第5話 第4号 まさかの買い逃し?


「ふんふんふ~ん♪」


 プラクティス時空から現実世界の自分の部屋に戻ってからという物

ツバサの顔は緩みっぱなしだ。


「随分と上機嫌でありんすなツバサ」


「それはそうよ、やっと魔法少女の友達ができたんだもの!」


 ツバサの瞳の中はキラキラした星で一杯になっている。

 ユッキーは彼女のハイテンション振りに半ば引き気味だ。


「あ…」


 今度はたちまち床に四つん這いになって落ち込む…。


「どっ…どうしたでありんすか?」


「無い…」


 聞き取れないくらいにぼそっとツバサがつぶやく。


「え…?」


 もう一度ユッキーが尋ねる。


「お金が…無いの!! みんな…魔法の練習に使っちゃったんだ…」


 顔面蒼白のツバサ、財布の中身を出してみると五円玉1枚と1円玉3枚…

これでは一口サイズのチョコレート一つ買えやしない。


「どうするでありんすか!『魔法少女ライセンス証』はある意味

もっとも重要なアイテムでありんすよ!? それを買い逃してしまったら

これからの魔法少女活動が断たれたも同然でありんす!!」


 いつになく激しい剣幕だ。


「え…?! あのカードってそんなに大事な物だったの?」


 ガーン…そんな書き文字が頭上に現れてヒビが入り崩れ落ちて行った様な顔をしていた。


「そうでありんす!あのライセンス証があればファンタージョンに行ってモンスターを倒してイェンを稼ぐ事が出来たのでありんす!

そうすればいちいちカードの残高を気にせず魔法が使える様になった物を…!」


ユッキーは短い両腕を思い切り振り上げ体をのけ反らせる。


「そんな~」


見る見る泣き顔になっていくツバサ。

目じりにはうっすらと涙が溜まっている…


「…何とかしなきゃ…」


 ツバサはおもむろに立ち上がりフラフラと部屋を出、階段を下り

居間へと入って行った。


「あの…お母さん」


いつも家族が食事に使っている食卓でツバサの母が家計簿を付けていた所だった。


「はぁ~もう少しやりくりしないといけないわね~」


 特に誰に聞かせるでもない独り言をつぶやきながら鉛筆を指先で回す

ツバサの母。


「あら…どうしたの?ツバサちゃん」


「…ううん…何でもないの…ごめんなさい…」


「そう? おかしなコね」


 変に引きつって不自然な笑顔を浮かべたツバサは結局母に要件を伝えずに

部屋に戻ってしまった。


「…言えない…お小遣いを前借したいなんて…言えない」


 ズーーーーーーン…


 とうとうツバサはベッドの上で膝を抱えて落ち込んでしまった。


「ちっ」


 ユッキーがツバサに聞こえない様に舌打ちをする。

 表情は物凄くやさぐれていた。




「ツバサちゃ~ん!降りてらっしゃ~い!おばあちゃんがいらしたわよ~」


 小1時間程経った頃だろうか、階下からツバサを呼ぶ母の声がする。

 しかしツバサは返事をしない…完全にイジケモードだ。


 トン トン トン…


 誰かが階段を上がって来る。

 ややゆっくり目の足音だ。

 そして部屋のドアが開く。


「おや…居るじゃないかツバサ、お前の好きなケーキを買って来たんだよ

下で一緒に食べようじゃないか」


 ドアの陰から顔を覗かせたのは

 髪はロマンスグレーで眼鏡を掛けている上品な佇まいの初老の女性…ツバサの祖母、『銀野ノドカ』だ。


「…いらない…」


 抱えた膝に顔を埋めたままボソっとつぶやく様に暗い返事をするツバサ。


「…どうしたんだい?随分と元気が無いじゃないか…お腹でも痛いのかい?」


 ノドカが来たと声が掛かれば一目散に飛んで行き。

 大好きな祖母に抱き付くのがいつものツバサの行動パターンなのだ。

 それを知っている者ならノドカでなくても心配しただろう。


「アタシは暫く下に居るから元気になったら降りといで…ん?」


 声を掛けても変化の無いツバサを気遣って部屋から出ようとしたノドカだったが、見慣れないぬいぐるみがベッドの傍らにあるのが目に入った。


 羽の生えた白リス…ユッキーだ。


「ふ~ん…」


 纏わりつく様なノドカの視線に固まるユッキー。

 常日頃ツバサ以外の人間の前に出る時、ぬいぐるみの振りをするのは、いつもの事で慣れていたはずなのだがいつも以上の緊張を強いられていた。


「あっ…そうだツバサ、久し振りにアタシの肩を揉んでくれないかい?」


 ノドカは再び部屋の中に戻りツバサに背を向けピンクのカーペットに正座しだしたのだ。。



「…はぁ~やっぱりツバサに肩を揉んでもらうのは気持ちがいいね~」


 深くため息を吐きながら悦に入るノドカ。

 半ば渋々ではあるが一応肩もみはするツバサだったが表情は全く晴れていない。


「はい、ありがとうよ、とても肩が軽くなったよ…これはお駄賃だ」


 肩越しにスッとノドカからツバサに差し出される二枚の紙…二枚の千円札だった。


「わぁ…ありがとう!おばあちゃん!」


 ガバッとノドカに覆い被さる様に抱き着くツバサ。


「おやおやこの子は…」


 ノドカも思わず苦笑いに近い微笑みを浮かべる。

 ずっと落ち込んでいたツバサにやっと笑顔が戻った。

 まさに『現金』なコである。


「居間にケーキがあるから先に行ってなさい」


「は~い!おばあちゃん!大好き!」


 小躍りしながら部屋を出て行く孫娘を満面の笑みで見送るノドカ。

 そして白リスのぬいぐるみ、ユッキーの頭に手を置き…


「まぁあれだ…あんたにもあんたの事情があるんだろうけど…あまりアタシの孫をいじめないでおくれ…お手柔らかに頼むよ…」


 そう言い残してノドカも部屋を出て行った。

 恐怖に打ち震え冷や汗びっしょりのユッキーを残して…。




 かくしてツバサは無事『週刊 魔法少女 第4号』を入手する事が出来たのだ。




 そして翌日…プラクティス時空にて。


「お姫ちゃん!一緒にファンタージョンに行こう!!」


 誇らしげに『魔法少女ライセンス証』を手に持つ『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』ことツバサ。


「まぁ!!ライセンス証…入手できたのね?

では今日からふたりパーティーですね!」


 優しく微笑む『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。


「よ~し!! いざファンタージョンへ!!」


 ふたりと二匹はまばゆく光を放つゲートからファンタージョンへと繰り出した。




 光が収まるとそこは青々と草花が茂る草原であった。

 小鳥のさえずりが聞こえ蝶がひらひらと飛んでいる。


「わぁ~~素敵!! ピクニックに来たみたい!!」


 両掌を合わせて無邪気に喜ぶ『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


「油断しては駄目でありんす!! もうここは戦闘区域でありんすよ!?」


 ユッキーがそう言ったか言わないかのタイミングで横の茂みがガサガサと音を立てる。

 そこから出て来たのは尺取虫型のカキン虫であった。

 その体長は1m程あり、ビョ~ンと空に向けて体を伸ばしこちらを見下ろす。


「「出た~!!」」


 『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』と『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』は驚きのあまり抱き合ってしまった。


「ほらほら!!驚いてないで魔法で攻撃するでありんすよ!!」


 二人がもたもたしている隙に尺取虫型のカキン虫が口から体液を飛ばす。

 そのしぶきが『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の左手に掛かってしまった。


「あつっ…!!」


 シュ~と煙を上げ患部が見る見る赤くなる。


「早く奴を倒すでありんす!!そうしないと怪我で済まないかも知れないでありんすよ!!」


「ユッキーの嘘つき~!! やっぱり危険じゃないの!!」


 半泣きになっている『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』であったが、今はそんな事を言ってられない。

 彼女は右手に握っているマジカルステッキを尺取虫型のカキン虫へ向ける。


『カキーン!! ハイリマシター!!』


「喰らいなさい!! エアリーシュート!!」


 目にも止まらぬ速さの圧縮された空気の矢がカキン虫の頭を貫く!!

 瞬く間に身体は漆黒の粒子になり飛び散った。


「はぁ~~…何とか倒せた~」


 ガックリと肩を落とす『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


「エターナルさん大丈夫!?」


 慌てて彼女に駆け寄る『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』。


「てへへ…ちょっと火傷しちゃったみたい…」


 左手を振りながら苦笑いする『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


「ちょっと見せてください…今なおしますから…」


 そう言われて左手を『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション

の前に差し出すと彼女が魔法を唱え始めた。


『カキーン!! ハイリマシター!!』


「水よ!! その癒しの力をもって彼の者の傷を癒したまえ…『ヒール』!!」


 魔法を唱え終わった途端に『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の患部が水の球に包まれていた。


「ほぇ~!! 凄いね!! 何だかひんやりして気持ちいい…」


 水の球の中の火傷は徐々に小さくなっていき、やがて傷一つ残さずに完治した。


「ありがとうお姫ちゃん!!」


 ガバッと『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』に抱き付く『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』。


「どういたしまして…」


 頬が触れ合い赤面する『虚飾の姫君プリンセス・イミテーション』は照れくさそうにこう切り出した。


「あの…私の水属性魔法は回復や防御に偏っていて攻撃は弱いんです…

それで…あの…良かったらこれからも私とパーティーを組んでもらえないでしょうか…」


 そう言われて『果て無き銀翼ウイング・オブ・エターナル』の表情が見る見るほころんでいく。


「こちらこそ!!よろしくね!!お姫ちゃん!!」


 お互い硬い握手を交わす。


 …こうして風と水の魔法少女のパーティーが結成されたのであった。

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