旅立ちの朝に、寝坊

怪獣とびすけ

旅立ちの朝に、寝坊

 旅立ちの朝に寝坊して、その数ヶ月後に僕は凱旋パレードの準備に追われていた。

 世界を脅かす魔王は、我らがハテプ村の若者達によって退けられた。世界は救われたのだ。

 視線を上げると、かつては魔物の侵入を防ぐために設置されていた鉄門には、監視台から垂れ幕が下がっている。

 勇者一行の名を記した垂れ幕に、僕のそれは見当たらない。

 当然だ。だって僕は、あの日、彼らに置いて行かれてしまったんだから。

 前夜の宴会で眠りこけてしまって、気付けば約束の時刻を過ぎていた。村の前で待つ姿はなく、僕は途方にくれたのだった。どうして待っていてくれなかったのか。今でも悔しく思ってしまう。どうして――――。

 いや、これ以上、もう、考えるのは止そう。何を不満がる必要がある。無事に魔王は退治された。誰一人欠ける事なく、彼らは目的を成し遂げたのだ。

 村の中心部には多くの行商が店を出していて、大変に賑わっている。世界を救った勇者一行の凱旋パレードだ。近隣の街から大勢の人々が足を運んでいるのである。

 ハテプ村はかつてない程の密度で、しかも、誰の顔にも笑顔が浮かんでいた。以前の死人のような表情を破壊して、この笑顔を取り戻したのは、勇者一行の功績だ。それはそれは、素晴らしい事だと思う。

 ――――ふと、上方から声が上がった。監視台の男がなにやら右手をあげて叫んでいる。見れば、丘を越えて数人の男達がこちらへ歩いてくる。監視台の男の様子からして、勇者様ご一行なのだろう。

 しばらくして現れた彼らの体は傷だらけだったが、やはりそこには笑顔があった。村が歓声に包まれる。勇者の家族が現れ、彼らを抱きしめ、村長は彼らを讃えて涙を流す。かつての友人達はまるで従者か何かのように彼らの背負っていた荷物を丁寧に預かった。僕は、それを黙って見ている事しかできない。

 すると、なんの拍子か、勇者の目がこちらを向いた。そして僕の視線と合わさった瞬間、ふ、と、勇者はこれまでにない笑いを口元に浮かべた。

 勇者はこう言っていたのだ。

『残念だったな、こうなれなくて』

 僕はそれまで、何の不満も持っていなかった。持っていないつもりだった。なのに、それで、僕はどうにも許せなくなってしまった。多少の遅刻、待っていてくれても良いだろ。そんな言葉が、この数ヶ月、どれだけ脳内を駆け巡ったか。

 ――――夜を待って、僕は勇者の元を訪ねた。勇者は自宅で宴会騒ぎを続けていたようで、赤い顔をして僕の前へ現れた。

 あの日、どうして僕を置いていった。そう言った僕に、勇者は訳知り顔で答えた。

「あぁ気付いてたのか」

 やはり、わざと。

「薬を入れたのは、俺の発案だ。悪かったとは思ってる」

 ちょっと待て。薬?

「おっと、それは知らなかったのか。……いや、どうせだから言っちまうけどな。お前を置いてくために、飲み物に薬を混ぜといたんだよ。あの日、お前が寝坊するようにな」

 わけがわからなかった。僕は、僕の責任であの日遅刻してしまったのだと思っていた。

 だけど、それは違ったのだ。本当は、勇者達によって、僕は意図的に切り捨てられていた。どうして、そうまでして、僕を。

「……あのなぁ、自分の姿をよく見てみろ」

 自分の姿? 馬鹿なことを言う。

 僕がどうしたというのだろう。

「お前を、俺たちが連れて行くはずがないだろ」

 頭頂部に手を置かれる。がしがしと乱暴に髪の毛をいじられる。

 しばらくして、勇者は僕の頭を撫でているつもりなのだと気付いた。

「お前、来年で何歳になる」

 十歳だよ。

「好きな男は出来たか」

 そんなもの、いない。

「稽古場の親父から免許皆伝と言われたか」

 ……まだ。

「だったら、いっちょまえに背伸びしようとするな」

 勇者の手が僕の頭を離れる。

 ……僕だって、勇者の言葉の意味がわからないわけではない。僕には荷が重かった。そう言いたいんだろう、きっと。でも、それでも、僕は。

「ちょっと待ってろ」

 勇者が家の中へ戻っていく。

 不思議に思っていると、しばらくして現れた勇者は、右手に金色の装飾を施された剣を手にしていた。

「俺たちは、魔王を倒したわけじゃない。これは、俺たちの戦いだった。だけどな。またいつか、今度はお前らの番がくる」

 勇者が剣をこちらへ差し出す。

「その時が、お前の、本当の旅立ちだ」

 僕が剣の柄を握ると、勇者が手を離した。

 瞬間、予想だにしなかった重みが僕の両手を襲った。思わず、剣を地面に落としてしまいそうになる程。

「寝坊すんなよ」

 勇者はそんな僕を見て、嬉しそうに笑った。


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旅立ちの朝に、寝坊 怪獣とびすけ @tonizaburou

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