずきんという娘がおりました。

 赤ずきんはお使いを頼まれ、森の奥にあるおばあさんの家へと向かいました。


 ところが、おばあさんの家には悪い狼が潜んでいたのです。


「ぐひひ、大人しくしときな婆さん」

「んー! んー!」


 おばあさんを縄で縛り、猿ぐつわで口を塞いだ狼はいそいそとおばあさんの着ていたネグリジェを身に纏いはじめます。毛むくじゃらの獣がおばあさんのネグリジェを、です。傍から見ると異様な光景でした。おばあさんも血の涙を流して訴えかけます。


「むー!」

「へっ。中々いい趣味してるじゃねぇか婆さん。この服、気に入ったぜ」

「んー!」


 気に入られても困るのです。特にリアクションに困るのです。

 そんなおばあさんの魂の訴えを知ってか知らずか、狼さんはルンルンと鼻歌を口ずさみながら鏡に映った自分の姿を見ます。顎に手を当て、まじまじと観察。

 するとどうでしょう。彼はぼそりと呟きました。


「綺麗だ」

「んー!?」


 おばあさんはこの時、心の底から思いました。ああ、神様。これがナルシストの語源なのですね、と。


「おっといけねぇ。俺としたことが思わず見惚れてしまったぜ。ぐひひ、婆さんよ。悪いが赤ずきんちゃんが来るまでの間、このロッカーの中で大人しくしておいてもらおうか」


 世界観を完全に無視して存在するロッカーの扉を開けて、箒と塵取りの間におばあさんを閉じ込めます。

 そう、狼さんの目的は今まさにこの家に向かっている赤ずきんちゃんなのです。

 狼さんはロリコンでした。決しておばあさんに目がくれることがないロリコンであり、ナルシストでもある彼はおばあさんに化けて、赤ずきんちゃんに襲い掛かろうというのです。


 なんて卑劣なのでしょう。

 なんて破廉恥なのでしょう。

 なんてズルいのでしょう。


「へっへっへ。世の中、賢い奴が勝つのさ」


 どこか勝ち誇った笑顔でベットに入り、赤ずきんちゃんを待ちます。

 布団をかけて、待機。準備はばっちりです。時々、ロッカーから唸り声があがりますが、そんなものは獲物が来る前のロリコンの前では意味がありませんでした。


「はぁーやくこいこい赤ずきんっとぉ」


 陽気に鼻歌まで歌いはじめました。

 狼さんは鼻歌を歌いつつも、ベットの中でくねくねと蠢きます。頭の上からハートマークが飛び散ってます。

 そうしながら待っていると、やがてその時は訪れます。


「お婆さん。赤ずきんです」

「きたあああああああああああああああああああああああああっ!」

「お婆さん?」

「あ、いや。待っていたよ、赤ずきん。さあ、入っておいで」


 いよいよ目の前にやってきた獲物の登場に、狼さんは興奮を隠しきれません。

 口元から垂れる大量の涎がおばあさんの枕を汚していきます。もうお婆さんはこんなところでは眠れないでしょう。


「はい。お婆さん、失礼します」


 ぎぃ、と扉が開きました。

 狼さんはベットの上で寝込んだふりをしながら、のこのことやってきた哀れな赤ずきんの姿を確認します。


 可愛らしい赤いフードを被っていました。

 しかし、なぜだか少女の身長は2メートル近くありました。ついでに腕もボーリングの球くらいの太さがあります。足も同様でした。そして顔も、少女と表現するにはあまりにいかつい形相。

 簡単にまとめてしまうと、赤ずきんは少女ではなくマッチョでした。


「婆さん、どうかしたのかしら」


 某ターミネーターみたいな声でお婆さんに語りかける優しい赤ずきん。

 彼女はずしん、ずしん、と地響きを鳴らしながらゆっくりと狼さんに近づいて行きます。


「寝込んでいるわ。具合でも悪いのかしら」

「え、ええ。折角来て貰って悪いのだけど、実はそうなのよ」


 想定外のお客様を目にして、狼さんもたじたじです。

 ベットの中で大量の汗を流し、彼は現状を考察します。


 あれ、赤ずきんってもっとちっちゃいよね。

 明らかに女の子じゃないよね。男の子だよね。

 というか、子でもなくね?

 明らかに何人かぶっ殺してる顔だよあれは。


 ていうか、誰だよ!


「可哀想に。お婆さん、赤ずきんがリンゴを剥いてあげるわ」

「あ、あら。ありがとう」


 狼さんの困惑を知ってか知らずか、赤ずきんちゃんはリンゴを手に取って台所へ。

 手慣れた手つきでリンゴを鷲掴みにしました。


「ほあたぁ!」


 もう片方の手がリンゴの前で一閃されます。

 そのままリンゴの芯へと人差し指を置くと、リンゴは綺麗なうさぎさんとなって剥かれてしまいました。


「赤ずきんちゃん」

「なぁに、お婆さん」


 某アーノルドを髣髴とさせる激渋ボイスで赤ずきんちゃんが囁きます。


「赤ずきんちゃんはどこでそんな技を身に着けたのかしら」


 狼さん、平静を装ってますが内心ドッキドキです。

 一方の赤ずきんちゃんは真顔で答えました。


「勿論、埼京線よ」

「どこなのそれ」

「いつも人混みが凄いの。だから潰されない為に、私は鍛えなきゃいけなかったのよ」


 まったく予想だにしない解答を貰った為、狼さんは目をぱちくりとさせています。


「でもね。他にもうひとつ、理由があるの」

「な、なにかしら」

「それはね」


 ウサギさんリンゴをお皿に乗せて、赤ずきんちゃんが一歩一歩近づいてきます。

 ぎしり、ぎしりと床が軋みました。


「悪い奴に負けないために、肉体改造しなきゃいけなかったから」

「赤ずきんちゃん。どうしてあなたが悪い人に負けると困るのかしら?」

「それはね。鍛えないと悪い狼さんに食べられちゃうから」


 ぎしり、ぎしり。


「ねえ、赤すきんちゃん。どうしてそんなに怖い顔をしてるのかしら?」

「それはね。お婆さんから獣臭い匂いがするからよ」


 ぎしり、ぎしり。


「ね、ねえ。赤ずきんちゃん。獣臭いと、どうして怖い顔をするのかしら?」

「それはね。悪いことをしようとした狼さんを懲らしめてやりたいっていう、絶対に曲がらない鋼の意思がそうさせるのよ」


 ぎしり、ぎしり。


「あ、ああああ赤ずきんちゃん!?」

「知ってる、お婆さん? 最近ね。この辺で幼女に声をかけて襲い掛かる狼さんがいるらしいの。怖いよね。私は怖かったわ」


 今の赤ずきんちゃんの方が怖いです、と狼さんは口が裂けても言えませんでした。


「だからね。私は鍛える前に猟師のおじさんと約束したの。もし、私が強くなったら一人前の刑事として扱って貰えるって」

「赤ずきんちゃん、どうして手錠なんか持ってるの!?」

「それはね、」


 赤ずきんちゃんが跳躍しました。いつのまにかお皿の上に置かれていた手錠を狼さんの首にはめ、そのままベットに向かって体当たりをぶちかまします。

 ベットがVの字に折れ曲がりました。


「お前を逮捕するためだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 狼さんの悲鳴がお婆さんの家から木霊しました。

 こうして、ひとりの悪が素敵なヒロイン刑事によって逮捕されたのです。


 めでたしめでたし。

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