第122話 萌えよ、その言葉

「なんかおい、今降ってきたぞ?」

「何だ、今のは……」


「ちょぉーっと二人共!何呑気に見てんのさ、こっち手伝ってよぉ……くっ、峰打ちは……もう無理、|双剣四分乱舞(ツーフォーダンス)ッ!」




 犇めく死霊騎士の群れに囲まれたフィリップス。

 神星の理の中でも個人力としては一番非力である彼は辛い戦いを強いられていた。


 シグエーやブライン、ボルグにとっての騎士達一人一人はそこまで脅威ではない。だからこそ出せるそんな余裕は今のフィリップスにある訳もないのだ。

 全力で、最大限出来うる限りの双剣剣技をフィリップスは死物狂いで繰り出していた。

 それはまさしく相手を殺す気で出される本気の技。



 周囲数mの騎士軍、フィリップスの剣技は的確に甲冑の隙間を這い、騎士達の腕足を切り飛ばす。




「フィリップス!まだ生きているかもしれないんだ、殺しては駄目だ!」

「……んな事言ったって、ハイライトさん!もう無理だって、がはっ!?」


「フィリップス!」



 ハイライトがフィリップスを視界に捉え、咄嗟にそんな言葉を言い放つ。だが直後フィリップスは一人の騎士の剣撃を避け、その隙を後ろから狙われ地面に叩き伏せられてしまった。




「もう限界か……ハイライトさん、無理だ。フィリップスにはこの状況は辛すぎる――道を開けろ騎士共、閃!ボルグ!」

「あいよぉっ!オラァ、どけ愚民共ォ」



 ブラインはフィリップスの危険を直ぐ様察知し、刀を横凪いで騎士達を吹き飛ばす。フィリップスが倒れた場所までの道をブラインが開き、そこへボルグが空かさず援護に走り込む。




「くっ……あの黒い騎士さえ倒せれば」




 シグエーは剣撃と無手流を駆使しながらも必死に騎士軍を押し込むが、そう歯噛みするしかなかった。

 群れをなす感情無き人々は騎士でなくとも道を塞ぐのに十分過ぎる程の壁となっていたのだ。




「しょえぇぇ!?マジこれアレ、異世界飛んだあぁ!からのイキナリ戦闘系!?ないわマジないわ、修行期間無しのヤバ転チートですかぁぁ」

「ここは……何」



 だがそんな刹那、騎士軍の群れから場違いな声が上がっていた。

 数名の騎士達はそちらに気を取られながらも手を出しあぐねている。それはあくまで魔族ナイトメアの指示が敵をシグエーと、トライレズンのみを標していたからだ。




「む……まだ新手がいたようだな。か弱き人間共め、下僕よ!全ての人間を抹消せよ!」



 黒騎士は新たに降って湧いた二人の人間を視認しそう声を荒げ、まるで騎士軍を鼓舞するように片手で両手用直剣を掲げる。




「ちょ、ちょっと……何よこいつ等!」

「月華元陽花さんッ、ピンチです!これは間違いない、アンデットナイツ。ぶっ殺すのだ!!」


「な、何言ってるの!ちょ、ヤダ、来ないでよ!!」



 騎士軍の一人が舞い落ちてきた月華元陽花に歩み寄り、その手に持つ剣を振り上げる。

 月華元は咄嗟にポケットへ入れていた端末を取り出し叫んでいた。



「いやぁぁ!|磁性粒子分解波(アナライズ)ッ」




 その言葉を、月華元の持つ端末は音声認識として的確に捉え、極自然に、ごく当たり前に、対象限界範囲の分子を切り離す。


 その様はまるで死霊が浄化され天へと還されるが如く。

 一瞬と言うのも烏滸がましい程の間に、月華元の前にいた数十人の騎士がその場から消え去っていた。



「はっ……はぁ、はぁ……何、なの」

「月華元女史ィィ!!かっこ良すぎるぅ……くぅ、しびれるゾォ!僕もやっちゃうもんね!異世界、魔物、ヤベッス、マジチートだコレ!へへ、へへへ、やっぱり主人公ならこれでしょォォ」



 腰を地面に打ち付けたまま静止する月華元を他所に、山本猛はその巨体を揺らしながら、手元に真達|戦闘要員(バトルサンプラー)が用いるような刀を収束させ騎士軍へ突っ込んで行った。



「ニャッハァァ!!スペシャルビームブラストサーベル、クラァァァッシュ!!」



 だが山本猛が適当に振り回すそれは真達の使うそれとは似て非なる物。


 真のような戦闘要員が扱うFAIBE―Full Artificial Intelligence Builtin Equipment―が造る刃は、周囲の原子を取り込み再合成し、定着させて造られるただの刃でしかない。

 つまりそれを扱う者の周囲に存在し得る原子、又は元素が無ければ造れない上、その効果はあくまでその原子の特徴を踏まえたものにしかならないのだ。


 だが山本猛が振り回すその不可思議な刃型のそれは、周囲のおかしな騎士軍を次々と昇華させて行った。


 個体から液化をスキップした気化現象。

 それはまるで月華元が設計したモレキュールアナライザーのよう。




「ブヒァァァ!俺無敵!銀河チートで異世界進出ーー!!」

「何よ……その機能」




 山本猛の蹂躙は続いた。

 数分の間に辺りに犇めいた百を超える騎士軍は既に数十となっている。

 騎士軍が消え去っていくにつれ地面が開け、黒騎士までの道程がはっきりと見えていた。



「お、おいおい……今度は何だよ!!ありゃ何だよ!?」

「まさか、人型魔族か……魔族同士の小競り合いに巻き込まれたと言う事か」


「はぁ、はぁ……冗談じゃないよぉ、もう僕ら人間がどうにかなるようなレベルじゃない」




「あの、剣……服装……まさか」



 トライレズンの三人は、ただ暴れ回りながら次々と騎士軍を消し去るそんな人間を傍観するしかなかった。だがシグエーはそんな突如舞い降りた二人の人間に、服装に、そしてあの不可思議な形の剣に見覚えを感じていた。


 名をシン。

 ギルド試験で試験官たる自分があってはならない負けを許した男。


 無手流かと思いきや、不可思議な力を使い空を飛び、地を駆ける。

 そしてあの時、リトアニアを斬り殺したのは間違いなくあの見たこともない、突如存在を現す剣だったと。





「き、貴様わ……何者!まさか、ヴァンパイアロードの手内か」



「はぁ……はぁ……もぅ無理!はぁ、すっごい、疲れ、たはぁ……マジ無理キツイ、異世界チートとかぁぁ!僕、運動は、苦手、なんだからァァも」



 黒騎士の叫びは誰からも返答を貰えず月明かりに呑まれていく。

 一方の山本は額に滝のような汗を流しながら、その場に座り込んでいた。

 だが月華元はそんな山本に声を荒げる。



「ちょっと山本君!ま、まだいるわよおかしなアンドロイドキルラーがっ」

「ふぁ……月華元陽花さん、アンドロイドキルラーじゃないから。魔物間違い無しだから。磁性粒子分解出来なかったらこれ無理ゲー確定だから」


「何言ってるのよ……じゃあこれは何!他惑星にこんな、生き物がいるなんて。真は、こんな所で、本当に生きてるっていうの?大体なんで山本君はそんな事知ってるのよ、マモノって何よ!もしかして貴方も本当は結城君と」

「もぉ……月華元女史って教えてチャンなの?科学者の端くれとして少しは自分で考えてほしいなぁ」



「く、…………今、北……産業」

「ファッっ!?」


「あぁ、もう!今北産業、今北産業よっ!」



 正直月華元は恥ずかしかった。

 人生で何よりも。こんな訳のわからない世界の恐怖など消え去る程に。

 ただいつしかこの山本が言っていた言葉。


 この企業名を言えば大体の人間は、確実に、ほぼ端的に事態を説明してくれると言う謎の社名。



 月華元は柴本統括を問い詰める際にもこれを言おうかと考えたが、やはりどうしてもそんな訳のわからない言葉を言う気にはなれなかったのである。

 だが事此処に於いてその言葉は、山本に衝撃を与えた。



「ふぐっ……そ、そんな、まさか、それを、使う人間が……本当に……しかも月華元女史が。く、くそぉっ、抑えきれない萌が!我が知識顕示欲がぁ――やってやる。


 ここは真君が飛んだ惑星だと思う。

 僕達は恐らく脳波を操られあの施設で粒子分解移転された。

 その目的はこの惑星の事前調査と貴重な人工人格式兵器である真君の回収!って無理ぃ!!三行とか無理だからぁ!って言うかメソッドいくつよぉ」




 月華元には何故そんな事を山本が知っているのか解らなかった。やはり月華元以外は結城とフォラスグループのプロジェクトを把握していると言う事か、そんな不安が脳裏をよぎる。



 ただ一つ、この言葉があれば、今後も山本から情報を聞き出すのは容易かもしれないと、それだけは今の月華元にとって救いであったのは間違いないと感じるのだった。

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