第8話 『億万女帝』


 「はぁ~~~…」


 西日が差す自室のベッドの上で抱き枕にしがみ付き寝転がりながら深いため息を吐くツバサ。


 理由は主に二つ。


 一つ目は…アリジゴクカキン虫に襲われていた『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』を助けた際に多数の魔法を使用し所持イェンがごっそりと減ってしまった事。


 だがその行為自体は後悔していない。

 おかげで『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』を助けられたし仲直りも出来た。


 問題は二つ目の理由…。


「…お姫ちゃん…チヒロって…男の子だったんだよね…」


 抱き枕にしがみ付き天井を見上げながらつぶやく。


 ツバサは友達が少ない…全く居ない訳では無いが、今迄男の子の友達は居なかった。

 しかも今まで自分と同じ女の子として接してきたのだから、そう簡単に割り切れるものではない。


「これからどんな顔してお姫ちゃんと会えばいいんだろう…」


 僅かにツバサの頬が上気する。


 中学一年生くらいの子といえばそろそろ異性を意識しだすお年頃だ。


 相手の見た目が女の子その物だからと言って男の子に対して、その辺の感情を抜きに接する事は難しい。


 勿論、ずっと性別詐称をされて続けてしまわれるよりはいい…。

 カミングアウトしてくれたと言う事はこちらを信頼してくれたと言う事だからだ。


「んんんんん~~~~~!!!」


 何ともやるせなくなりベッドの上をゴロゴロと何度も転げ回る。


「ツバサ!!これからファンタージョンへ行くでありんすよ!!」


「わあ!!…びっくりした~もう!!いきなり声を掛けないでよ!!」


 いつの間にか枕元にユッキーが居た。


「いいから支度をするでありんす…」


 ユッキーを見たツバサもまた酒場のピグ同様彼に違和感を覚えた。

 何かこうピリピリとした緊張感がユッキーから伝わって来る。


「何かあったの?」


「大討伐のミッションが発令されたでありんす」


「大討伐…?何それ…」


 聞きなれない単語に戸惑うツバサ。

 言葉から察するに今までのカキン虫退治とは次元が違うのは容易に想像できるが…。


「守銭奴ラゴンと言うファンタージョンでは名の知れた四大カキン獣の一匹が現れて暴れているらしいのでありんす

 その討伐任務が『魔法少女協会マギカソサエティ』から全魔法少女に要請されたのでありんす…急がないと大変な事になるでありんすよ!!」


 拳を握りしめ真剣な眼差しのユッキー。

 いつもの軽いノリは影を潜めていた。


「…分かったよ、まずはプラクティス時空へ行けばいいのね?」


「そうでありんす、そこが魔法少女達の集合場所になっているでありんす」


 ツバサの変身後、二人は急いでゲートを潜り抜けた。




 そこには既にざっと数えて50人位の人だかりが出来ていた。


 当然だが全員魔法少女だ。

 赤、ピンク、黄色、緑、青…皆、実に色とりどりのコスチュームを着ている…さながら花畑だ。

 皆ガヤガヤ、ワイワイと談笑に興じている。


 マスコット達も同様に実に様々な動物のオンパレードだ。

 犬、猫、猿、風変わりなのだと翼の生えた蛇やダンゴムシ等の姿の者もいる。


「ほえ~!! 魔法少女とマスコットがこんなにいっぱい!! 凄~い!!」


 自分以外の魔法少女は『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』以外会った事が無かったツバサにとってこの光景は感動しきりであった。


「ツバサちゃん!!」


 背後からツバサを呼ぶ声がする。

 振り返るとそこには『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』ことチヒロとピグが居た。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』に近づきさりげなくそっと両手を握る。

 今までと違ってとても積極的だ。


「ツバサちゃんと今日の内にまた会えるなんてとてもうれしいな(はぁと)」


 上気した顔で上目遣いにモジモジしながらこちらを見つめてくる『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。

 それは恋する少女が想い人を見つめる視線その物だった。


 フリッフリのプリンセスドレスが似合う魔法少女…だがこんな格好をしていても彼は男の子だ。


「…わっ…私も嬉しいな~あはははは……」


 笑いがわざとらしくぎこちない。

 今日またすぐに会う事になるとは思ってもいなかったので心の準備が出来ていなかった『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は思わず引きつった笑みを浮かべてしまった、冷や汗が頬を伝う。




「あら、あなた方…見ない顔ですわね…新入りの方かしら?」


 透き通る様な美しいソプラノボイスがした途端に前に居た魔法少女達が一斉に両側に別れ道を作り出し次々とお辞儀をした。


 その道を満足げに目を細め口元には微笑を浮かべ悠々と歩いて来る一人の魔法少女。


 クルクルとカールした長めの揉み上げを優雅に掻き上げる。


 まず目に飛び込んでくるのはその派手なコスチューム。

 ゴールドの豪華なドレスに全身を包み、装飾もティアラやネックレス、指輪に至るまで大粒の高価そうな宝石があしらわれている。

 右手にはこれまた柄の長いゴールドのハンマーを携えて左手にもやはり金ピカの盾が装備されている。

 彼女全体が眩く輝き過ぎて正直、目に痛い。


「あ…ああ…」


 彼女の顔がはっきり見える距離まで近付くと急に『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の顔色が真っ青に変わり、逃げる様に『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の背後に隠れてしまった。


「ど…どうしたの?お姫ちゃん!!」


「………!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の問いかけにも答えずガクガクと震える『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。


「御機嫌よう…わたくしは『魔法血盟マギカクラン』の代表をしております『億万女帝ビリオネア・エンプレス』と申します…以後お見知りおきを」


 スカートを両手で持ち上げ優雅にお辞儀をする。

 その立ち居振る舞いから彼女の育ちの良さが滲み出ている。

 きっとどこかのお嬢様なのではないかと容易に想像できる。


「はっ…初めまして…わ…私は『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』…と言います…よろしくお願いします!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は緊張のあまり体が硬直してしまった。

 目の前の彼女、『億万女帝ビリオネア・エンプレス』からは高圧的な何かを感じた…何故かは分からないが…。


「後ろの方は…?」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』は優しい笑みをたたえて問いかけてきた。

 『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の挙動がおかしいから気になったのだろう。


「あ…この子は…ちょっと人見知りで…」


「…そうなのですか?…あら?…あなたどこかで…」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』には思う所があるらしく『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の顔をさらに凝視する。


 視線に耐える様に『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の背中にしがみ付き震える『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。


「ちょっと…!! そんなにジロジロ見ないでよ!! お姫ちゃんが嫌がってるじゃない!!」


 腕を横に広げ『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』を庇う『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


「あっ!! やっぱり!! あなたチヒロでしょう!? 二年ぶりじゃない!! 元気にしてましたか!?」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』は歓喜の声を上げる。

 この口振りからするに『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』とは旧知の仲の様だ。


「え?…お姫ちゃん…この方とお知り合い?」


「………」


 スカートの裾をギュッと握りしめワナワナと震えていた『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』であったがやがて意を決して言葉を発する。


「この人…カオル子さんは…僕に女装を強要したんです…僕の弱みを握って…」


 ぽろぽろと涙の雫が『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』の瞳から落ちる。


「まあ!! それは語弊があるのではなくて!? 女装はあなたが望んで始めたのでしょう!? 嫌ならどうして今も女装を続けているのかしら?!」


 先程までの物腰の柔らかさが消え感情をむき出しにする『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。


 果たしてどちらの言い分が正しいのだろう…。

 今の『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』には何も言えなかった。

 和解したとはいえ『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』への不信感がまだ完全に拭えていなかったからだ。


 大討伐が始まる前から殺伐とした空気が辺りを包む。


「まぁまぁお嬢…ここは頭を冷やしましょうや」


 スルスルと『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の首元に現れたのはフェレットのマスコットだ。

 まるで高級毛皮のショールの様に見える。


「あっ!!お前はダニエル!!」


「おっ!リスの旦那、オレの名前を憶えていてくれたとは嬉しいね!」


「ユッキー…あのコの事知ってるの?」


「ああ…ちょっとね…まさかヤツが『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の従者でありんしたとは…」


 ダニエルはファンタージョンの酒場『ワンチャンス』でユッキー達に絡んで来たフェレットだ。

 以前彼が言っていた通りなら『億万女帝ビリオネア・エンプレス』はかなりの資産家のお嬢様と言う事になる。


「お嬢、今は大討伐の段取りを決める大事な集会だ…あまり事を荒立てても我々には何の利益も無い…ここはいつも通りアレで穏便に行きましょうや…」


 ダニエルが耳打ちをする。


「そうねダニエル…あなた方、声を荒げて申し訳なかったわ…

これを差し上げますから先程の話題は金輪際無しにして頂けます事?」


 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』はカードを二枚取り出してその内一枚を『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』に向かって差し出す。


「…これは…何です?」


 マジカルプリカでもライセンスでもフレンドカードでもない…。

 ツバサがまだ見た事が無いゴールドのカードだった。


「あら…ご存じないのですか? これは贈答用のマジカルプリカですわ…

 10万イェンしか入ってませんけど受け取りなさいな」


「なっ…!!」


 金で解決しようとする傲慢さとこちらを見下した態度…。


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の心の迷いは消えた。


「…要らないわ…例えお金に困っていてもこれは受け取れない…

知らない人からお金を貰っちゃいけないっておばあちゃんが言ってたもん!!

 そして私はお姫ちゃんの言った事を信じる!!」


 そう言い放ち『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』は『億万女帝ビリオネア・エンプレス』を睨みつける。


「何ですって?! あなた達にしてみればこれしきでも大金なのでしょう!?

だまって受け取りなさい!!」


 激昂する『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。

 そして意地でもカードを持たせようと『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の腕に掴みかかる。


「受け取らないって言ってるでしょう!!」


 パァァァン!!


「ああ…!!」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の振りほどこうと上げた手が『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の頬を思いっきりひっぱたいてしまったのだ。


「ごめんなさい!!叩くつもりは無かったの…!!」


「うう…うわああん!! 酷い…お父様にもぶたれた事無かったのに…!! うわああん!!」


 先程までの強情さは何処へやら…頬を押さえ地面にへたり込んで泣き出してしまったではないか。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』も一生懸命なだめるが埒が明かない…。


 騒めく取り巻きの魔法少女達。

 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』に罵声を浴びせる者

 『億万女帝ビリオネア・エンプレス』に幻滅する者…様々な声が飛び交う。


 ゴオオオオオオオン!!


「何?今の音…」


 騒動の収集が付かなくなってしまいそうだった時、轟音が鳴り響き、空気が大きく振動して徐々に空が暗くなり始める。


「…奴だ!!…守銭奴ラゴンが来るぞ!!」


 ユッキーが声を張り上げる。


 バッサバッサ……


 空を見上げると…とても巨大な何かが翼を羽ばたかせゆっくりと降りて来る。


「あれは…ドラゴン…なの?」


 その姿は『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の知識の中にあるゲームやアニメに登場する架空のモンスター、ドラゴンに酷似していた。


 ズズーーーン!!


 激しい地響きと共に着地する巨大生物。

 見るからにまごう事無きドラゴンの姿。

 爬虫類特有の縦に長い瞳孔の目。

 鋭く尖った角と爪、えらからはひれ状の突起。

 背中から生えた翼は腕と独立している。

 頭には豪華に装飾された王冠を被り、全身が金の鱗で覆われている。

 いや鱗では無い…あれはイェンのコインだ。

 コインが鱗状にびっしりと身体に付着しているのだ。

 派手さから言うと『億万女帝ビリオネア・エンプレス』の上を行っている。

 そして身の丈は四、五階建ての建物程はあると思われる。


「「「きゃああ~~!!」」」


「「「わあああ~~!!」」」


 我先にと蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う魔法少女達。


「ちょっと!! あなた達!! 逃げないで戦いなさいよ~!!」


 地面にへたり込んだままの姿勢で『億万女帝ビリオネア・エンプレス』が呼び掛けても効果なし。

 誰一人足を止めて戦おうとする者は居なかった…。


「そ…そんな…」


 ガックリと頭を垂れる『億万女帝ビリオネア・エンプレス』。


「私達がいるよ…!!」


 そこには臨戦態勢に入った『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』と『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』がいた。


「あなた達…」


「ここは私達三人で何とかするしかないよ!!」


「…はい…どこまでもお供しますツバサちゃん」


 グロロロロロロ…


 腹の底に響く唸り声を上げながら三人を見下ろす守銭奴ラゴン。


 かくして大討伐の幕は切って落とされた。

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