第123話 闇に立ち向かう騎士


 夜は長い。

 何も無い平穏な夜ならば明けるのも早いが、仕事に従事するとあってはなかなか一日という時間は長いものだった。


「……あの三人衆が殺られるなんてな」

「あぁ、こんな事ならとっとと足を洗うべきだったか」


「ふん、白金貨だ。それを貰ってからでも遅くはないだろうさ、他の奴に先を越されるなよ?」

「当然だ、約束通り金貨500ずつ。ロードセルは切ってある。これで一旦バックレるとしようぜ」




 ファンデル王都に潜む二人の男は突然の、サトポンからの依頼に泡を食った。

 王都に在中するアニアリトである二人は、今でこそダルネシオンの配下としての仕事を主に行っていた。

 ダルネシオンの指示は基本的にサトポンへ降りるが、サトポンは隠密仕事の殆どをお気に入りの三人。ジギル、バイド、ルーシィへ任せてしまう為この二人には依頼があまり来ない。

 リトアニアとして商業の雑務をこなす日々は安銭の上、今まで盗賊の類で身を立てていた二人にそんな仕事はとても見合わなかった。


 だがアニアリトを裏で操るサトポンに暗殺の指示を出しているのがダルネシオンだと理解した二人は、ダルネシオンへ直談判しその配下となる事に成功したのだ。


 そんな時に突然サトポンからお呼びがかかったのだから二人が驚くのも無理はない。

 一瞬ダルネシオンに仕えているのがサトポンにバレたのかと背筋に寒いものが走ったがどうやら事態は真逆であった。


 有能とあのサトポンに一目置かれていた暗殺集団の二人が謎の男に殺され、一人も使い物にならない程の痛手を負ったとの事。

 そこで自分達に白刃の矢がたったと言う訳である。


 だが標的は間違いなく手練、白金貨で割に合うのかは不明だ。唯一の救いは対象が負傷をしており現在南の森へ逃亡潜伏中であると言う事。森は暗殺者に於いて最も得意とする地形である。


 命をかけて敵をそこまで追い詰めたジギル、バイド、ルーシィの三人に感謝し、二人のアニアリトは暗殺業最後の仕事をする為森へと駆けたのだった。















 南の森、いつかに魔道士少女ルナ=ランフォートと共にラベール花を採集しに向かった場所であり、霧崎真がこの世界で初めて心を許したフレイと過した場所でもある。

 それは第三人格である霧雨真の記憶にも、第一人格真の記憶として残っていた。


 だが霧雨真にとってあくまでもそれは他人事の記憶であり、感情と言う大凡意味の分からない脳波のバイオリズム等が殆ど無い霧雨真には、そんな他人事の記憶に思う所は特になかった。




 霧雨真はジギルから受け取ったロードセルに暫し耳を傾けていたが、ふとそこで交わされる会話とは全く噛み合わない動きをする二人の人間を平野に見つけていた。

 真の細胞改造された視野でこそ見える二人の人間は、真と同じ灰色のフードケープを纏っているようだが走る事によってその素顔は明らかだった。


(おやおや……どうやら彼等もロードセルの通信を絶っているのでしょうかね)




 現在真の耳に聞こえる暗殺者達の会話は数人分。それぞれが数人の仲間を率いているとすればその数は数十人規模になる。

 その上今森へ向って駆ける二人の暗殺者のようにロードセルを切って自分達の情報を出さないようにしている者が他にもいるとすれば、真を狙う者達の数は更に多いと言う事だった。



 真はだが、そんな事より気になる事がある。


 なかなかの速度で森へと入り込む二人の暗殺者を見つめながら真は自らの持つロードセルを破壊し呟いた。



「ふぅ……やはり私は粒子分解移転装置の実験台だった訳ですか。しかしあのプログラムコードの座標定着式では不安定だったように思えましたが……流石は天才と言われるだけはあるようですね、結城咲元」



 そう、真の脳内では自らのデバイス以外に二つのデバイスPS搬送波を認識していたのだ。

 それはこの世界に来てから一度も無かったもの。

 だが確実にその反応は今の真に一つの確信をもたらせていた。 


 それは地球の粒子分解移転装置が完成したと言う事実。



 霧雨真は第一人格の真の記憶から粒子分解移転装置と次元プログラムコードが完璧でない事を既に理解していた。 

 だからこそ地球の科学者達は他惑星の進出に遅れを出すと考えていたのだ。だが彼等はそんな霧雨真の思惑を外れ、真のデバイス搬送波をこの銀河系内外の数千億を遥かに超える惑星の中から見つけ出し、その上使徒を送り出してきた。

 万が一惑星侵略に乗り出すとしてもアンドロイドキルラー辺りの潰しが効く|兵器(ガラクタ)を寄越すだろうと考えていた霧雨真はこの事態に少しの、ほんの少しの焦りに似たものを感じていた。




「もうこの世界に関わっている暇もなさそうですね……なかなか居心地が良かったのですが。ただ、デバイスを持つとなると一体……まぁいいでしょう。デバイスの五次電池残量も98%まで回復、範囲はそうですね――350km.120km.8m――なるほど。一回では厳しいですか、再充電を行いながら100km3を4回としましょうか」





 霧雨真はロードセルでの会話、過去の記憶と上空から眼下に広がる森を目測から割り出し、粒子分解範囲を定めていた。

 範囲はあまりに広大、一度の粒子分解波では消せないと判断し、途中で原子を収束させながらデバイスの再充電を行い4度に渡って森毎全てのアニアリトを消し飛ばす。 

 それが終わり次第、そこから二つのデバイス搬送波元の元へ急ぐという算段。


 掛かる時間は少なく見積っても25分は必要。




「全くもって不愉快ですね、私はただゆっくり時を永らえればいいと言うのに……出来る事ならあのエセ科学者共も消したい所ですが果たして」



 霧雨真はここに来て初めて第一人格の真がよくしていた、溜息という行動の真意を理解出来た気がした。

















 北の島国、ワンキャッスルでは過去の魔王城に国民の全てが集まり主要な者達により一つの会議が行われていた。

 魔王復活における弊害、この国の安寧を保つにはどうするべきか。


 会議の中心は実質この国の経済を管理する古株の人間達。魔物達に支配され、それでもひっそりとその命を永らえ、かの大戦をその目に刻み、勇者達の雄姿を知る者。

 更にこの街の若者をほぼ全て牛耳るブラック・ナイツの人間達。


 そして過去ファンデル王都が秘術により異世界より召喚したと言う勇者一ノ瀬一城が率いた魔王討伐メンバーの三人であった。




「兎に角今回はたまたまあの魔族が退いてくれただけの事。下僕が若かったのが救いだ、次は判らん」

「そうでしたか……ではまたあの時の様な事が。私共はいい、長く生き過ぎたのです。ですがまだ未来ある子供達もいる」



「だけど……結界も破られたまま」

「となるとやっぱやるしかねぇよな?」




 民の空気は淀んでいた。

 それはこの魔王城に未だ染みこむ闇の魔力によるものか、それとも人間の未来を覆う強大な影を現実として認識したからか。



 ドワーフのシュダインは今後のこの国の未来を、若者の未来を憂いた。

 この国は一ノ瀬一城の平和への思いが詰まった平穏の地でなくてはならない。

 だがこのまま、ここで生まれ、ここで育った若者達は、他の世界も知らないまま平和に生きる事が本当に幸せなのか。

 シュダインには分からないのだ。



「俺達も……連れてってくれ!!」


「あぁん?」



 その時、ブラック・ナイツの一人がそんな言葉を言い放った。

 怪我を負ったブラック・ナイツの団長を介抱し、ベルクに一喝された若者。

 だがベルクはそんな若きブラック・ナイツの一人に冷たい視線を浴びせる。




「てめぇはまだ懲りてねぇな?いいか、あの時の言葉は慰めで言ってやったんだ、それが判んねぇか?お前らがそこらで狩ってる獣なんかただの食料に過ぎねぇ。魔族ってのはな、てめえ等みたいなただのガキがどうこうなるもんじゃねぇんだよ!」

「ベルク、そこまで言わなくてもいいんじゃない……?」


「うっせぇ、こいつ等は平和ボケして何もわかんねぇ馬鹿だ。だからそれを教え――」

「分かってる!いえ……解ってます、ベルクさん。だからこそなんです、俺達はこのまま、ここにいたらダメなんだ。この命をかけても……人間の為に、この国を造ってくれた勇者の為にも」



 ブラック・ナイツの一団はその青年の言葉に我も我もと声を上げ、皆を鼓舞するように腕を上げた。



「俺達はこんなものじゃない!」

「世界を救え!」

「この国を守れ!」

「皆の盾に!」

「皆の矛に!」



「……こんの」

「――集え……闇と、違える者」


「団長っ!!」




 ベルクが騒ぎ立てるブラック・ナイツの連中にもう一喝決め込もうとしたその刹那、集まる若者達の肩を押し退け、その間を足を引き摺りながら歩む一人の男がいた。

 ブラック・ナイツを創立させた第一人者である団長、ブラック・ナイツの団員からの信頼は何よりも厚い男。


 ベルクはその団長の名を知らない。

 だがブラック・ナイツの言葉に呼応するかのように放たれたその一言には耳を疑った。



「まだ生きてたか、意外としぶてぇじゃねぇか。だけどガタガタだなぁ?で、闇と何だって?」



 団長は仲間の肩を借りながら、それでもゆっくりとベルクを見据え言葉を紡ぐ。



「ベルクさん、今まで迷惑かけてすんませんでした。躾が、なってなかったのは……俺の、責ごフッ、ゲホッ……」

「団長っ!?」

「団長、ダメだ。まだ出血が酷い!」


「大丈、夫さ……ベルクさん。ブラック・ナイツの名は、闇に立ち向かう、騎士と言う由来でしてね……グッふ、俺、知ってるんですよ。小さい時……一城さんに、助けられて。その時から、ずっと憧れてました。だけど守られてばっかりじゃ、ダメなんだって」




 顔の青褪めた団長は震える足を何とか踏みしめながらもベルクへそう訴える。だが今にもそのまま崩れそうなほどに脆い身体は、その青年が今まで街で暴れていたブラック・ナイツの団長とはとても思えなかった。



「だから、何だ?俺は一城にこの国を任された。お前らを守るのが、残された俺の使命だと思ってる」


「分かってます……でも、それでも、こいつ等にはせか……世界を、見さしてやって下さい。俺は無理だったけど……どうか、このちっぽけな、俺の命と引き換えに、最後の頼み、聞いてやって、下さ」

「――!?」




「団長ッ!!」

「団長っ!」

「誰か、薬を!!」

「おいっ、薬師!早くしろ、早くしてくれ!頼む、団長を、団長を助けてやってくれ」



 ブラック・ナイツの団長は最後の言葉を振り絞り、そして力尽きるように仲間の肩から手を滑らせ、その冷たい床に身を伏した。


 仲間達はそんな団長に駆けつけ必死に治療を乞う。



「団長を!あ、貴女は伝説のエルフの人ですよね!?お願いします!!団長を助けてください!貴女なら、伝説のエルフなら助けられますよね!魔法、魔法があるんですよね!?お願いします!もう何も言いません、全部言う事を聞きます、大人しくします!だからお願いしますから……団長は、団長は俺達の希望で……」

「無理よ」


「そっ!?そんな……」



 先程までブラック・ナイツを代表して自らも戦うと決めた筈の気迫に満ち溢れた青年の姿は今やそこにはなかった。

 ただ大切な仲間を失う事への悲しみと、恐怖に満ちているだけ。


 だがそれに対し、アリエルはただ一言そう告げるだけだった。




「エルフは確かに魔力を自在に操る。じゃがそれは自然界における力を借りるのみ……傷を癒やすような魔力等、エミール位の者だろうな……あやつも……儂らより自分にそれを使えばよかったろうに――」

「止めろジジィ!それ以上言うんじゃねえ!それにエミールがいたって……死んだ人間はもう生き返られねぇんだ」



「ベルク……」



 その場にいた皆が、団長の死を、現実として受け入れるしかなかった。

 そしてそれを見たシュダインは過去の戦いを思い出す。


 それは悲しき仲間の最期。

 痛い程に判るブラック・ナイツの気持ちにはだが、そこの誰もが応える事は出来ないのだ。


 アリエルもまた表情こそ変えはしないが、握った拳には自分の無力さを悔む思いが現れていた。




「……ブラック・ナイツ。闇と違える騎士達か……糞ガキが、反吐が出る!お前達の仲間の遺志なら、勝手にすればいい。だが俺も仲間の遺志の為にもう一度世界を安寧に導く……お前らを危険に晒す気もない。だが結界を張りなおせる奴はもういない、北海の荒波も一旦収めなきゃ俺等も外に出れない。見張りとしてシュダインを置いていくがこのジイサンは耄碌してるからな」


「なんじゃとっ!儂は耄碌なんぞしちゃおらん……ただ洞窟に篭もる癖があるからのぉ、誰かがこの島から抜けだしても分からんかもしれんな!そもそも主らだけなら船は要るまい。という事は一隻余ってしまうではないか、勿体無い。久しぶりにあれを直して暇つぶしでもしようかのぅ」




「……それは」


「言っとくがな!命ってのはあっという間だ。生きるのはこんなにも辛えのによ、死んだらその苦労がパァだ、全く割に合わねぇよ……勇者パーティなんてよ」

「……ふ、ふふ」


「あぁ?んだよ、アリエル。何笑ってんだよ!てめぇ途中で振り落とすなよな!」

「…………キモ」




 アリエルの一言に魔王城の一角は笑いに包まれていた。

 まるでそこだけは、この国を象徴する平和が集まるかのように。


 ただベルクだけは、その場で顔を真っ赤にしながら怒り狂っていたのは言うまでもない。

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