第28話 緊急任務 『地獄の吐息』を討て!


 「『ラピッドファイア』…」


 今までと変わらず、何の感情も籠っていない口調で魔法を唱える『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』。

 左手の平から複数の火炎弾をマシンガンの様に打ち出す。


「『キャッスルウォール』!!」


 咄嗟に地面から城壁を出現させ火炎弾を防ぐ『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。

 全員この城壁に隠れて難を逃れる。

 この攻撃ならまだ防ぐのには余裕がある。


「このままではマズい…今の内に救援を要請してくれ!!」


「分かったよ!! 金ちゃん!! 金ちゃん!! 早く出て!!」


 城壁に隠れながら急いでカオル子にコールする『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


『…はい、もしもし?』


「あっ…金ちゃん!!」


『どうしましたの? とても慌てているようですけど…』


「大変なの!! 偵察に来たらバッタリ『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』に会っちゃって…!! 今、交戦中なの!!」


『何ですって!? ツバサさん、あなた今どこにいるの!?』


「ミレニアンから北東に20kmの洞窟のある森に居るよ!! お願い!! 誰か助けを呼んで!!」


『分かりましたわ!! 援軍と一緒にわたくしもそちらへ向かいます!! それまで持ち堪えて!!』


「ありがとう!!」


 ここで通話は終了…キャッスルウォールもまだ原型を保っていた。


「『ヘルズファイア』…」


 『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の鎌から今度は大き目の火球が放たれる。


「あれは…!!」


 この魔法に『大地の戦乙女グラン・バルキリー』は見覚えがあった。

 初めて対戦した時、あの魔法を受けてキャッスルウォールに亀裂が入ったのだ、忘れるわけがない。


「全員奥へ逃げろ!! 急げ!!」


 みんな必死になって逃げる。

 『大地の戦乙女グラン・バルキリー』も壁の維持を諦め走った。


 直後に後方でガラガラと音がした。

 城壁は火球と相殺する形で崩れ落ちたのだ。


「貴様も逃げたり隠れたりばかりじゃなく何かやって見せろ!!

 貴様の氷属性は火や炎には相性が良いはずだろう…!!」


 並走しながら『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』に話しかける。


「ふぇ~分かりましたよ~えい!! 『アイスニードル』!!」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は後ろを窺いつつ走りながら地面にマジカルワンドを向け魔法を唱えた。

 徒歩で追いかけて来る『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』がその道を通り掛かると地面から氷でできた棘が無数に突出したのだ。

 要するに忍者がよく使うマキビシだ。


「……!!」


 彼女は突然の事に対応しきれず足に傷を負ったらしい。

 その場で動きを止めてしまった。


「何だ…貴様もやれば出来るじゃないか…」


「これはどうも…」


 『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は頭に手を当て照れた仕草をした。


「ちょっと待って!! あのコ…何かする気だよ!!」


果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の指摘で一同は『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の方を見た。

 すると足の裏から火炎を噴出して上空に浮き上がった。

 地面にあった氷の棘は跡形も無く消え去る。

 ある程度の高さまで上昇すると鎌を下に向けた。


「『デスナパーム』…」


 鎌の先端からカプセル状の物が落下…。

 それが地面に当たった途端激しい業火が発生し物凄い速さで草木に延焼していった。

 辺りは完全に火の海…『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』達は完全に火の手に囲まれてしまったのだ。


「ああっ…!!しまった!!」


 まるで炎の檻に入れられてしまった様だ…周りに逃げ場など無い。


「…う~ん…私…熱いのはダメです~」


 ふらつき始める『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』…彼女は氷属性のせいで特別熱いのが苦手なのだ。

 そうでなくても炎に囲まれたこの状況…全員身体中から汗が滝の様に噴出していた。


「このままでは奴にとどめを刺されるまでも無くみんな蒸し焼きだ…」


「何か私に出来る事は…」


 必死に考える『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』…そしてまだ使った事の無い自身の魔法があった事に気付く。


「そうだ!!今はこの魔法に全てをかける!!」


マジカルステッキと両手を空に向ける。


「風よ!! その名において雲を呼び恵の雨を降らせ給え!! 『ウェザー』!!」


 彼女の突き挙げた両手から上空に向かってひと筋の風が舞い上がる。

 するとそこに吸い寄せられるように周辺の空から続々と雲が集まり始め辺りは薄暗くなって来た。

 集まった雲はやがて黒い雨雲となり中ではゴロゴロと音が鳴っている。


「………!!」


「あれ…?」


 気のせいだろうか…その音を聞いた『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』がビクっ一瞬たじろいだ気がした。

 その様子が何故だか引っかかる『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


 やがてポツポツと水滴が落ち始め、遂には視界が遮られるほどの激しい土砂降りになった。


「うひゃあ!! こりゃ酷いでありんす…!!」


 頭を押さえながら耐えるユッキー達マスコット。

 尋常じゃない雨量のおかげで周辺の山火事は収まりつつあった。


「よし!!この雨に紛れて一旦引くぞ…こっちだ!!」


 一行は土砂降りの中、一心不乱に走り続けた。

 そして急な斜面を滑り降り、ほぼ直角に切り立った土手の裏に身を潜める。


「…これで少しは時間が稼げるか…」


 土手に背を預け息を整える『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。

 全員疲弊している上にずぶ濡れで士気が下がる所まで下がっていた。


「…早く助けが来ないかな…」


 体育座りで膝を抱えてつぶやく『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。


 ピロロロロロロロロ…


 突然の電子音に飛び上がるほど驚く一同。


「あ…しまった…!! 着信音が…」


「おい!! 早く音を止めろ!! 奴に見つかってしまう!!」


「ごめん!!」


 慌てて通話モードに切り替える。

 発信者はカオル子だった。


「…もしもし金ちゃん…今どの辺…?」


 なるべく小声で話す。


『申し訳ありません…馬車を出してもらったのですが、林道が思いのほか狭くて中々前に進めませんの…』


「ええ~!? そんな~…」


 通話中の『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』のカードリーダーに飛び付き『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』が声を荒げるが、全員がシーッと口に指を当てて制止される。

 彼女は心底がっかりした顔をした。


「おい『億万女帝ビリオネア・エンプレス』…我々は今『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』から逃れて森に潜伏中なんだ、特に用が無いならもう切るぞ…?」


『あっ…お待ちになって!! あれから『ブックオブシークレット』にまた新しい情報が現れましたのよ!?』


「何…?」


 これ以上の通話の音声で『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』に感づかれてもいけないと思った『大地の戦乙女グラン・バルキリー』だったが、重要情報と聞いては話が別だ。


「だがこれ以上の長話しが危険なのは明白だ…そこで…『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』!!」


「はい…!?」


 いきなり話を振られて慌てる『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。

 まだ少しだけ『大地の戦乙女グラン・バルキリー』に苦手意識が残っている様だ。


「貴様は『億万女帝ビリオネア・エンプレス』からの情報をこのまま聞いておいてくれ…その間の時間は我々が奴を陽動して稼ぐ!!」


「えっ…私も!?」


 自分を指差し確認する『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』。

 さも意外といった顔で…。


「当然だろう…!! 貴様もそろそろやる気を出したらどうなんだ!!」


 とうとう焦れて怒鳴り出す『大地の戦乙女グラン・バルキリー』。


「ブリブリさん…お願いします!!この窮地を乗り切るのにはあなたの助けが必要なんです!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』が頭を下げた。

 その必死な様子を見て『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』は…。


「分かりましたよ~でも私が役に立てなくても…文句は言わないでね?」


 半ば不貞腐れたように口を尖らせ渋々了承してくれたのだ。


「ありがとう!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は満面の笑みを浮かべた。


「よし!!ではこちらに向かうぞ…付いて来い!!」


「…はい、はい」


「はい、は一度でいい!!」


「は~~~~い…」


「…貴様…我輩にケンカを売っているのか!?」


 もはや定番となった口喧嘩をしながら二人は再び森の中へと戻っていった。タカハシとペンタスも後を追う。


「…ごめん待たせちゃって…それで何が分かったの?」


 二人を見送った後再び通話を開始する。


『まずは『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』ですけど…

彼女は50年前以前に100年前にも現れた事があったらしいのですわ…』


「えっ…? それ本当?」


『…ええ…協会の方に無理を言って王立図書館に入れて貰えたのですけど…『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』に関する情報が載っていたらしき本が何者かに持ち出されていましたの…

 そこで一度は諦めかけたのですけど…そこの職員のカメキチさんが当時の事を覚えてらして…それで分かったのですわ』


「そのカメキチさんって…何歳?」


 100年前の事を知っているとなるとかなりの高齢だ。


『その辺の話は戻ってからしましょう…そう言う事で変身している人物が不老不死でもない限り中身は別人なのは間違いなさそうですわね…

 ツバサさんから頂いた情報の信憑性が出て来たのですわ』


 カオル子が言っているのは『燃える強打者バーニング・スラッガー』の件だろう。

 『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』のマントの切れ端がその子の物に化けたのだ。

 『燃える強打者バーニング・スラッガー』が何かに関わっているのは想像に難くない。


「それで『燃える強打者バーニング・スラッガー』って人の事は分かったの?」


『そちらも調べましたわ…その方…二か月前からマスコット共々行方不明ですわよ…』


「…そう…」


 一瞬『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の頭の中をチヒロの事が過った。


「お嬢さん…これはアチキの想像なんだが…『燃える強打者バーニング・スラッガー』が何かの切っ掛けで『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』になってしまったのではないだろうか…例えば誰かに洗脳されて操られているとか…」


『…有り得ない話ではありませんわね…もしくは何かしらのマジックアイテムを着けられて操られているとか…どちらにしても自分の意思ではないと言う可能性が高いですわね』


「あっ!! それなら今までの違和感の説明が付くね!!」


果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』には思い当たる節があった。


『…と言いますと…?』


「『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』って魔法以外は全くしゃべらないよね? 見た感じどこか無感情と言うか心ここに在らずと言うか…でもね、想定外の攻撃を受けたりとか雷の音が鳴った時なんかは少し反応が出るんだよ? 中の人の本当の反応っていうのかな…ちょっと言葉にしづらいんだけど…」


『…なるほど、分かりました…わたくしも引き続き『ブックオブシークレット』を調べておきますわね…それでは一度回線を切ります…皆さんお気を付けて…』


「ありがとう金ちゃん!!」


 マジカルカードリーダーのコールの文字が消える。


「少しは情報が入って来たけど…問題はどう『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』を攻略するかだよね…」


「まったくもってその通りでありんすな…」


 今の通話も「『地獄の吐息インフェルノ・ウィスパー』の正体に迫る情報ではあったが弱点などは分からず終い…不安が二人を包む。

すると突然の地鳴り…!!


 ドーーーン!! グォワアアアアア!!!


 遠くで爆発音と聞いた事の無い魔物の咆哮の様な声が聞こえる。


「一体何事…でありんす!?」


「…とにかく行ってみよう!!」


 自分の通話の為に囮になってくれている『大地の戦乙女グラン・バルキリー』と『吹雪の訪れブリザード・ブリンガー』が心配だ。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は急ぎ立ち上がると音のした方へ駆けて行った。

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