セントケージ・スカーレット -08-
夜明け前。
クロノたちは、西門広場と呼ばれる場所に集合していた。
広場の前には、街をぐるりと取り囲む城壁と同じく堅牢なつくりの出入国管理署の建物があった。この管理署の中はそのまま西門につながり、そこをくぐれば外の世界ということになる。
セントケージを囲む城壁には、他に東門、北門、南門もあるが、街道とつながっているのが西門だけなので、これが実質的なセントケージ正面ゲートである。
構造的にも一番立派であるが、正面ゲートとは言え、そもそも出入りする人間の絶対数が少ないため、あまり活気があるわけではない。むしろ、石材の重厚感、冷たさばかりが目立っていて、通ることを
事実、ここをくぐり抜けて他の街に行きたいと思う人間は、ここセントケージにおいてはかなり奇特な思考回路の持ち主であるとみなされる。
クロノたちの見送りに来てくれた面々も、特に羨ましいという気持ちは抱いていないだろう。彼らの認識では、クロノたちは外に行けるのではなく、追い出されたというだけのこと。
それは、罰ゲームを受ける友人を面白おかしく眺める感覚と同種のものだ。
何もない空間が広がる西門広場に、明け方の冷たい空気が流れる。日中は完全に春の陽気になっているが、この時間帯はまださすがに寒かった。
ただ、管理署の計らいで今日は火が焚かれているので、その近くに立つと、寒風はむしろ心地良かった。
クロノは、その焚火にあたりながら、別れを惜しむようにセントケージの街を眺めていた。
視界の中央には、〈学園の丘〉と呼ばれる小高い丘と学園の施設が見える。
それらの背後で、遠くの山並みが上の方から徐々に輝きだす。まだ雪に覆われている白い頂は、眩しいくらいに強く朝日を反射している。
「この学園ともしばしお別れか……」
クロノは誰に話しかけるともなく呟く。
「寂しいですか?」
「ワ!?」
予想外に背後から返って来た返答に少々ビビる。
振り返ると、ミスティー・シンプスがいた。相変わらずの無感情トーン。
「いたのか……」
「いましたよ、だいぶ前から」
「だいぶ前って……」
「具体的には、『お前が行かないでって本気で言ってくれれば俺は……』という感じの台詞を建物の陰で女の子にしていたあたりから背後にいました」
「話を捏造するな!」
「しかも、同じことを別の女の子に三回繰り返して全部スルーされたのもすべて見ていました。ゴメンなさい」
「俺どんだけ痛いキャラなの!? しかも、謝られると余計に惨め!」
しかし、相変わらずテンションのよく分からない子だな。ふざけていても声のトーンが変わらないし。
「…………」
ミスティーは、クロノのことを黙ってじーっと見ている。クロノもその視線に気付く。
そう言えば、昨日のアレ、やっぱり魔法だったのかな? 読心術というか念話というかテレパシーというか。て、ひょっとすると今も思考を読まれているのか?
「…………」
クロノは、ミスティーの無反応を確認する。
まったく反応がない。俺の考え過ぎか? でも、万が一思考だだ漏れだったらヤバいからな。確かめねばなるまい。
クロノは、ミスティーの方を見る。より正確には、全身をくまなく、頭の先からつま先まで舐め回すように見る。
「…………」
よし、俺はこれから妄想の中でこの子の服を一枚ずつ脱がしていくぞ!
「…………」
反応なしか? いや、気持ち頬が紅潮……しているわけでもないか。まあいい、妄想の続きだ。まず最初の一枚は……いや、まどろっこしい。妄想なんだからもっと大胆に、いきなり全裸にしてやろう。
「…………」
やっぱり、頬が紅潮……いや、まだ確証が得られる段階でもない。
クロノはイメージする。ミスティー(裸体)のイメージがぼんやりと脳内に現れ出す。
よし、次はディテールだ!
クロノは改めて実物をよく観察する。一人でテンションが上がって来る。
これは……議論の余地なき完全なる幼児体型! テンションの凹凸もないが、身体にも凹凸がないときた!
「…………変態」
「あ」
ミスティーは、頬を紅潮させて思いっきりクロノのことを睨んでいた。
「刑罰の一番重い街で警察に突き出してあげます」
「やっぱりお前!」
「まあ、そうですね。そうですよ、魔法ですよ」
「それならそうと早く言えば……」
「そうすれば、妄想の中の私はあんな凌辱を……」
「いや、まだそこまでは」
「冗談はさておき、このことは秘密という方向で」
「当たり前だ。なぜ自分の脳内妄想を暴露しなくちゃならない」
「いえ違いますよ脳内桃色先輩。私の魔法についてですよ。パーティーメンバーには場合によって構いませんが、学園とかではちょっと」
「ああ、そういうことか。そうだな。分かったよ」
自分の脳内を魔法で読みとられているというのが分かったら、確かに色々厄介だ。人間関係とかややこしくなりそうで、想像もしたくないというのが実際のところ。
「その通りです。案外理解が速くて助かります」
「でもさ、それ、かなりすごい魔法だな」
いえいえ、実はかなりショボイ魔法です。ほとんど使えたことありませんし。
え? 今、かなりスムーズにコミュニケーションできてるじゃないか。
これはよく分かりませんが、例外だと思います。昨日もそうでしたが、実は教室の中でクロノ先輩だけ私と意思の疎通が成立したんですよ。個人差というか、相性みたいなものがあるんだと思っているのですが。
そうだったのか……。
あとは、相手の気の持ち方はかなり重要っぽいです。聞く気のある人と聞く気のない人だと、同じように話しかけても通じ方が変わる感じです。
あれか。教室で先生が話していても、聞いているヤツと聞いていないヤツがいる、みたいな。
まあそんなところですね。あんまり聞く気のない人だと私の声はそのあたりのざわめきと同レベルの扱いですし、逆に私もその人の考えていることは読み取れません。
フーン。
ただ、結構曖昧なのでよく分からないんですけどね。あとは、距離的に近い方が聞こえやすいっていうのはありますけれど。でも、結局結論としてはほとんど使えない魔法ってことですよ。相手次第なんですから。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙×4人。
「お二人とも、もうすっかり仲良しですね!」
「何ジーっと見つめ合ってるの?」
「うわ! びっくりした!」
クロノとミスティーが沈黙のうちにコミュニケーションをとっていると、いつの間にかエミルとシェルもその場にいた。
「ミスティーはいつも通りだったけど……アンタ、ミスティーのことを見つめながら無言で表情が変わっていって、普通に不審者」
「な、なんで俺だけ不審者扱い……」
先輩……。
お前、懲りずに話しかけるなよ! もっと怪しまれるだろ!
いえ、私は怪しまれていませんよ。挙動不審な変態さんは貴方だけです。
はっ!
ここでクロノはようやく気付いた。この念話能力の真の恐ろしさに。
ミスティーは基本的に無表情であるため、事情を知らないものから見れば、念話の相手だけが無言のままコロコロ表情を変えて一方的に不審者になってしまうのだ。理不尽と言っても、そう見えてしまうものはしょうがない。
「こ、これは恐ろしい……」
「ほ、本当に大丈夫?」
シェルは、わりと素で心配しだした。クロノの顔を覗き込む。
ずっとキレ気味の表情しかしてなかったから、これは新鮮。身長的に上目遣いになるのがグッド!
クロノは少しホッコリする。
「ああ、ああ、大丈夫だよ、シェルたん~」
「うわ、キモッ!」
シェルは途端にドン引きする。わりと素で。一瞬でクロノとの間に距離がとられる。
「あははー。なんだか皆さん愉快な感じで安心しました。これは楽しい旅路になりそうですね!」
エミルが勝手に喜んでいると、ミスティーも静かに「そうね」と返した。
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