第134話 「FIBE」の覚醒



「あぁぁぁァァッ!!!」

「!?」



 それは一瞬にして閃光の如し。

 先程まで真の数メートル先で咆哮していたフィリップス、その手に持つ二振りの剣は気付けば真の頬を掠めていた。


 咄嗟の反射神経と長きに渡り培った戦闘経験が真を体を後ろに下げさせ、顔を背けさせた。

 それが無ければ今頃は真の首が飛んでいただろう。


 だが真の脳内は既に次のフィリップスの行動を予見していた。


 振られたのは今だ一本。

 もう一方の剣が来ると。




「がぁぁっ!」




 

 真は焦る事無くゆっくりと背後へ飛び呟く。



「コイツら|も(・)まともじゃないな」


 そんな呟きはだが、フィリップスの動きを評するものではなく、あくまで自らの誤算を悔やむ言葉。

 

 

 今となれば理性を失ったフィリップスの表情がハッキリと見て取れる。眠くなるほど緩慢なフィリップスと、静止する光景。


 世界が真だけのものになるそれは|神経信号拡張(パルス・オーバー)。


 真はフィリップスが消えたと感じた時既に神経伝達信号を10%まで拡張させていた。

 それは確かに真の脳内からFAIBEへ、そしてFAIBEから真の脳へと最速で相関指令が行われていた筈だった。


 だがフィリップスの動きは異常な速度で真へと迫り、大凡奇跡的に真はフィリップスの一撃目を避けられたに過ぎなかった。


 ザイールトーナメントで神経信号を30%まで拡張させたのはやり過ぎだと感じた事から、真は10%程度に抑えたのだがそれが誤算であり、危機一髪の事態を招いてしまった。



 パルスオーバー後の身体への負担は大きい。それは当然拡張率と比例する。 

 30%の拡張でも激しい頭の重さと倦怠感に見舞われるそれを50まで引き上げてしまった今、終了時の自分が苦しむのは目に見えていた。


 痛覚遮断を用いている為襲い来るのは痛みではなく、自分の脳がバラバラに分解されるような違和感と恐怖。


 

――finish pulseover forcibly five minutes later


 真の心の問いに、FAIBEが五分後に神経信号拡張を終わらせる返答を返す。

 真は舌打ちを一つし、既に感じ始める頭の鈍重を振り払いながら先程二本目の剣を振り抜こうとしたフィリップスを見据え近づいた。


 フィリップスの動きは僅かなブレを見せながらも二本目の剣を振り抜いた状態であるが、その視線が何故か再度現状の真へと向けられる。



 その動きに真は僅か動揺した。

 何故なら真は今、高速を越えた時間軸を動いているからである。


 つまり真の動きはフィリップスにとって消えているのも同然。

 だがフィリップスの視線はゆっくりとだが、確実にパルスオーバーを使用している今の真へ追いつこうとしていた。



 それはあり得ない事であった。

 もしあるとするならば、それはフィリップスが目で相手を追っているのでは無いと言う事実。


 獣が獲物を狩るように、嗅覚で、最早本能に近いレベルで真を感じ取っていると言う事である。


 だがそれでも真の優位性は変わらない。

 その手に元素を収束させ、手にした刃で後は首を斬り飛ばすのみ。



 ただそれだけ、たったそれだけでこの戦闘は終わる。なんならここにいる全ての人間を切り捨てて自分は全てのしがらみから解放される事も容易いのだ。


 しかしどうして、真の上げた右手は一向にそこから振り下ろされる事はなかった。



「な、ん……で、動かない?」




 

 ふとそんな真の脳内に幾つもの疑念が走馬灯の様に突如浮かんでは消える。

 

 

 

――俺は何から解放されたいのか?


――絶望か?


――俺は何が欲しかった?


――安定か?


――誰かに自分の絶望を押し付けたかったのか?




「く……何だ、この思考は。俺、いや、霧崎真か。邪魔だ、消えろ!FIBE」

――The nervecircuit has an optional output for feeding the outputs from the nervecircuit to a second nervecircuit that evaluates and selects outputs based on training within the second nervecircuit…… I output the demand address of a chosen master



「何を、言っている……!?選ばれた、マスター、だと?」



 今真の思考回路は主人格である本来の霧崎真の思考によって二重となっていた。


 本来であれば第二人格プログラムを主として起動している筈のFIBE、だが今そのFIBEは神経伝達をベースである霧崎真の思考に合わせ出力を開始していたのだ。



 人工人格No.2の真はこの事態には流石に動揺を隠せなかった。

 それはそうであろう、現状真の思考回路はプログラムされたNo.2に繋がっている。


 たとえ潜在にベースの主人格がいるとは言え、今のFIBEへの指示系統はNo.2以外に有り得ないのだから。


 にもかかわらずただのAI端末であるFIBEが自己的にベース人格の潜在思考にアクセスするなど、恐らく開発者の山本ですら到底理解し得ない事だろう。



「ぐっ、頭が。くそ、時間が、ない」



 真は襲い来る頭の違和感にパルス・オーバーのタイムリミットを感じていた。



――I recognize program cord No. 2 to be an alien substance. I remove it forcibly


「な」


 

 そして突如訪れるのは、闇。

 思考回路の停止。何もない無が真を襲う。


 それは排除申告、No.2人工人格真の終わりであった。




 そして同時にパルス・オーバーがリミットを迎え、世界の時間が動き出す。


「ぐえぁぁぁっ!!」



 この時をまるで待っていましたと言いたげに、狂乱したフィリップスの鋭い視線と剣閃が真へと肉薄する。



 だが次の瞬間、フィリップスの双剣は上空へと舞い上がりそしてその身を地に沈めていた。




「――あぶねぇっ、何て所で解除してくれるんだ。敵わないぞFIBE」


――ご安心をマスター。身体は此方で最大限拡張アシストしています、問題ありません



「いや、そういう問題じゃ。でもそうか、道理でこの動きの訳だ」



――マスターへの身体的負担は先の神経信号拡張により80%疲労していますので、アシスト率を上げる事を強くお勧め致します



「いや、大丈夫だ……しかしまた随分と人間的な事が言えるようになるもんだな。お前をこうやって使うものだったとは思わなかった」



――こちらこそどうやらマスターの選択を間違えていた経緯を謝罪致します。ですが今回のマスターの操作により主人格を保存致しました。人工人格プログラムコードNo.2及びNo.3のdeleteが可能ですが如何しますか?


「ああ……いや、それは後で考える。なんならこの使い方はそっち側のプログラムに教えて貰ったようなもんだからな、感謝の意を評する事にする」


――yes,master




 まるでハンズフリーで会話をしているかのように真はそうFIBEへ伝え、携帯端末はそれに応える。

 主人格霧崎真は、潜伏する脳内でNo.2とNo.3のプログラムコードを完全に理解して来たのだった。



 そうしてFIBEの本来の使用方法を理解し、その中から主人格は自分だと人工知能FIBEへ情報を伝達した。


 FIBEはプログラムコードを再解析し、確かにその真が主人格である事を判定した。

 高度AIだからこそ、理解し得てしまう主人格。


 それは作製者の意図するものか、それとも。

 

 しかし主人格であるマスターのみに許された操作は今、真を最大限に補助する。


 真本人だけでなく、それはまたFIBE自体も本来の機能を最大限発揮出来る事になった。




「だがこの状況はまたどうしたもんか。皆……待ってくれ!俺の意識がおかしくなっていたんだ。本当に、すまない!!」



「お、お前は、一体」



 真は足元で昏倒するフィリップスを一瞥すると、もう一人の青髪の男にそう叫んでいた。


 ブラインはだがそんな真の言葉を理解できる訳もなく、ただ自分の目にも留まらない早さでフィリップスを沈められた事態に困惑する他無かった。



「ま、魔物に操られていた、ようだ……FIBE、あの男は、ボルグだったか、あいつは生きているな?」



――yes,master、衝撃経路の解析終了。体内損傷は45%、複雑骨折12箇所、脳震盪。ですが臓器損傷は無く安静期間7ヵ月程で完治します。後遺症も無いでしょう、カプセル治癒により1週間に短縮できます


「カプセルは無い。だがそれなら大丈夫、か」



 

 ボルグに一瞬の透過レーザーを照射したFIBEと一連のやり取りを交わす真は再びブラインに視線を向け、一礼する。

 

 

「な、一体何が」

「申し訳なかった。人格を操る魔物が、いたようで……迷惑を、かけた」

 

 

 

 

「一体……お前は、本当に人間か?」

 

 

 

 ただ呆然と立ち尽くすブラインは目の前で頭を下げる黒髪をただ見つめるしかない。


 まるで先程までとは別人格。

 だが魔物に操られていた、そう言われればそこまでだ。

 しかしそれでも自分ですら手に余るであろう覚醒したフィリップスをいとも容易く沈めた手腕。


 そして空から降ってきたおかしな人間との関係、仲間をその手に掛けた事実はそんな軽々しく終わっていいものか。


 今のブラインにはもう考える力も残ってはいなかった。


 

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