第9話 力
ぼくのおかげで星の抗体を作り出すまでに回復? 身に覚えがないうえに意味が分からない。
「正確には、君の能力のおかげ、というのが正しいのだろうけどね」
とシルバさんは補足するようにそう付け加えた。
ぼくの能力。
そういえば、まえに香月が口をすべらせて、ぼくの能力がやばいとかなんとか言っていたのを思い出す。
「ぼくの能力? 一体なんの話をしているんです? ぼくは超能力者になった覚えは一切ないんですが」
だから、詳細を聞き出すためにぼくはそうシルバさんに訊ねる。
シルバさんは死神くんのほうに複眼を向けると、
「君はまだ
少し非難の混じった声音でそう言った。
死神くんはそれに対し、
「まあ、こいつが自分で気付くまで黙っていようかと思っていたんだけどな。しょうがないか」
一切悪びれる様子もなく言った。
おい、兄弟、と死神くんが呼ぶので、死神くんの方に目を向ける。
それを見て、ぼくは真の驚愕というものを知ることになる。
そこには、フードを外してその素顔を露わにした死神くんがぼくを見つめていた。
彼は、ぼくとまったく同じ顔をしていた。
唯一、違う点と言えば、髪の毛が真っ白になっているところだろうか。それ以外はぼくとまったく同じだった。髪型まで―――長さはすこし耳にかかるくらい―――トレースしていた。
「―――――――――――!」
思わず絶句してしまう。
「驚いたか? 兄弟。そういえば、前におれの正体を訊いてきたことがあったよな。これが、その答えだ。おれはおまえで、おまえはおれだ」
いや、ちょっと待て。意味が分からな過ぎる。なんだよ、これは。
「鈍い奴だな。要するにおれはおまえの能力そのものなんだよ。その名も―――」
「CU能力。オートマチック。あの希少種がもう一人存在していたとは、まったく驚きだよ」
死神くんの言葉を遮りそう言ったのは、アイリだった。
未だに香月によしよし、とされながら、それでも満更でもなさそうだった。
「だから、殺されてもすぐに復活する。相対するには、最悪の相手だよ。クリーチャーズより、よっぽど性質が悪い」
なんて奴と戦ってたんだろう、あたし、と吐き捨てるように言った。
死神くんは、やれやれ、とでもいうように肩を竦めている。
また、それか。
CU能力。
超能力的なものらしいが、ぼくは一切その詳細を知らない。
「なあ、いったいそのCU能力ってのは何なんだよ? まったく訳が分からないぜ」
だからぼくはそう呟くように言った。親切な誰かが説明してくれることを期待して。
「CU能力。つまりは、Collective unconscious、集団的無意識の頭文字を取ってCU能力と言う訳だ」
そう解説してくれた親切な誰かさんは、やはり、シルバさんだった。
さすがはテレパシー、ちゃんと伝えたい英単語は翻訳されずにばっちり聞こえる。ちょっと都合がいいような気がするが、そこはそういうものとして受け止めようじゃないか。
シルバさんは煙草を灰皿に押し付け火を消すと解説を続けた。
「学説に由ると人類の集団的無意識が世界に作用し、〈ただそれがそうである〉という結果を誤認させることにより発動しているらしい。こうして言葉にしてみるとかなり眉唾だがね。さて、この能力は現在、三つの形態が確認されている。
まず、一つ目はマニュアル。
これは、完全手動操作、つまり、従来の超能力と同じだ。能力者本人が能力を運営する。三種のなかでは世界への影響力は一番低いが、大変使い勝手がいい種類でもある。
次にセミ・オートマ。
これは、半自動操作。つまり、能力が実体を得て、その実体が能力を行使する。使用するかの意思は本人に委ねられているため、命令されたこと以外をすることはない。影響力の高い反面、使い勝手が悪かったりする。ちなみにこの実体は能力による攻撃を受けた場合―――耐久値が個体ごとに違うから一概にもいえないが―――消えてしまう。消えてしまった場合は能力者本人が再構成を行わなければならないが、これに時間が掛かるため、隙ができ易い種類でもある。まあ、訓練次第では数秒で再構成を行うことも可能らしいが」
そこまで説明するとシルバさんは喉が渇いたのか、残っていたビールに口をつけた。
そこで、ぼくはアイリが入っていた棺桶を思い出した。恐らくあれは隙ができ易いセミ・オートマ能力者を保護するものだったのだろう。敵対者を抹殺できるように能力の準備をするための棺桶。相手に向けた死のメタファーなのかもしれない。
シルバさんは続きの言葉を紡ぐ。
「最後に説明するのは、オートマチックだ。
これは、完全自動操作、つまり、能力自体が受肉を果たし、人格も備えたものだ。能力の使用も能力自体の判断で行われる。能力者は何もすることがない。
三つの能力のなかでは影響力は最強だと言われている。だが、受肉している以上、強力な攻撃を受けだ場合は死んでしまうが、能力者が存在している限りはすぐに復活することができる。
ちなみに彼らは能力者が死んでしまうと運命を共にするため、一蓮托生の関係になってしまう。
あとは、能力の性質についてだが、これは、能力者のトラウマが起因していることが多い。
例えば、炎に何らかのトラウマがある場合―――具体的な例を挙げると火事に巻き込まれて死にそうになった経験を持つ人間は
まあ、すべての能力者がそういう訳ではないけどね。あくまで、そういう傾向が強いということだ。
CU能力についての説明はこれで終わるが何か質問はあるかい?」
自分のトラウマがそのまま能力になるって………。
それで、PTSDを抱えている人にとっては嫌すぎるだろ、それ。
まあ、いいや。
ぼくは最初の疑問を口にする。
「CU能力については大方分かりました。ですが、ぼくの能力が世界の終わりとどう係わってくるんです?」
「それは、わたしが説明してあげるわ。わたしの弟君」
いつの間にか姉さんは眠りから覚醒し、微笑みながらそう言った。
「まずは、あなたがいつ能力を発現したか、というお話からしましょうか。
契機は間違いなく、あの事故があった夜よ。あの夜が人類のターニングポイントでもあった。
そして、あなたに発現した能力の性質が人類にとっては最悪だった」
そこで言葉を切ると姉さんは、ペットボトルの水―――エビアンだった―――を口にしてから話を続けた。
「あなたに発現した能力、それは―――
それは、僅か二年の間に人類を絶滅の危機に追い詰めるほどに、そして、人類の急激な繁栄によって蝕まれた世界を回復させるまでに強力な能力だった。
世界はあなたに目を付けた。
世界はあなたに加護を与えた。
いつか、星殺しの病を完治させてくれると一縷の望みを託した。
わたしがいまこうして生きているのもあなたに授けた星の加護の一つよ。
まあ、加護というより前払い報酬みたいなものだけれど」
姉さんはぼくをじっと見つめている。
正確にはぼくの瞳をじっと、見つめている。
あの輝かしい微笑みを湛えて。
「あなたには、星殺しの病を完治させる手伝いをして欲しい。新しい―――本来在るべき世界を創る手伝いをあなたにしてほしい」
姉さんとの思い出が頭のなかを駆け巡る。
ぼくはそれに応えるべく口を開く。
「それに応えるまえに、もう一つ訊きたいことがあるんだ。姉さん」
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