第105話 雪路のチームワーク

 |氷結熊(フローズンベア)。

 ノルランドのみ生息するこの獣だが、王都大図書館や冒険者による情報、又はギルド討伐リストにはその存在が大まかに記載されている。


 危険度クラスA、それは魔物ブルーオーガにも匹敵する程で獣の中では最上級だ。



「はは……こりゃ強そーだなぁ。国も攻めない筈だよ」




 フィリップスは背から一揃の直剣と短剣をゆっくりと抜き放ち、10m程先の林から此方を睨むその獣に対峙した。

 向こうもどうやらそんな一団を敵意有りと見なしたのか、その強靭な前脚を一度地に叩きつけると四足走行の姿勢で愚直にもフィリップスへと猛進して来る。




「来るぞ!」

「はいはいー!って、そんなん言ってないで手伝ってよね!」



 フィリップスも此方に獣を引き寄せ過ぎないよう、背後から叫ばれるブラインの声を皮切りに一直線に走り抜く。

 フローズンベアと交錯する間際で直剣を上段から斜めに振り下ろす。


「っ!からのぉぉ……せぇぁ!」


 まるで戦い慣れた戦士かのようにフィリップスの直剣をその人間の顔大はあるだろう分厚い掌で受け止めるフローズンベア。

 だがフィリップスもそこで終わらせる事は無い。


 素早く受け止められた直剣を下に引き抜き、身体を反転させながらもう一方の手に持つ短剣にてフローズンベアの横腹を突き刺した。

 だがフローズンベアの強靭な筋肉は、フィリップスが刺した刃の侵入を先端までしか許さなかった。



「ヴガァァァッッ」

「おほぉ、硬ぇっ!筋肉硬直させやがった」



 僅かな刺し傷だがフローズンベアを怒らせるには十分だったようだ。その巨体からは想像できないスピードで薙ぐ鋭い爪をフィリップスは寸での所でしゃがんで躱し、咄嗟に山肌へと飛び退った。



 だがフローズンベアの怒りは収まらない。

 寧ろ爪撃を避けられた事に苛立ちを覚えたのかその赤い瞳で逃げるフィリップスを睨みつける。



「ブガァァァ!?」



 再度標的を見定めたフローズンベアはフィリップスに向けて強襲を開始しようとしたが、突如横から差し向けられる殺気に身をよじりながら素早く跳ぶ。



「……っち、すばしっこい熊公だな」

「でしょぉ?危険度Aを一人は無理だって」


「黙っとけ猿、とっとと片付けるぞ」

「はいはい」



 フィリップスとフローズンベアの戦いに突如割って入ったのは炎獄の赤神ことボルグ=イフリエート。

 ボルグはフローズンベアがフィリップスとの戦いにより隙を見せるタイミングを図っていたのだった。


 だが絶妙なタイミングだったにも関わらずボルグの振り下ろした大斧は無念にも雪路へと突き刺さり、フローズンベアの怒りを助長させるに終わっていた。


 だが神星の理の戦いの本領はまだ発揮されてはいない。






 ギルド員B階級とA階級にはとてつもない隔たりが存在する。


 それはEからD、DからCと昇級していくのとは訳が違うものだ。


 B階級まではそれなりの依頼数をこなし成功を納めていればギルド定期考査の際に自然と階級が上がっていくが、BからAへと上がるにはギルドへと採取品提供等も考査の指標となる。

 それはどれだけの討伐部位を的確に、そして如何に綺麗に回収出来るかと言う指標。


 つまりその討伐部位が一体何の目的で市場に出回り、どのような役割を持って使われるのかを理解していなければ出来得ない事でもある。

 力自慢でやってきたギルド員達にはその辺りへの理解が殆どと言っていい程無い。だからこそ手っ取り早く昇級出来るザイールトーナメントに出場する人間も多くなるのだろう。


 ただそこで優勝した所で所詮Aの3であるから、結局の所知識判断力を欠く力自慢はAの3で止まるのが関の山だ。


 それでもそんなザイールトーナメントで優勝するのは並大抵の実力では不可能であり、それを実現し、あまつさえそのままA階級を登りつめてその上ギルド試験官へと上がったシグエーは、やはり一般の人間にしてみれば異常なのだが。




 そして討伐の対象となる危険度もそれと同様であり、つまりはB階級の人間が一人で危険度Aクラスの対象を討伐する等と言う事は当に自殺行為に等しい行動だ。

 にも関わらずフィリップスがああして余裕の態度を崩さなかったのは元々の性格もあるが、ただ一つ。


 仲間ブラインとボルグへの信頼があるからこそなのだ。

 この二人が、否、|三人(トライレイズン)が揃っていれば絶対に大丈夫だと言う心からの信用。

 それこそが神星の理をパーティとしてA階級まで登り詰めさせた力。





「オラ熊公、熱いのは嫌いだろうがっ!唸れ、火焔の奔流ブレストマグナ!!」



 ボルグの大斧、上位級に位置する火の魔力結石をあしらえた魔力機。そこから放たれる炎の渦は正に火焔の奔流だった。

 大人一人分の重量はある大斧はボルグによって軽々と振り上げられ、その刃は当たらずともフローズンベアの体毛を焼きつくす程の火柱がその場に昇る。



「ふぉぉ!流石、やっぱりリトアニアの貸出武器とは比べ物にならないね!」

「ったりめぇだ!あんなクソ武器のお陰で無様に負けを許しちまったんだからな、この八つ当たりはテメェでするぜ!」



 ボルグの大斧が今度はフローズンベアを側面から薙ぐ。

 ブォッと言う低い風切音と共に自らが放った火柱は斬り裂かれ、その獣の首を一太刀で切り落とせる程の大きな刃がフローズンベアを狙う。


 だが体毛を焼き焦がされているにも関わらず、フローズンベアは目敏くもボルグの大斧をその頑強な十本の爪で受け止めていた。



「ヴグァァァルゥ!!」



 それを見届ける事も無くいつの間にか対象の背後へと回っていたフィリップスは、雪地を踏むフローズンベアのその二足の腱を瞬時に斬り裂く。


 高らかに咆哮する獣。

 踏ん張りの効かなくなった両足は、自重とボルグの大斧による重撃で脆くも崩れ落ちた。




「お前ら避けろ!!」


「あいよぉっ!」

「っと!」




「――――斬!」





 それは刹那の出来事だった。

 ボルグが大斧を背後のブラインによる合図でフローズンベアから外した直後、フィリップスにより腱をも断ち切られて完全に動きを止めていた氷結熊はその数瞬の間にブラインの一閃によって重い首を落していた。



 統率を無くしたその3m程の体躯はゆっくりとした動きで雪路へと沈む。




「今日も冴え渡ってんなぁ、団長。その内俺まで斬り飛ばされそうだぜ」

「流石は一閃のブラインだね!」


「……ふむ、危険度Aか。まぁまぁだ」



 ブラインは一人呟くと、普段であれば敵の血液すらその刃に残さない|人智ノ具(ヒトタマワルモノ)「愛刀・雨百合」に付着した血をフローズンベアの毛皮で拭い取っていた。


 刃に血液が残るという事はそれだけ切断速度を抑えられてしまった事の証。

 一閃の二つ名を持つブラインとしては、自分の剣技がギリギリであった事を深く理解せざるを得なかった。



 だがしかし、それでも危険度クラスAの獣を動いていないとは言え一刀の下に切り捨てる等通常では考えられない事であるのもまた事実。


 シグエーはそんな戦いぶりを目の当たりにし、自分がファンデル王都のギルド官である内にこのブラインをA階級にしておくべきだったと後悔するのだった。


















「……あそこがノルランドの帝都か?何か暗くねぇかよ」



 雪林を抜け一山を越えた辺り。

 一団は眼下に犇めく都市群を見ていた。

 聳える塔を中心に広がる街々は唯一その辺りで積雪が見られず、円形に広がるそんな都市はまるで広大な儀式の間とも呼べそうである。



「いや、ここは……」


 シグエーはファンデル王都のギルド長ベイレルより渡された地図と、自分達が歩んできた道を鑑みながら眼下の都市がノルランド帝都ではない事を理解する。



「ここは確か第七都市だね」

「んぁ?何だ黄猿、知ってんのかよ」


「フィリップスはこれでも元貴族だからな、ノルランドにも渡国した事があるんだろう。フィリップス、分かるなら最初からハイライトさんを案内して差し上げろ。」


「かっ、ボンボンがよ。そーだぜ、ったくよ!」

「そんな事言ったってさぁ……別に迷ったら言おうかと思ったんだよ。それに……あんまりこの国にはいい思い出が……てかどっちにしろ僕が馬役じゃんか!」



 フィリップスの発言に一同責め立てるが、ハイライトはそんな三人を微笑ましく見つめ、馬役兼道案内を全権フィリップスへ任せる事にしたのだった。




「ほらさっさと行け!いい思い出っつったってどうせその口軽で女にでもフラレた程度だろうが」

「げっ!?なんで……」


「おいおい……図星かよ、いいご身分だな」

「違うよっ!フッたんだよ、父さんが無理矢理縁組させようとするからさぁ」


「貴族ならではの政略結婚ってやつか。ふむ、まぁ想い人とは自ら選ぶものだからな。それによってお前が家を追い出されてもそれは仕方の無い事だ」




 フィリップスへの罵倒の嵐は依然として留まることを知らない。

 だがこんな寒冷地の旅中ではそんな三人の会話は何よりシグエーの心を温めていた。




 シグエーに迫るギルド官としての責務。

 そして恐らくは死にほど近い処遇。


 だがシグエーはあのシンと言う男との出会い、そしてこの三人が自分を慕ってくれている今に、自分の生きる道を改めて考え直させられたのだった。

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