サキモリ ~浅き夢、守りし~

霜前七七五

第1章 とおく・あるく・きおく

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 空は蒼い。

 海は白い。

 今日も海底の竜は美しい。北東に頭を向け、南西に尾を向け、巨大なシルエットを悠然と横たえている。

 その正体は分からない。本当に海底にいるのかも分からない。まだその深みまで到達した者がいないからだ。ただ、その光景が与える印象がお伽話の中に出てくる空飛ぶ龍に似ているから、いつしか誰かがそう呼び始めたに過ぎない。

 生物であると言う説もある。

 また一方で大陸であるという説もある。

 しかし、それはちっぽけな少陸に暮らす人間たちの幻想だったのかもしれない。ほんの一握りしか無い少陸を守り、何百年も大海をさまよう人間たちが、言い伝えにすがるための夢物語。

 そう、人はずっと守り続けてきた。大陸から枝分かれした少陸で生きてきたのだ。

 陸地から生まれた隣人――サキモリと共に。


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 開いた窓から朝日が差し込んでいた。

 スオウ・アリカは登校の支度をする手を一旦止め、窓の外を一望した。肩まで届かない程度の長さの髪を、風が揺らす。

 白い海が、視界の前方にある。左右いっぱいに広がる海は今日も白々しく陽光を反射していた。

 アリカが一週間前から住んでいるこの家に広がる海岸は、右手と左手から陸地が弧を描きながら、海を包むように伸びている、いわゆる湾である。遠浅の海の上へ鶴が翼を上げて『まる』を作っているように見える湾を、アリカは勝手に『マル湾』と読んでいた。

 その手前の海岸に、物々しい雰囲気で陣取った連中が見える。黒い巨大なジープと装甲車、そしてアンテナの付いたワゴン車までいる。あれはおそらく自衛軍だろう。

 さらにその傍らに背の高い人型が棒立ちしているのを、アリカの視力は見逃さなかった。両目とも二・〇の視力は彼女の自慢でもある。

 サキモリ――その巨人は、そう呼ばれている。

 見た目は人と似たようなスマートなシルエットながら、人の二〇倍ほどの体高を持ち、軍事用の武装をしていて、海から来る異形のものを退治する……アリカの知識はその程度だ。

 生物である、と言う人がいる。

 機械である、と言う人もいる。

 というか、なんだかよくわからない、大きいやつ。今日から女子高生になろうというただの一般人の女の子にとってはその程度の、時たまニュースで見る存在でしかなかった。たとえそれが彼女たちの生活を守護するものであっても、だ。

 アリカはあくびをしつつ、どうしてそんなのがマル湾にいるのかと考えて、思い当たった。

「あー……今日だっけ」

 カレンダーを見る。

 四月七日、今日は漁業戦艦隊の帰還の日だった。

「また何かもらってきてくれるかなぁ……」

 彼女の祖母の知人が漁業従事者らしく、祖母はよく彼女に『海の幸』と称してオサシミやカラアゲを持ってきてくれた。彼女はそれらの珍味が大好きなのだ。

 ちょっとだけ上機嫌になりながら、アリカは支度を再開した。ブラジャーをつけ、髪を漉き、クローゼットにあった白いドレスシャツに袖を通す。吊りスカートを履き、可愛いと評判の学生服を着こみ、新調した眼鏡をかけて、祖母の待つ階下へ降りていった。



「カタパルト準備完了。サキモリ・ビーナータ、位置について」

『了解』

 トヨカ湾の湾岸に展開した自衛軍のカタパルトに、サキモリが屈みこむ。人間で言えばクラウチースタートに当たる姿勢だ。

 しゃがんだ状態でも傍らの軍用ジープより二回りほど大きい。獲物に飛びかかる直前の猛獣のように四肢をつき、頭を下げ、重心を前方に傾けている。

 細かな複合装甲で織られたアーマーとそれに付随するツール・コンプレックスを身に纏い、頭部の鋭い双眸には瞳に当たる機構はない。尻に当たる部分は中枢計器系を収納するために丸みを帯びており、腰部は細くくびれ、胸部は装甲のせいで全面にせりだしている。それはまるで女性的に作り上げた精巧なビスクドールに軽装鎧を着せたかのような、静かな威容である。

『サキモリ・ビーナータ、位置につきました』

 サキモリ内部のコクピットとつながっているスピーカーから、モリビトの声が返ってくる。少女のようでありながら、そう言い切るにはいささか重く暗い声。彼女がいるのはサキモリの腰部のやや下にある人工のコクピット・『ウテルス』の内部、中枢計器系の中である。

「よろしい。その状態で命令あるまで待機」

 相手は待機命令に無言で答えた。彼女の声が聞き取りづらいのが完全液体呼吸のせいでないことは、彼女と一度会ったことがある人間なら予想がつくだろう。だからオペレータも、待機命令に対しての返答は特に求めなかった。

 それから、数分。

 トサカ湾の鶴翼のように広がった土地のさらにその先に艦隊が現れる。ドトロリエノート級戦艦が七艦、総乗組員四〇〇〇人超の大艦隊である。

 レーダー手が戦艦隊の艦影を確認したことを佐官に告げると、佐官の命令を受けてオペレータがサキモリへと声をかけ、佐官と通信を繋げる。

「シャノアラ特佐、聞こえるか」

『はい』

 消え入りそうな声に、オペレータは受信音量を上げた

「今艦影を確認した。貴殿は戦闘態勢に移行せよ。掃討対象が出現した場合はブリーフィング通りに」

『はい」

 短い応答。

 モリビト、アマチ・ノワ・シャノアラが発した言葉はそれだけだった。それ以上は必要なかった。


 サキモリ用中枢計器系コクピット『ウテルス』の中は薄暗い。計器類の放つ青い光に、シャノアラの長い黒髪が照らし出される。

 既にサキモリの持つ超感覚はシーボーズの存在を捉え、牙を研いでいる。サキモリの中にいるとき、モリビトはその六感を通じて外界を感知する。目を閉じたシャノアラはサキモリの捕捉したものが見え、聞こえ、触れる。二つの存在は一つとなって、天敵の存在を視る。

 ざわりと、肌が波打った。

「……来たよ、ビナタ」

 小さく呟くと、サキモリは顔を上げ、まっすぐに艦隊を見つめた。正確には、その先を透かし見ていた。七艦を取り囲むように、数十メートルの距離を開けて盛り上がった海原を。

 シーボーズ――海で叫ぶものたち、と、彼らはそのように呼ばれる。

 ぎとぎとした油と真っ黒いヘドロに包まれた害獣である。

 甲板にいた船員が慌てて室内へ引っ込む姿が見える。当然だろう、数十メートルの距離でシーボーズの強烈な悪臭を嗅いでしまうと、最悪の場合窒息死もありうるのだ。

『ビーナータ! 発進を許可する』

「出ます」

 直後、カタパルトのボルトが炸裂した。

 時速三〇〇キロメートルで飛び出したスタートブロックをサキモリの足が蹴り、遠浅の海岸を跳ねる。踏み込むたびに爆音と共に水面が爆発し、水柱が立つ。これ以上ないほどの理想的なフォームのまま上体を倒し、遠浅の海岸を、鶴の嘴の上を、一直線に目標まで走り抜ける。そして、腕をしならせ、腰背部の実体剣を逆手に引き抜き、振りかざして。

 もっとも手近な一体のシーボーズ目掛けて思い切り刺した。

 UUUUUUUUUUUUUUUUUUURRRRRRRRRR――――

 剣を引きぬかれたシーボーズは長く尾を引く遠吠えを残してずぶずぶと溶けて沈んでいく。

「あと、四」

 感情の篭らないカウント。ゆらりとサキモリが体を起こし、真っ黒な体液にまみれた剣を持ち上げる。

 艦隊がそばを離れるのを見送ってから、サキモリは次々とシーボーズを切り刻んだ。


 禮国自衛軍オルダ地方湾岸基地の女子更衣室にはシャワールームが併設されている。

 オルダ基地はトサカ埋立地の開発が始まる頃に合わせて設置された比較的最近の基地である。そのためまだ施設は真新しく、清潔で、居心地がよくなるよう配慮された建物は隊員たちにも人気が高い。アマチ・ノワ・シャノアラもまたその一人だ。淡いピンク色のシャワールームはで熱いシャワーを浴びると任務の疲れが少し洗い流された。

 レオタードのような形状のパイロットスーツの胸元を軽くタップする。するとパイロットスーツに見えたそれはおもむろにモーフィングを始めた。厚みを増し、しゅるりと腹部の結合が解ける。シャノアラの肩口に湧き出るのは頭だ。閉じた右目とその下の不健康そうな隈が完全に形成されると、ぱちりと開いた。鳩の血の色をした真ん丸な瞳は、美しく無機質なドールのそれを連想させる。

 その変化が完全に終わったとき、シャノアラの背中には幼い少女が抱きついていた。軽い音で床に足をつく。全身に包帯を巻いて左目に眼帯という痛々しい容姿をした幼女はしかし平然と、下着姿のシャノアラのそばに佇立した。

 シャワーの蛇口をひねり、水が適温になるあいだに下着を脱ぎ捨てる。

 シャノアラはこの少女をビナタと呼ぶ。サキモリの扱う外部器官フェイスであるビナタは、シャノアラが知ったときからずっとこの痛々しい格好だった。ビーナータがサキモリとして受けた傷のことを表すのかもしれないし、ただのファッションかもしれない、と専門家が言ったのを聞いたことがある。外せと言えば外すのかもしれないし、外さないのかもしれなかった。もっともシャノアラは、このビナタをこそ、気に入ったのだ。

 やや低めの温度にシャワーを調整してから、シャノアラはビナタの二つ結びの髪のリボンを解く。腰まで届く濃紺色のさらさらとした髪。ストレートのまま下ろしている自分の髪も同じくらいの長さだから、きっと揃えていてくれるのだろう、とシャノアラは思っている。

「お疲れ様、ビナタ」

 ビナタはこくりと頷く。

「長官室へ行って報告をしてから学校ね。悪いけど、送ってくれるかな?」

 またこくり。

「ふふ、ありがとう」

 シャノアラがぎゅっと抱きつくと、細い腕を回して抱きついてくる。普段ならそのまま抱き上げるのだが、今は時間が押している。それからは無言のまま、二人で汗を流した。空気乾燥室で水気を飛ばせば、二人のような長髪でもすっかり乾く。

「あ。今日も飴食べる?」

 下着をつける前に発されたシャノアラの問いに、ビナタは再び首肯で答える。

「じゃあ……っと、一つしかないや」

『飴』というのは液体呼吸による肺への反動を抑える薬のことだ。薬ながら薄いレモン味がする、ニクイやつである。なのでシャノアラは『飴』と勝手に呼んでいる。薬品の正式名称は処方箋には書いてあったはずだけれど、既に忘れた。本来ビナタには必要ないものなのだが、一度戯れに与えてみたところどうやら気に入った様子で、今でもその習慣が続いている。

「んー。ビナタ、口開けて」

 シャノラは少し考えてから、自分の口の中へ飴を放り込んだ。円盤型の飴の中央を奥歯で挟み、圧力をかける。かり。ほぼ半分に割れたその片割れを舌先で弄んでから、ビナタに口移しで渡した。

「ね、半分こ」

 こくり。細めた瞳が心なしか嬉しそうに見えて、シャノアラは微笑んだ。

 学生服に着替えたのち、眼鏡をかけて長官室へ向かう。分厚いレンズのその眼鏡は、サキモリとの情報を共有するためのディスプレイを兼ねている。これがあればサキモリに乗り込んでいないときでもビナタの視点から見たもの、聞いたものをモニタリングしたり、基地からの通信を受信できたりする。シャノアラ専用の特注品であり、彼女は人前に出るときはいつもこれをかけている。寝不足の隈を隠すために。

 時刻は九時半を回っていた。


「《少陸》禮国自衛軍・超国境特殊直掩師団サキモリ課直属、トヨサカ駐留防衛班、アマチ・ノワ・シャノアラ特務一佐。並びにサキモリ五号ビーナータ・フェイス。任務終了を報告いたします」

「ご苦労様でした。報告書はいつも通り明日までに提出しておいてください」

 オルダ基地の長官フェアチャイルド・ブルックリンは、目尻の皺を深くして二人の少女を労った。眉や髪はかなり白いものが混じっている、温和な印象を受ける壮年である。シャノアラがモリビトとしてオルダ基地に着任したときには既にオルダ基地長官として就任しており、それから出向先の上官という形でよくしてもらっている。

 サキモリ及びモリビトは、名目上は国家機関に所属することが義務付けられている。管理と保護、情報の共有。生活支援といった多様なフォローを総合して行うためだ。モリビトの任務にはそうした機関へ上げるための報告書の作成も含まれる。もっとも、報告書とは言うものの、その内容は感想文である。何々をして、聞いて、実行して、何々と思った、感じた。それだけだ。毎回ほぼ定型文のような言い回しで埋めてしまうのでシャノアラはその存在を疑問に感じるのだが、そういうナマの情報こそが重要だと言われたのを覚えている。

「それから漁業部の方からいつものが回されてくるでしょうから、それもそのうち届けさせます」

「分かりました」

 頷く。

「そちらからは何かありますか?」

「いえ」

「では下がってよし。今日から学校でしたね、楽しんでいらっしゃい」

「……はい」

 一瞬だけ言葉を詰まらせてから、敬礼。


 長官室を出ると、廊下の壁に一人の女性が寄りかかっていた。

 高い身長を洒落たパンツスーツに包み、その上から丈の長い白衣を羽織っている。理知的な青い瞳が、赤いフレーム越しにシャノアラを見て、微笑んだ。

「お疲れさま、シャノン」

 アマチ・メトイアリア二尉。現在のアマチ・ノワ・シャノアラの保護者であり、後見人でもある人物だ。役職は非常勤の臨床心理士。基地内のカウンセリングルームに務める人員の一人なのだが、有り体に言えば基地スタッフ全員の相談役である。

「ちょうど空き時間だったから、様子を見に、ね」

 そう言って、ポケットから車のキーを取り出してみせる。

「送りましょうか、学校?」

 しかしシャノアラは首を振った。

「ううん、いい。ビナタに送ってもらうから」

「そう……。わかった。気をつけてね」

「大丈夫だよ。何より安全で、早いから」

 じゃあ夜に。

 そう言ってシャノアラとそしてビナタは、メトイアリアの横をすり抜けていく。

 メトイアリアは小さく嘆息した。



 と。と。と。靴下と木目が触れ合う音。

「おばーちゃーん、おはよー。……あれ、おばーちゃーん?」

 アリカは制服のまま祖母を探す。リビングにもキッチンにもいない。とそのとき、玄関の方から返事が聞こえてきた。祖母の声だ。

「あ、いたいた。おはよ、おばあちゃん」

「はい、おはよう。どうしたぇ、大声出して」

「え、うそ。あたしそんな大声だったかな」

「おらの耳でもヨー聞こえっさ。あーちゃんの声は」

「やだ、おばあちゃん。まだ全然耳遠くないでしょーに」

「どうだったかいのう」

「こんなときばーっかり」

 アリカが膨れると、祖母のテルホロ・ミヨはまだ二十本残っている歯を見せて笑った。祖母とはこれまで年に数回、年中行事で顔を合わせる程度だった。明るく元気な老女であることは知っていたが、祖父が亡くなってから張り合いがないとぼやいていたのを幾度か聞いたことがある。

 この高校に通いたいと我儘を言ったのは自分だ。埋立地に最も近い、しかも海洋怪獣学科を持つ大学に付属する高校だったから。当初は下宿を探す予定だったのだが、そこへミヨが名乗りを上げてくれたのだ。わたしの家が近いから、と。

 お邪魔だったかな、とアリカは思う。老後の一人暮らしを大声で引っ掻き回してしまってもいいものか、と。一方で元気そうにしているミヨを見ると、アリカも親元を離れた寂しさが紛れるのだった。

「ところでおばあちゃん、これなに?」

 アリカが指差したのは植物の苗だ。葉の形状からして三種類、いや四種類だろうか。普段加工食品しか出回らない地方の出身であるアリカにとっては見慣れないものだ。それが、露出した地面に半分ほど植えられている。残りの半分は苗のまま、そのそばにおいてある。

「んー? これかい? これはナス。これがきゅうり。これがピーマン。これがタカノツメ」

「タカ? タカって鳥じゃないの?」

「鷹の爪、ね。実が鷹の爪みたいな形になるのよ。それを干して香辛料に使うの」

「へー」

「でもねぇ、今日は帰りに土を買ってこなきゃと思って」

 祖母の苦笑に、アリカが眉を寄せる。

「土……か。……やっぱり、ここの土じゃだめなの?」

「そうみたいね」

「そっか……」

 トサカは三年前に『冒蝕』を受けた埋立地である。

 埋立地というのは読んで字のごとく、海を埋め立てた土地ということだ。国土を広げるための公共事業としての土地開発であり、新しくできた土地は住宅地として安く売られることが多い。人口も多くなるため、ここトサカもそれに比して公共施設も多くあった。学校も片手に余るほどはあったのだ。だが、現在ではトサカ大学及びその付属高校の一校のみとなっている。その原因が三年前のトサカ冒蝕だ。

 シーボーズの体は海底の汚泥からできており、大量の塩分と毒素を含んでいる。その体がひとたび地上に揚がると、その進行跡は塩と毒と悪臭に塗れ、死の大地になってしまう。人も建物も陸地も同様に攫われ渫われ浚われ、陸を冒され地を蝕まれる。それが『冒蝕』である。

 人間は自らの生きる場所を守っている。それに力を貸してくれているのがサキモリだ。彼らがいなければ人間は自分たちの領分を守ることは難しいだろうし、彼らの能力がなければ『冒蝕』を受けた土地がたったの三年で再び住宅地として復興することは不可能だっただろう。毒素を分解する力を持つ彼らとそのモリビトの尽力は、アリカも連日ニュースで見た。

 人が住めるようになったとはいえ、その土地はいまだ枯れている。それが生き返るのがいつの日なのか、きっとミヨは確かめたいのだろう。

「あ、っと。そろそろ学校行くね。いってきまーす」

「はい。いってらっしゃい」


 新学期初日。滑り出しは上々に思えた。



 シャノアラを横抱きにしたビナタは、埋立地に最も近い最高学府テラヒト・イラ記念大学付属高校の裏庭へと軟着陸した。ここなら教室全体から死角になっているだろう。怪しまれることもない。もっとも、時刻はとっくのとうに通学時間を過ぎていて、今教室へ向かえば白い目で見られることは確定だろう。構わない、慣れっこだ。

 全身黒ずくめの少女と幼女は、自分たちがこれから三年間――或いはそれより短いかもしれないが、ともかく数年――世話になる教室へと帆を進めた。途中幾つかの教室の前を通るとき、二人に気付いた生徒がぎょっとした表情をする。

 無理もない。長いつややかな黒髪を垂らした幽霊の後ろに、古い小説にある人造人間のような雰囲気の眼帯幼女が付き従っているのだ。気がおかしくなったか目がおかしくなったかと自問するに余りある光景である。二人がこれから数百日ほど世話になる教室の同窓生たちも、だから抱いた印象は大体似たようなものだった。ただ一人、視線が合ったとき微笑みかけた、優等生じみた髪の短い女生徒を除いて。

 その瞬間、彼女たちの運命は決定付けられた。

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