第94話 定齢死罪法
それが制定されたのは創星10年。
グレゴリオ暦、つまりは西暦の2030年頃になる。
日本は皇族を失い、だが代わりにその最先端科学によって世界から新たなる信頼を集めていた頃。
兼ねてより問題であった老年過多を解消すべく時の現首相は定齢安住制度なる政策を打ち出していた。
ある一定の歳、55歳以降の者からは国の寄付金により施設で安住を推奨すると言う物だ。
現首相の年齢が50代であった事から、その制度は又も高齢者への優遇措置かと国民は呆れ返った。
しかし高齢者が優遇されるのは今に始まった事ではない、今更それに対し何かを反乱を起す気に等なる筈もない。
そもそも日本はクーデター等を起こした前歴が少なく、あってもマスメディアによる批判程度の物だった。
中にはそれのお陰で高齢者を抱える中間世代が楽になったと有難がる者も多くいる位で、この政策は当初そこまで注目される物でもなかったのだ。
報道によりその施設で悠々自適に暮す高齢者の楽しげな姿が度々映しだされ、その施設に吸い込まれる高齢者人口はうなぎ登りに増えていった。
だが中にはそれに苦言を呈する者が出始める。
一体その施設の運用資金は何処から出ているのかと言う事についてや、面会にホログラムでは無く本人が出てこないのは何故か等。
そして一度施設に入った高齢者が二度と戻ってくる事は無いとの事実から、巷では施設に収容された高齢者は既に殺されているのではないかとの噂が立っていた。
たちまちその噂は街に溢れ、その制度を揶揄する意味で定齢死罪法と呼ぶ若者すら現れた。
だが日本事業の機械化が瞬く間に進み職を失う者達が増えると、面白い事にその施設へ入りたがる人間は減る所かもっと若年齢に引き下げろとの声が上がる様にすらなっていた。
そんな政策を打ち出した首相を裏で操っていたのは、世界にも一目を置かれる科学研究組織フォラスグループ。後のフォースハッカー、デスデバッカーである。
皇族の血が遂に断たれ、世界各国から見放されそうであった日本を繋ぎ留める役割を担ったその組織は、実質国よりも実権を握る立場となっていた。
フォラスグループは機械化を推し進める中で秘密裏に人体改造計画を目論んでいた。
人間の最活性化、永遠の命、そして兵器改造。
先進国でも最も医療が無駄に発達してしまった日本は、高齢者を長く生きさせる事で国連加盟国らよりそれは生命の冒涜だと常々反感を買っていた。
それを解消したフォラスグループ。
だが陰でそんな高齢者を実験材料に、更なる生命の冒涜に及んでいたのは国連でも一部の者しか知らない事実である。
やがて国連加盟国らにもその制度は浸透して行き、真はそんな制度が当たり前な世に生まれ、高齢者は基本的に存在価値の無い物だと言う常識の世界で生きて来た人間の一人なのだ。
◆
レヴィーナは唖然とする老人達に視線を送られながら、燃え盛る家屋の消火活動に精を出していた。
その姿に最早真とレヴィーナは敵ではないのだと理解した老人達も、オアシスの水を汲んで必死に消火活動を手伝う。
正直レヴィーナが持っていた水の魔力結石だけでも十分には思えたが、先程まで自分達を敵視していた老人達がそうしているのは心を開いたという何よりの証である。
真の方はと言えば200m上空から落とされたて来たロイと言う男の墓を、その父であるあの老人と共に造り弔ってやっていた。
やっと二人の話をまともに聞くようになった老人達に、自分達はファンデル王国から来た旅の者だと伝え、真とレヴィーナはそのロイの父親だと言う老人からこの国の事について少しの話を聞く事が出来た。
「リヴィバル王国は年寄りに死ねと言う法があるだと!?そんな馬鹿げた物がまかり通るのか、国民は何をしているッ」
「お国は絶対さ……法に背くならばその家族も手に掛ける。だから儂らはこうしてここでひっそり生きる事にした……だが息子がこんな目に合うのなら……息子を殺したのは儂かもしれんな」
高齢者はリヴィバル国の法に基づき、ある一定の年齢で安楽死を強制させられるらしい。
老人の家族らはそれに猛反対したが、それを公言すれば国から死罪を適用される。
娘を持つ老人の息子ロイは自分の家族を危険に巻き込む訳にはいかないが、それでも父である老人を守りたかった様だ。
そんな人間を集め、この広大な砂地に出来たグレイズワームの跡穴を整備し老人達を隠したと言うのが事の全容だった。
「そんな事は……」
老人の意気消沈した様子にレヴィーナは返す言葉も出ない様である。
だが真には全く理解の及ばない話、一つの疑問を老人へと投げかけたのはそれが真だからこそであり、そこに悪意や嫌味等の気持ちは一切の欠片もない。
「……そこまでして生きたい理由は何なんだ?」
「?」
「っ!?シン?」
家族を大切だと思うなら、それを危険に晒してまで生きようとする老人の気持ちが真には全く理解出来無い事だったのだ。
地球でフォースハッカーに入った当初こそ真は本能に従って生きる為と言う気持ちもあったが、夏樹を失ってからは生きる為と言うより復讐の為だけであった。
生きたいと強く思った事等過去に一度たりとも無いし、今でこそ大切な仲間となった人間達を危険に晒してまで生きる等考えも及ばない。
「この国の法がどうだか知らないが、あんたが生きる事によってあんたが大切だと思う人間が危険になる。ならそれはあんたが死ねば解決するだけの簡単な答えがある筈だ」
「おいシン!お前は何を言ってるんだ……どうした、おかしくなったのか?」
「いや……俺は普通だが。俺も仲間を危険に晒す様な真似をした。だからその尻拭いの為にこうして行動している。大切だと思える奴の為に出来る目的がこうだと信じているからだ……あんたが生きる事は大切なものを守るその意志を放棄しているんじゃないのか?」
真の連ねる言葉に驚きを隠せないレヴィーナと老人は絶句した。
だが老人は俯き、やがてそうじゃなと呟き身体を震えさせていたのだった。
「……主の言う通りかもしれん。儂らの様な老耄は早々に世を立つべきだった。ロイの、息子の言葉に甘んじたのもそれは傲慢。孫の顔もまだ見たいと言う淡い利己的な期待もあった……だが儂が生きる事で息子も、もしてや孫までも危険に晒すのなら……やはり消えるべきなのかもしれん」
「そんなっ!老君、貴方は間違ってなどいないぞ。この国はどうかしている……孫の顔を見たい等、そんな……ささやかな幸せすら奪う等……シン、お前もおかしいぞ!」
レヴィーナの剣幕、それは今まで抜けていた様に見えた天然姿など欠片もなかった。戦闘時の鋭い視線を老人から真へと向け、ただ拳を震わせる。
だが真はまたしてもそんな状況に自分が分からなくなっていた。
シグエーの時もそう、一体自分の何が間違っていると言うのか。もしや自分の脳は既に改造の副作用か何かが起き、おかしくなってしまったのか。
真はそんな自分の思考の何処かおかしいのかを必死で考え、過ちを導き出そうとするが、それをすればするだけ余計におかしくなりそうだった。
「……許せん。この国は……滅びるつもりか」
老人を世から消して国が滅びる。
それはどうあっても考えづらい物だ。
この国の社会制度がどうかはしらないが、高齢者がいなくなる事によって国が繁栄する事はあっても滅びる事はまず考えられない。
文明は常に進化し、それに伴い労働力も必要となる。
古く固着した情報は進化を止め、現状維持に甘んじる。
知識にしても資本にしても、高齢者をいつまでも世に置いて置く事のメリット等無い筈だ。
真の世界ではそれが常識であった。
今となれば滅びた日本だが、それが高齢者を排除したからと言う訳でもないだろうと真はレヴィーナの正義感にどこかフレイの影を見た気がしてならなかった。
「我慢出来ん、私は国に抗議してくる」
「おい……お前が何か言ってどうなる物でもないだろ」
「シン、お前はこの惨状を見て何とも思わないのか?国へ怒りを感じないのか?」
「怒り……」
レヴィーナが言っている事はただの道徳観念に過ぎない。
正義とはこうだと幼き頃から植えこまれた知識がその人間の基準となる。
つまりは偽物、偽善でしかない。
真実とは客観視。既存の植生された価値観ではなく、世界の流れを見てそれに最良の方法を見出し実行する事こそが本来あるべき正義の姿だと真は思う。
だがならば自分の今しようとしている事は本当に正義か。
人間を売買し、商業を潤わせ、人々の生活が満ちているのならリトアニア商会のやっている事は正義となり得るのか。
リトアニア商会の行う行動により辛い思いをする者がいる。
高齢者を排除し、国が発展する背景でそれを悲しむ者がいる。
だが大きな利益の陰にはいつだって小さな犠牲は付き物だ、そうして世界は発展してきた筈。
そして発展し過ぎたが為に日本は滅びた。
「俺には……分からない。何が、正しくて、何が間違っているのか」
「シン!何を言っているんだ、こんなのは間違っているだろう。当たり前の幸せを、人の幸せを壊す権利等誰にあってもならない!私は行く。シン、悪いがお前には幻滅した。ここでお別れだ、老君。気を悪くしないでくれ、私がきっとこの国を正しき道へと向かわせる」
「無駄だ……もういいんだ娘さん。あんたまでこの国に関わる事は無い。儂らはここで朽ちるまで。解っていた事さ」
レヴィーナはそんな老人の言葉に強く首を振り、そして最後に笑みを見せて老人の古びた家から駆け出した。
真には一切の目を向けること無く。
レヴィーナがどうやってこの大穴から出るつもりかは分からない。だが真はそんな事を頭の片隅で考えながらもそこから動く事は出来なかったのだ。
「俺が……間違っているのか」
「……未来ある若者よ、主の言う事は最もだ。だが主も何れ歳を重ねて解る事もあるだろうよ。死が……正直言って怖いんだよ。身近に感じれば感じる程にな。それは生き物の本能と言えばそうだがそれ以上にこの世界が尊いと思える。この世界から自分が消えるのだと思うと、もしこの日が最後なのだと考えると……どうしょうもなく寂しくなる。また明日になれば孫の笑った顔が見れるのかと思うとついまた生きたくなったりしてな……だがもう、いい。儂は、主の言う通り儂の大切なものを失ってまで生きたくはないからのう」
老人はまるで一人、自分に言い聞かせるかの様にそう呟いていた。
その姿はどこか儚く、だが命の輝きを確かに持ったかけがえのない一人の人間であった。
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