第63話 勇者とフィーア

商人を捕まえて地下から脱出した後、俺たちは立派なホテルに連れてこられた。ここはいわゆる五つ星ホテルというやつではないだろうか。豪華なのは内装だけでなく、従業員たちの服もしっかりしたもので統一されているし、振る舞いにも品格が感じられて、俺の場違い感がすごい。

勇者の知り合いということで部屋を用意してもらい、フィーは女性陣に任せてきた。

一方俺は高級なラウンジで、勇者――ジークロード――と向かい合って座った。

占い師――ココアコルデと名乗った――が3人分の飲み物を持ってきて並べた後、勇者の隣に座る。

話し合いのメンバーがそろうと、まず勇者が切り出してきた。


「お前のおかげで魔竜を倒せたからな、とりあえず礼は言っておく。ありがとう」


「こちらこそ、俺の仲間を助けてくれて感謝してるよ。それにジークロードがいなければ、フィーを解放することができなかった。俺ができることならなんでもするから言ってくれ」


ちょっと大げさかとも思ったが、それくらいの価値があるとも思っている。彼らの事情があったのかもしれないが、手助けがなければ俺の脱出だけでももっと難しかっただろう。

俺の申し出に勇者が前のめりで答えようとしたが、隣にいたココアコルデに肘を打ちこまれた。声を出さずに言い合いをしているが、ジークロードが勝てそうな様子はない。

なんか少しズレている感じがするが、悪いやつではないのだろう。親近感がわく。


気を取り直して、勇者が口を開いた。


「頼みたいことはいくつかあるが、まずはあの魔竜のことだ。心臓はオレの必殺技で破壊したはずなのに、落ちてたのドロップには傷一つなかった。どういうことか説明してもらえるか?」


それくらいならお安いご用だ。


「簡単に説明すると、予言された『しんぞう』とは竜の心臓じゃなくて、女神像の事だったんだ。女神像は近くの生物に強力な力を分け与えて、自分の身を守る性質があるみたいなんだよ。なんでかは分からないけど。フィーは女神像のせいで、あの魔竜になっていたってことだ。ジークロードが破壊したのは、その神像だったのさ」


「女神像?どっかで聞いた気がするな」


「勇者の遺物の一つでしょ。危険な力を封印したものだって言われてる。力を分け与えるなんて聞いたことないけど、もしかして100年の間に封印が弱まったのかもしれないわね」


ココアコルデさんが言うには、初代勇者は伝説とともにいくつものアイテムを遺しているらしい。女神像はそのうちのひとつなのだとか。

場所がわかるなら、夢の中で女神に頼まれたことが達成しやすくなる。つい、身を乗り出してきいてしまった。


「勇者の家に残ってるのか?なら他の女神像の場所も知ってたら教えてほしい」


「残念だけど、私は知らないわ。勇者の嫁の各家に残されたって話だけど、そのうちの半分以上がもう無くなってるし。ジークの家も……」


「ウチは先々代が倉ごと売っぱらったらしいからな」


やっぱりそう簡単にはいかないようだ。勇者の家系ということはヒュマの王国だろうし、俺が直接行くのは難しいだろう。こっち側に流れてきているのから探していくべきか。

勇者には、とりあえず気をつけるように言っておく。可能なら破壊して欲しいが、俺が依頼されたことを他人に押しつけるわけにもいかないだろう。


「それにしても、お前のようなオーカスをザラさんが探していたとはな。どうやって知り合ったんだ?」


「ああ、それは……」


こういうことを聞いてくるヤツは今までけっこういて、相手によってどこまで話すかを変えていた。

この勇者は正義感が強く、常識的で話も通じそうだ。だから大部分の余計なことは伏せて、本当のことを言ってもいいだろう。


「ザラとパドマは奴隷だったんだよ。そこを俺が助けた」


短い。

明らかに説明不足だけれど、これ以上はプライベートに関わることだともジークロードも分かっているのだろう。何か言いたそうな顔をしているが、それだけだ。

と思ったら、ココアコルデさんとまた声を出さずに言い合っている。足でも蹴られたのだろう。


「俺もちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「え?ああ、いいぜ。ここのホテル代は気にしなくていいぞ。オレらもしばらく滞在するし、調子を整える必要もあるだろうしな」


「それは助かる。でも聞きたいのはフィーのことなんだ。ジークロードは、彼女をどうするつもりなんだ?」


あの後で詳しく聞いた。フィーは勇者の娘であり、魔竜化してしまったため扱いあぐねた彼女の家の者に売られてしまったということを。

彼女の両親はとっくに死んでるし、今の当主は売り払った当人だ。そいつをどうするかは勇者たちに任せるとしても、そんな家に彼女を帰すわけにはいかない。


「そのことなんだが……」


ジークロードが何か答えようとしたが、そのまま視線が俺の後ろへ行って固定された。

つられて振り返れば、着替え直したミミルたちがそこにいた。彼女たちの後ろにはフィーがいて、しっかりとした足取りで歩いている。


乱れていた黒髪は、ショートに整えられていた。前髪の一部が白く変わっていて、左目には眼帯をしている。怪我はしてなかったはずだが、何かあったんだろうか。

それ以外は頭から指先まで傷のひとつもなく、白い肌はシワもシミもない。わずかにあどけなさが残る顔立ちを見て、彼女が百年前に活躍した勇者の娘だと信じられる者はいないだろう。

シンプルなドレスを着たフィーは、貴族のような礼をした。


「初めまして、と言うべきでしょうか?わたくしはフィーア・グローリア。勇者の娘です。このたびはこの身を助けてくださり、ありがとうございました」


フィーは優雅にお辞儀をした。

勇者の娘ならば、しっかりした家で教育されていたのだろう。こんなことにならなければ、お姫様にでもなっていたかもしれない。


フィーは勇者たちに確認してから、俺の横に座った。


「ジークロードさん、貴方が次の勇者であると聞きました。ならばここに来たのは、私を殺すためなのでしょうか?」


『殺す』という単語に反応しかけるが、ジークロードもフィーも事実を確認しているだけのようだ。ヘタに割り込むべきではないのだろう。


「オレが神殿から受けた予言は、邪竜のしんぞうを壊せってのだけだ。それ以外にも外交だとか別な理由もあるが、それはキミらには関係なことだ。だからまだしばらくここにいるが、聞きたいのはそんなことじゃないんだろ」


ジークロードの問いかけに、フィーはためらいがちにうなずく。

フィーがちらりと視線を向けてきたが、反応する前にまた前を向いた。そして深呼吸をして、言った。


「私は、殺されなければならないのでしょうか」


何を、言っているのだろうか。理解が追いつかずにジークロードとフィーを交互に見る。

ジークロードは黙ったまま目をつぶり、少しして目を開いて、答えた。


「キミは、魔竜か?かつての魔竜と同じく世界を混乱に陥れ、多くの命を散らすつもりか?それならオレは次の勇者として、キミを殺さなければならない」


フィーはわずかに息をのみ、震える手で眼帯を外した。そこにあったのは禍々しい、魔竜と同じ瞳だった。


「私の中には、まだ魔竜の血が残っています。背中には、魔竜とつながっていた名残があります。たぶんずっと消えないでしょう。こんな混ざり物の人間を、あの国は放ってはおかないでしょう」


亜人のことを人でないとして、奴隷扱いしているのだ。魔竜の血が混じったフィーが帰ったら、殺されなかったとしても人目のつかない所へ幽閉されてしまうだろう。


「この体が魔竜へ変わってからは、ずっと狭い場所へ閉じ込められていました。もう何年も空を見ていません。私は私を売ったグローリア家のことを恨んでいません。王国にも復讐を考えたりしません。私は、ただ生きていたいです。自分の足で歩いて、色々なものを見て、感じたいです。私は、王国には帰りたくありません」


ドレスを握りしめながら、フィーが言った。赤くなった頬は、泣くのを耐えているようにも見える。

俺はフィーを庇うように身を乗り出した。


「ジークロード、どうかフィーを見逃してくやってれ。監視が必要だと言うなら、俺が引き取る。俺は冒険者をやってるからギルドで確認すればどこにいるか分かるし、ただの冒険者なら復讐なんて大それたことできないだろ。それに……」


なおも言いつのろうとする俺を、ジークロードが手で遮った。


「言いたいことは分かったから落ち着け」


ぜんぜん言い足りないが、それで機嫌を損ねるのもマズい。歯がゆい気持ちのまま、イスに座り直してジークロードの返事を聞いた。


「俺は魔竜を倒した。その証拠として、心臓と壊れた女神像の欠片をもらっていく。それで終わりだ。そっちの少女は商人に連れ去られた被害者だ。他にも奴隷として買われた者達がたくさんいる。戸籍なんてないからな、素性なんて追えるわけないさ。ゆく宛てがあるなら好きにすればいい」


「ええっと、つまり……」


「魔竜になったフィーア・グローリアはもう死んだ。だからグローリアはもう名乗れないが、ただのフィーアなら生きてて問題ない。この街に残りたいなら市長に話を通していい。さっきも言ったとおり、帰る場所のない者は他にもいるんだ。そいつらと一緒に働けるようにしてもいい。どうする?」


つまり、フィー――グローリア家ではなくなったフィーア――はもう自由ということだ。


「良かったな、フィー」


「はい。グレイさん、ありがとうございます!」


フィーがいきなり抱きついてきた。命が助かったどころか自由になれたのだ。喜ばないわけがないだろう。


「これからよろしくお願いします。私、精一杯頑張りますね」


「え?」


「私は、グレイさんについて行きます。さっき言ってくれましたよね。引き取ってくれるって。私、色んな場所を見て回りたいです。大丈夫ですよ。ちゃんとみなさんの了解はもらってますから」


フィーに抱きつかれたまま振り返れば、ミミルたちはそれぞれうなずきを返してきた。

ジークロードはあさっての方を見て、勝手にしろとつぶやいている。


まだ理解が追いついていないが、とりあえずめでたしめでたしということだろう。

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