第133話 枷


――シンちゃん、助けて!ルナが!



「ルナ?助けて?一体何処から――ああ、そうか、ロードセルだったな」



 真はその声の主を、自らが首に下げる遠方秘談と理解し、暫しそのパズル型の魔力機を眺めていた。

 ロードセルから放たれる切迫した声にその場にいたシグエー、神星の理の三人、月華元も思わず動きを止める。




――王都に魔物が来て、ルナが、一人で……ねぇ、シンちゃん!応答してよ!お願い、シン、ちゃん




 尚もロードセルからの声は止まない。

 だが声の主はだんだんとその語尾を緩め、力を失っていく。

 


「あれって、ロードセル?何で……てか今魔物って言わなかった?」



 ふとフィリップスは真の方を見つめながらそう呟いていた。

 |遠方秘談(ロードセル)は魔力機の中でも高価で、便利さの割に一般庶民の間では出回っていない。あるとすればそれはよっぽどの金持ちか、一部の国から派生する組織ぐらいのものである。

 だがフィリップスは知っていた、この魔力機が開発された当初からその利便性に目をつけていた父がそれを買い付け、ミラノの縁談土産にとノルランドの子爵家へ贈った事があったからだ。



「ハイライトさん、この声は一体」

「あれは通信機だ。魔力機の一つ……だが今の声は、どこかで」


 戸惑うブラインにシグエーは端的にそう述べ、そして過去の記憶を脳裏で彷徨わせた。

 通信機となればその相手は必ず何処かの場所に、確かに存在すると言う事になる。そしてその相手側の声にシグエーは聞き覚えがあった。女子の声ならば忘れる事は無い。



 そう、それはシグエーを正面からはっきりと貶した女。そんな珍女をシグエーが忘れる訳も無かった。

 ファンデル王都で真に付いてきた背の小さな赤髪の少女に間違いないと咄嗟にシグエーは気付いたが、その声色はあの時とは比較にならない程寂しく、切なく聞こえた。



「低文明でもこう言うのがある辺りは笑える」


 ふと真はそう呟きながらロードセルの先端を摘まみ取り外す。



――シンちゃん!?やっと繋がった、シンちゃん!お願い助けて!!ルナが





「お前、誰だ?」



――――え



「さっきからぎゃあぎゃあ五月蠅くて堪らない。接続を切るにはどうしたらいいんだ?壊す以外にも方法はあるのかと思ってな」




 真はロードセルを眼前まで近づけ、厭らしく微笑みながら冷たくそう言い放った。


 ロードセルが音を失い静寂に満ちる。

 その事態に真は笑みを深めたのだった。

 


 真は気付いていた。

 と言うよりそれは元の人格、霧﨑真の記憶にある人物。大切な仲間だという記憶に。

 No.2はそんな元の人格の持つ物を壊してやりたかっただけ。


 通信機が五月蠅いなら壊せばいい、それに敢えて応え、自分に助けを求める声に対して冷たくあしらったのはそんなNo.2の戯れに過ぎない。




――あんた、誰……あんたこそ誰なのよっ!シンちゃんを出して!シンちゃんの声の真似なんかしないでッ!シンちゃん!シンちゃんは助けてくれるって、言った



「ち……騒がしいガラクタだ」



 突然世界が音を取り戻したように喚くロードセルに真は苛立ち、それを一瞥すると地面に放って踏みつけた。



 筈だった。

 だが合金製ブーツで踏みつけた筈のそれからは壊れたような音もない。



「ふぅ、よっしゃゲットー!凄い事しようとするね、貴族でもこんな高価な物粗末にしないよ」


「何の真似だ、ガキ」




 真はほんの一瞬の隙に背後からロードセルを奪ったフィリップスを睨み付けていた。

 フィリップスは真から奪ったロードセルをシグエーへ投げ渡すと、再度腰の双剣を抜き放ち真に対峙する。



「ハイライトさん、続き聞いといて!王都とか、魔物とか言ってた、なんかやばそう!」

「王、都……魔物?いや、止めろフィリップス!今のシンは……彼は、おかしい。手を出すな!」



 シグエーはフィリップスが真とやり合うつもりでいる事に気付き、咄嗟に受け取ったロードセルから視線をフィリップスへ戻してそう叫ぶ。


 だがそんなシグエーを下がるようブラインが手で制していた。



「その魔力機が何か解りませんが……ハイライトさんはそこの女性を連れて逃げて下さい。申し訳ありませんが、もうこれしか無い」



「ブライン、止めてよね?」

「ああ、精一杯やるさ。万が一殺しても恨まないでくれると助かる」



 ブラインとフィリップスはそんな不可思議な言葉を交わしていた。シグエーにはそんな二人の言葉の意味が分からない。だが直後、ロードセルからシグエーの思考を阻むよう再びあの少女の声が響いた。




――ねえ!シンちゃん!王都が、ルナが、魔物に殺されちゃう!私のせい……でも私じゃ、一人じゃ、無理だよぉ




 悲痛な叫び、それは真へと向けられた全力の助けを求める声。


 シグエーはふと場違いにも真を羨ましく思っていた。

 自分はこんなにも誰かから頼られた事があっただろうかと。いつだって一人だった自分。獣族のイルネも恐らくは自分よりソーサリーに頼るだろう。

 ネイルが危なかった時も、自分は何も出来なかった。

 だから、こんな風に誰かから本気で頼られるシンが、羨ましいと。



「君は、一人じゃない。僕はシンの友人だ、君は確か……アリィちゃんだね?」



――何……何なの。よく分かんないけど、シンちゃんの友達?とりあえず、ちゃんは止めて……私、もう20だから


「!?」




 シグエーはふと漏れ出るそんなアリィの声に体が跳ねたのだった。




「ブライン、行くよ!」

「あぁ!ハイライトさん、早く。ここは我々に任せて一旦引いて下さい!」



 刹那、ブラインの声が響く。

 シグエーはその声に現実へ引き戻された気分だった。


「だが!」

「申し訳ないですが、今回は譲れそうにありません。必ず追いつきますから、どうか、お願いします。引いて下さい」

 


 ブラインの目は真剣だった。

 それは戦士の目。

 シグエーはそんなブラインに僅か圧倒され、二の句が継げなかった。



「く……そ、すぐ戻る!ボルグも連れて行く」

「手間を、掛けます」



 シグエーにとってそれは苦渋の選択。

 自分の為に付いてきた者達を見捨てる事、真を止められない自分。だが今は戦えない者がいる、助けを求める者がいる。

 守るべき者が多すぎた。




 だがブラインも同様、シグエーに申し訳ない気持ちは拭えない。神星の理のリーダーでありながらその仲間を無残にも倒され、あまつさえ敬愛するシグエーに連れて逃げて貰う等。


 だからこそ、これ以上の恥は晒せないのだ。

 

 唯一自分に残された任務は、自分をも上回る実力を備えたフィリップスを、止める事だけ。

 例えその命を失ったとしても。


 


「ふぅ、ふぅ、ふっ、ふ、ふ、はっ、はっ、はっ――」


「何だ?頭がぶっ壊れたのか」



 突如始まるフィリップスの過呼吸。

 それを見るなり真は首をかしげそう呟いた。



「ぁぁぁあああッッ!!」


 

 フィリップスのそれは自らに課した自律を外す為の行為。天を仰ぎ、咆哮する。興奮作用によるアドレナリンとドーパミンの増幅。



 抑えきれるだろうか、そう心で呟きブラインは再度愛刀を強く握り締めたのだった。

 













 ミラノ=フィリップス。

 ファンデル王国に多く存在する下級貴族、そのうちの一家フィリップス男爵家の長男であるミラノはその下にいる二人の弟と共に日々特に何か考える事も無く平和に暮らしていた。



 それが壊れたのは、世襲は初代直系男子一人とファンデル王の勅令が貴族階級に下った辺り。フィリップス家の内情にも不穏が陰ったのはその辺りからだった。


 爵位の継承、それは領地管理と言う面倒な仕事と共に受け継がれる莫大な遺産の象徴。


 一番下の弟であるサラノ=フィリップスはそんな勅令に歓喜していた。それは元々全てを兄に任せるつもりだったからである。

 だが二番目の息子トリノ=フィリップスは違っていた。


 父ノートン=フィリップスは常日頃から飄々とする頼りがいのない長男ミラノに、それでも必死に様々な事を仕込むしか無かった。嫡男に男爵位を継承しなければならない。二男にも、三男にも何かしらの爵位を与えられるからこそ安心していただけにその勅令は父にとって辛いものだった。


 だがそんな兄と父を、トリノは常に苛立たしく思っていた。

 兄より自分の方が優秀だと、爵位継承は自分がするべきだと。ミラノがいる前で父にそれを進言した事もあった位である。



 まるでそんなトリノの言うことが正解であったかのように、ミラノは次々と課される父の命題に泥を塗っていった。


 騎士見習いとして武勲を上げる事も、保険でありながら最大限の名誉でもある子爵家への縁談も台無しにするミラノ。

 次々と巻き起こす息子の狂行に流石の父も考えを改めざるを得なくなっていた。

 そんな父は次第にトリノの進言を飲むべきだと考えるようになっていった。


 即ちトリノを嫡男とする事である。



 あらゆる画策を立て、父はミラノに勘当の意を臭わせた。だがしかしミラノは、最初からそれを理解していたかのように自ら進んで家を出て行った。


 まるで拍子抜け、父とトリノの策謀は全く意味をなさないうちに思い通りとなったのだ。




 ミラノは家族から少し抜けていると思われている。マイペースであり、自分の意思が弱いと。

 だから今回もそんなミラノの脆弱な気持ちが功を奏したのだろうと、トリノは理解していた。





 だがそうではない。

 ミラノは弟思いであった。三男サラノはそれを知っている。否、覚えていると言うべきか。

 いつだって弟の事だけを考えて行動してくれていた兄の事を。



 そう、この時も、ミラノはわざと失態を繰り返し弟の為に身を引いたのだから。

 




 ミラノは優秀である。

 学問も、剣術も、物事の真意を理解して世界の流れに当てはめ最適化させる事もミラノにとっては簡単すぎた。

 人生は容易いと。それに気付いたのはいつだったか、だがそれに気づき、家柄を理解し、弟が出来た辺りから全ての未来を見据えていた。


 だからこそ、ミラノが欲しかったのは富でも名声でも無かった。もっと上を、天才と言われる者の境地を、目指してみたかった。


 全てを理解した上で、自分の感情を優先させたのもその為である。

 弟思いと言う自分の感情が人間的必要要素だと考えたから。



 世界は簡単だ。

 だからこそ少しでも困難な道へ自分を誘う。

 それこそが天才への道標。ミラノは今でもそう思う。


 だがそれは、ミラノ=フィリップスと言う人間に大きな心の反動とも言うべき闇を抱えさせた。

 自律を無くし、ミラノが持ちうるべき能力を好きなだけ外へ放出した時彼は、ミラノは、天才でも何でも無い、ただの危険因子と成り果てる。


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