思いつきと短編
藍田 進
虫
私はいったいどうしてしまったのだろう。気付くと私の体には何故か足が四本もある。しかも手は黒々とした色で光っていて、指の数も少ない。視界は以前よりとても広くなったようにも感じるが、なんだか邪魔な毛のようなものが視界に入ってうざったい。もしかすると、虫にでもなってしまったのだろうか。だとするとこの邪魔で仕方のないものは触手かなにかだろうし、この手と思っていたものもどうやら足のようだ。
どういうことだろう、背中には何だかよくわからないものが動きそうな感覚がある。試しに力を入れてみても振り向けない体のせいで何が起こっているのかわからない。次第に足の力が抜けているし、もしかしたら浮かんでいるのかもしれない。羽というものだろうか。段々と疲れてきてしまって、力を抜くと地面に叩きつけられてしまった。危うくひっくり返ることはなかったが。
しかしどうしたのものだろう、どうにもお腹が空く。いや、お腹が空くというのも変だと思うのだが、何でもいいからとにかくとてつもなく食べたい。飛ぶのはとても面倒でもあるし、歩いてなにか探すことにしてみる。しかし六本の足で歩くというのも難しい、虫というのは意外と器用なのかもしれない。
さてどこを探そうか。なんだか何処彼処からも美味しそうな匂いがする。気付けば床はつるつるとしていて歩きにくい。障害物も多くてさっきから何度もぶつかっている。なんとか匂いの元へ行こうとするのだけれど、なかなかたどり着けそうにない。しかしなんとか一番匂いの強いところまでいくと、それはもう御馳走が山盛りになったとでも言うような光景だった。
さて何から食べたものか。試しにその一つに口をつけてみる。美味しい。近くにある別のものも食べてみる。美味しい。何故だか美味しいか美味しくないかしかわからないのだが、とにかく体は喜んでいるようだった。それは段々と我を忘れるようにそこかしこの食べ物という食べ物を根こそぎ味見し尽くすかのようにお手つきを繰り返した。
さて、次は何をしようか。段々と虫という自分にもなれてきたようだ。満足感に一呼吸おいた私は、自分のいる場所に何かが近づいてくるのを感じた。のしのしと、大きく揺れる。きっと大物だろう。私は身の危険を感じてその場を飛び出した。
その瞬間、大きな揺れと強い風か何かが私の真横をおそった。恐る恐るその原因である大きな物体を見ると、それは大きな電信柱ともいうべき筒で、真ん中の辺りは今の衝撃のせいでなのか大きく折れ、凹んでいる。私は身の危険をこんどこそはっきり感じ取り、一目散にその場から逃げようとした。しかしやはりさっき虫になったばかりの私だ、こんなところで足を縺らせて転んでしまう。どうやらひっくり返るとなかなか起き上がるのが難しいようで、足をもがくのだけれど、いっこうに立ち上がれる気配がない。やがて、私の周りはその主の影であろうか。暗くなっていく。私はもうだめなのかもしれないと諦めと恐怖に苛まれ、そして一瞬明るくなったと感じた瞬間。
私は体を勢いよく起こし、喉を笛のようにならしながら息を荒げ、暖かい布団から飛び起きた。
「あなた、どうしたの?」
キッチンの方から妻が声をかけてくる。どうやら、夢だったようだ。もうあんな夢は見たくないものだ。
「なんでもない、悪い夢見ただけだよ」
「そうなの。私これからちょっと出かけてくるから。おかずの材料を虫にやられたみたいなの」
そういって妻は私の様子を見に来た。手にはマイバッグとかいう買い物袋と財布が入っているのだろう小さな鞄を持っていた。
「ああ、うん。わかった。いってらっしゃい」
妻はぽかんとした面持ちでしばらく私を見ていたが、すぐに出かけて行った。
私もこのよくわからない夢に、首を傾げるしかなかったが、時計を見るともう昼前だ。空いたお腹をさすりながら、とりあえずは顔を洗うことにした。
思いつきと短編 藍田 進 @Aida_shin
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