第106話 生命の不平等

 第七都市。

 ノルランド帝都にはまだ程遠い山間に位置する都市の一つだが、その敷地は広大であり、ここが一つのアーコロジーとして存在するのも頷けた。



 そんな都市は辺りのような歩みを阻む積雪はない。

 魔力結石による透過防壁によって内部の温度が常に一定に保たれている為だ。



 ただ今眼前に広がる都市そこは、聳える方方の雪山の冷気を霧のように漂わせ全てを包んでいた。






「この門どうすんだこれ?門番もいねぇしよ」

「おかしいなぁ。僕が昔来た時は物々しい位の鎧を着けた兵士が居たはずなんだけど」


「人員削減か、いやしかし……」



 都市群を囲う黒き鋼鉄の壁。

 その一部は恐らく動力式で開閉するのだろうが、そんな鋼鉄製の壁を前にして神星の理率いるシグエーの一団は足止めをされていた。


 漂う冷気は視界を遮り、まるで逸話に語られる辺境の魔王城にでも来た気分。

 だが日も完全に傾いた今、魔力結石により多少身体は暖められるとは言えこれ以上の移動は厳しいと言わざるを得なかった。


 荷馬車から降りたシグエーはブーツから伝わる雪の感触に、今後の戦闘方法を考えつつも門であろう場所まで歩みを進める。


 サモン・ベスターの屋敷と同じく何処かに連絡経路となる魔力結石があるのではと月明かりを頼りに鋼鉄壁を眺めた。



「これか……?」



 シグエーはふと頭上辺りに埋め込まれる半円の球体を見つけそれに触れてみると、苦しい鳴き声を上げるかのように切れ目のあった鋼鉄壁の一部が手前にゆっくりと倒れ出した。



「おぉっ、開いたぜ!」

「ふむ。流石はハイライトさんだ」


「え、でも勝手に開けていいの?え、てか開いていいの?」



 フィリップスの疑問等この際誰も聞き入れてはいない。

 四人はただゆっくりと開き、雪地に沈む壁を眺めていた。


 視界に現れた都市内部。

 だがそんな都市は外界と同じく積雪に見舞われ、街灯の明るさも無い。

 まるで工場廃墟のようにただそこにあるだけだ。



「え、あれ……雪が、積もってる」

「あぁ?たりめぇだろ、こっちもこんだけ降ってたんだからよ」


「ちっ違うよ!ノルランドの都市は全部透過防壁って言うので守られてるんだ。だから都市内部に雪なんて降ったりしない、温度だってファンデルと変わらないんだよ。散々自慢されたからそれだけははっきり覚えてる」



「透過防壁……魔力機の一種か?聞いた事が無いがそれが本当なら大した技術力だ」

「だなぁ」


「あ、疑ってるの?絶対本当だってば!てか大体街が暗すぎるよ、街灯一つ点いてないし門番だっていない……何かおかしいよ」




 フィリップスは感じ得る全ての疑問を一気に捲し立てる。

 そんな言葉に三人は都市内を見渡し、異常事態が起きているのかと少しの不信感を抱いていた。



「確かに何か……嫌な気配がする、ね。ただ今日帝都まで移動するのは困難だ、とりあえず僕が様子を見てくるよ」


 シグエーはそう言って笑みを一つ三人へ向けると雪に沈んだ鋼鉄製の壁を踏みしめる。



「ふむ、では我々も行くとしよう」

「よっしゃ!何かおもしれー事になってきたな!」

「え、ちょっと、ちょっと!怪しいのに?」



「……君達はここで待っていてくれ、僕が戻って来なかったらそのまま王都に戻るんだ。これは僕の問題だからね」



 何やら自分に付いて来ようとするトライレイズン。だがこれ以上自分の要件で誰かを巻き込むのはシグエーにとって御免だった。



 何の関係もないネイルまでも巻き込んでしまった、その上これからの未来あるギルド員を削る事は元ギルド試験官のシグエーとしても不本意なのだ。

 強いて言うならあのシンと言う男に自分で尻拭いをして欲しい所だが、彼は彼で責任を感じ何かしらをしようとしている。


 今シグエーに唯一出来る事。自分の事は自分でと、今はそれぐらいしか思いつかなかった。



 それにこれでも数々の修羅場を潜ってきたからこそ判る嫌な気配は、シグエーにこれでもかと警鐘を鳴らす。

 ブライン位の人間であればもしかしたら気付いているかもしれないが、ここには何かいる。


 人ならざるモノ、邪悪で強大な何か。

 シグエーはそう感じていたのだ。


 だがブライン達は分かっているのかいないのか、そんな事を気にする風でもなくさも当たり前のようにシグエーの後ろに付いて来る。



「ハイライトさん、何度も言いますが我等は自分の意志でここにいるのです。万が一ここに魔族が五万の軍勢を率いていようとも、私は神星の理の名に於いて貴方と共に」

「おいおい、流石に五万も魔族がいたら俺等に勝ち目はねーだろ!ま、そう言う事だからハイライトさんは気にせず進んでくれ」


「ちょ、ちょっとぉ……僕もその中に入るのぉ。まあいいんだけどさ、王都は平和すぎるしね」




「……君達って奴は」



 孤独だった自分にいつしか集う後輩とも言える者達。

 今や腕の立つ立派なギルド員。

 彼等が自分の事をここまで慕ってくれている事にシグエーは胸を熱くした。

 だがそれと同時にやはり惜しい、そう思えるのも事実。


 本当に万が一の事があったなら、その時は自分がこの命を賭しても彼等を逃がそう。

 シグエーはそう胸に刻み、一度肩を竦ませると溜息をついた。



「ふぅ、じゃあ行こうか。ただ分かってるね?ギルド――」

「ギルド員は常に戦いに身を置く事だと理解せよ。ハイライトさんの常套句です、忘れてはいませんよ?」



「……参ったね」


「おい、黄猿。お前はこえーんなら待っててもいぃんだぞ?」

「冗談、それじゃあ本当に馬役じゃないか。それにトライレイズンは三人いないと大変でしょう?」

「へっ!言っとけ」




 静かな山間、立ち込める冷気と霧の中。

 シグエーと神星の理はお互いを繋ぐただ一つの信頼に心昂ぶらせ、そんな都市に漂う邪気を払うかのように一歩また一歩と積雪を踏んだ。

















 俺達を助けてほしい。

 アニアリトの三人から真へと告げられた言葉は、そんなぼんやりとした、だが切実な思いだった。


 暗殺稼業から足を洗いたい。

 だがそんな事をすれば自分達はもとより、教会で暮らす孤児達を巻き込む恐れがある。

 だから今更あのサトポンと言う男に逆らう事も出来ず、ただただ依頼通りに事を実行するしかないと。


 恩返しをするつもりが、逆に恩を仇で返す事態へと向かわせてしまった何とも本末転倒で自業自得な行動。

 それに対し他人へ助けを求める等なんと無様な事か。




「お前達が足を洗った所で教会の子供達まで危険が及ぶ可能性はあるのか?そもそもお前達は結局高額な報酬につられて人殺しを辞められなかっただけだろう」


「違う!私達は――」

「待てルーシィ、何と言われても言い訳のしようもない。俺達が馬鹿だった。結局その結果が今なんだ」



 真の言葉に激昂する女暗殺者、それを宥めるジギルと言う黒ウェーブ髪の男。



 何かを得れば必ず何かを失う、真はどんな物を失ってでも欲しい物があったからこそ今の自分がある。

 それは力、復讐の為に全てを投げ打っても欲しかったもの。


 だがそれが失われつつある今だからこそ、この三人の気持も少しは解る気がした。


 ただ自分の後始末位は自分で片付けなければならないものだろう。

 だからこそ真が今やるべき事は、アニアリト組織の壊滅なのだ。




「お前達が死んだ後のここの子供達の安全を保証してほしいのか?それともお前達全員の命を守ってほしいのか?」


「それ、は……」

「俺達は死んでも構わない、それだけの事をした」

「だな……でもここのガキ共は何もしてない、巻き込む訳にはいかない」




 真の提示した二択、それは自分達の生死より子供達の安全を願うのかと言う事。

 だがそれを聞いたのはどちらかを実行してやると言う意味ではない。


 何となく、自分の命とどちらが大切か、それを問いたくなった、それだけ。


 真にとってはどちらも関係の無い事だ。




「もう止めるのだ、命を奪う事はその命を天秤にかける行為だ。それはどんなものにも許されない、命は平等だ」



 ふと背後からかけられる司祭の言葉。

 だが真の耳にはしっかりとその全てが聞き取れていた。



「命は平等なんかじゃない。司祭とか言ったか?お前等は獣を食うだろ。そいつらも仲間を食うんだ」


「司祭様に対して!大体お前は何を言ってるんだ?獣は人間の下にある存在だろう。獣、魔物も魔族も人間より下にいる存在、だからこそ人間を襲う獣は魔物と呼ばれ世から消えるべき存在なんだ」



 真のそんな問いに疑心と怒りの念を言い放ったのはルーシィと言う女暗殺者。

 少しここの宗派理論を囓っているのかもしれないが、その言葉は全くと言っていいほど不合理なものだった。




「随分とご都合な教えだな司祭、そうなのか?それならここに捨てられた子供達の命は他と平等か?今も平和に暖かいベッドで満足な顔をしている子供達と、一緒か?」



「……貴殿の言いたい事は分かる。母神マーラの教えは今や飾りに過ぎん、それが現実。だが私はそれでも、そんな者達を平等へ導きたいのだ。それこそがマーラの名を継承した私の定め。だが……私も一人の手前勝手な凡夫の身。この者達は私の可愛い子供なのだ」


「司祭、様」



「だからこそ!たとえ神がこの者達を許さないと言っても、私はこの者達を赦し、守る。それが親の役目」





 神の名を継ぐ者が、それを捨てても一人の人間として、親として子を守る。

 その温かい言葉は三人の暗殺者に深く届いているようであった。


 崩れ落ち、涙を流すアニアリトの暗殺者達。



 少しの羨ましさも感じる、親と言う存在。

 真にもあった筈の過去。

 神に踏み躙られた真の幼き記憶。




「神を裏切ってもか……俺はお前達に協力する気は無い。ただ俺は目的を果たす、その目的にはやはりあのサトポンと言う男は勿論、アニアリトの抹殺が必要だな。お前等は今からアニアリトじゃない、俺の部下だ。ここの教会を借りる、今後奴等からの接触、依頼があったら逐一俺に連絡しろ」



「そ、それは」

「お前」


「貴殿よ……神の名を借りて、ここに感謝申し上げる……」






「神なんて、居はしないさ。世にあるのは修羅と畜生だ」




 真の孤独な言霊は、暗い教会に鋭く反響しやがてどことなく呑み込まれて行った。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る