第75話 勝利の宴と過去の記憶

モンスターの襲撃を乗り切った俺たちは、防衛陣地を整えて野営場所にすることにした。

多少のケガはあったが、全員が無事に乗り切ることができた。

心配だった食料がこの襲撃のおかげで大量に手に入ったのはうれしい誤算だった。肉だけでいいなら、このまま目的地まで十分足りるだろう。なので今夜は盛大に飲み食いすることにした。


「さすがグレイだ。あのウェアウルフを相手に一人で立ち回るとは、我が思っていた通りの男だったようだな」


「倒すのは無理でも、防ぐのは得意分野だ。それにブリセイダたちが他のモンスターを食い止めていてくれたから、ウェアウルフに集中できたんだ」


「むふふ、そうだろうそうだろう。我々の弓にかかれば、あれしきモンスターの百や二百、いやもっと多であっても射殺すことなど造作もないわ。ふはははは」


酒を飲んだブリセイダはずっと上機嫌だった。肩を組んできたり背中を叩いてくるのがうっとおしいが、彼らがいてくれて助かったのも事実だ。これくらい我慢するのはなんてことない。

しばらく絡まれてていたが、部下が注意をそらしてくれた隙に、やっとトイレに立つことができた。


大きなたき火を囲んで、みんなが楽しそうにしている。全員が楽しそうに笑っていられて、本当によかった。今まで大変なことが多かったが、努力して鍛えてきたからこそ、この結果を勝ち取ることができたのだ。これからもっと頑張って、もっと多くの人を助けられるようになりたい……いや、なるんだ。

そう決意を固めた。


森の中ですっきりしてから戻ろうとすると、たき火から離れて森の中に入っていく影を見つけた。

彼女はたしか、非戦闘員のドワフだったはずだ。遠目だったから確信はないが、ちょっとうつむいていたのが気になったので、こっそり後をつけることにした。

森の中に流れる小川を目指しているようだが、あっちは段差があったはずだ。背の低いドワフが落ちたら大変だと思ったていたら、案の定小さな悲鳴が聞こえた。

あわてて駆け寄れば段差のフチにしがみついていた。引き上げるとお礼を言われたが、助けたのが俺だと分かった瞬間、表情が固まった。


「……い」


「どうした?」


「ごめんなさい。もうしません。逆らいません。だからどうか許してください。ごめんなさい」


急に怯えた顔でごめんなさいをくり返す。もしやと思って覗いて・・・みれば、予想通りの結果が見えた。


【種族:ドワフ

 体力:33

 理性:48

 友愛:ー15

 忠誠:100

 愛溺:20

 状態:恐怖】


やはり彼女は昔の俺の被害者のようだ。その可能性はあると思っていたから、今まで元奴隷の者たちとは必要以上に近づいてはいなかった。

彼女にとっては悪夢だったであろう俺が急に現れたのだから、この反応は当然だろう。それは仕方がないけれど、このままでは彼女の理性が削れそうだ。あまりやりたくはないが、彼女を守るためだと言い訳して、自分のスキルに集中した。

本来は自動発動するパッシブスキルである【女殺し】を意識的に発動させる。自分の内側にある力をふくらませ、それを【ステータス窃視】を経由して目の前の対象に送り込む。

そのままステータスを観察していると、効果はすぐに現れた。


【種族:ドワフ

 体力:28(-5)

 理性:39(-9)

 友愛:25(+40)

 忠誠:103(+3)

 愛溺:2(ー18)

 状態:  】


予想よりも効果が大きすぎる!急いでスキルを止める。

彼女の様子を見れば、ぼうっとした表情で宙を見つめている。スキルを変な使い方したのがまずかっただろうか。すぐに休ませた方がいいのか、それとも様子を見た方がいいのか。ザラなら分かるだろうか、それともブリセイダたちなら?

とにかく彼女を休める場所へ連れて行こうと思い手を取ったとき、その目に光が戻った。


「あら、おはようございます。……あら、ここはとっても暗いですね。どうして私はこんな所にいるのでしょうか?」


なんか、予想以上に大変なことをしてしまったのではないだろうか。






野営場所まで戻り、ちょうどやってきたブリセイダに事情を話す。慌てていたせいか内容がまとまっておらず、不思議そうな顔をされてしまった。

ブリセイダによると、ドワフの彼女は元奴隷の中でもあまり話をしようとせずに、一人でいることが多かったらしい。一番最初に助けた奴隷の一人で、何か辛いことがあったのだろうと深く追求していなかったようだ。


「まあ、そんなことがあったんですか?でもどうしてでしょう、思い出そうとすると、頭がぼうっとしてそれいじょう考えられなくなってしまいます」


「ふむ、今までとはまるで別人だな。だが状態異常のようには見えない。むしろ呪いが解けたように見えるが、グレイはいったい何をしたのだ?」


「うぐっ、状態異常を解除しようとはしたが、それはむしろ状態異常で上書きしようとしたようなもので、こうなると思ってもいなかった。俺にもどういうことか分からないんだ」


ブリセイダの言うとおり、良くなった・・・・・ように見えるのが救いだ。何も異常がなければいいのだが。


「あ、ひとつ思い出しました。私、悪い人に捕まってしまったんです。それであなた方に助けられることになったんですね。ありがとうございます」


ブリセイダに深く頭を下げる。

そうだけど、そうじゃない。彼女の記憶には、重要な部分が抜けている。


「その、捕まっている間のことは思い出せないか?思い出したくないかもしれないけれど、そう、無理に思い出す必要はないんだけれど……」


思い出させない方が、彼女のためだろうか?俺はどうすればいいんだ?


「捕まっていた間?捕まって……そう、誰かに会って……そこから記憶がありません。もう少しで思い出せそうなんですが」


「ふむ、その誰かとはどういうヤツだ?」


「それが、はっきりとしなくて……。ただ、白い仮面をつけていたような……」


「白い仮面?【ホワイトフェイス】か!」


「ホワイトフェイス?」


「そうだ、俺はそいつに捕まって仕事をさせられていたんだ。そうだ、そいつは記憶を操作することができた。だから彼女は記憶を奪われていた……」


「なるほど、それで性格まで変えられていたということか。恐ろしいヤツだな。だがそれもグレイによって解除された。さすがグレイだな」


ブリセイダに褒められるのがむしろ辛い。俺はそんな立派な男ではないのだ。


「グレイさん、ありがとうございます。故郷から遠く離れた地へ連れてこられてしまいましたが、あなたのおかげで全て思い出すことができました」


「ああ、でも俺はキミに謝らなければならない」


「どうしてです?グレイさんのスキルのおかげで、記憶を取り戻せたんです。謝るひつようなんてどこにもありませんよ」


「でも……」


「でもじゃありません。そこまで心配してくれるのはうれしいですけど、会ったばかりの私よりも大切にするべき人がいるでしょう?後ろを見てみなさい、あなたの事を心配している人がいますよ」


振り返るとそこには仲間がいて……。


「ちょっと待って今なんて言った?会ったばかり?俺のことを憶えていない?捕まってから会ってない?」


「は、はい。私は捕まって、仮面の人と会って、それから助けられるまでずっと同じ所にいました。グレイさんには会っていませんよ」


それは、だとするとつまり。


「ぜんぶ仮面男の記憶操作だったってことか」

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