第95話 そこは異質

 砂上の商店街と呼ぶきべきが相応しいか。

 入り口から全ての街が城内にあるようにも思えるその街。

 

 外気の陽射しを遮断し、光源の全ては恐らく魔力機に依る物。

 昼間の時間帯であったにも関わらず街は薄暗く、人工的な色とりどりの灯りがぼんやりとあちらこちらに点っている。



 そんな見慣れぬ街で真はふと先に行った筈のレヴィーナの姿を探していた。

 彼女はどうやったかあの大穴の集落を一人で出たようだ。


 といってもこの世界には魔法なる力があるのだから幾らでもやりようはあったのだろう。


 真はレヴィーナを追ったわけではないが、あの後直ぐに集落を出る事にした。

 その際に例の兵士二人の息の根を止める事も忘れない。

 リトアニア商会だけでも厄介なのにこれ以上問題を増やすのは御免だからだ。


 それよりも急いだのは彼女、レヴィーナがあそこまで怒りを顕にしていた事からまたしても先走った行動を取り、下手に問題でも起こして王都と思われる街ここが立ち入り禁止にでもなってはかなわないと判断しての事である。


 だが結果何の問題も無く街に入る事は出来、薄暗いとは言っても街行く人々に変わった様子は見られなかった。


 皆一様に涼し気な民族衣装の様なローブや色鮮やかなドレスに身を包み、犇めく露天に並ぶ商品を手に取ったり、あるいは湧き出る噴水広場で談笑して平和に過ごしていた。

 これだけを見ているとリトアニア商会の人身売買や老人を弾き出す国等という事はすっかり忘れてしまいそうになる。




(情報にも……取り敢えずは金か)



 何にせよ先んじてやる事はリトアニア商会についての情報収集。ついでにこの国の事や街の名前、地理などについても把握しておきたい。

 何をするにしても情報は力、だがその情報を引き出すにも多少なりの袖の下が必要になるかもしれない。


 真は自分が曲がりなりにもこの世界のD階級ギルド員だという事を思い出し、目的地を決定したのだった。

















 道行く人々に少しばかりの訝しげな顔を向けられながらも、真はこの城内に存在するギルドの場所を聞き出していた。

 おまけで入手した情報で、ここがやはりリヴィバル王国の王都である事も間違いない様である。


 更におまけの情報で、ここ王都内にはまだ魔力機があまり配備されていない暗がりも多く、知らずにそんな所へ迷い込んだ旅人や子供が攫われると言う事件が多発しているようだとたまたま道を尋ねた男が不敵に笑ってそう言っていたのは思わぬ拾い物であった。



 情報収集を兼ねた労働の為、真はファンデル王都とは比べ物にならない程こじんまりとしたおそらくのギルド内で自らの階級にあった仕事が掲載される筈の掲示板を探す。

 D階級には獣討伐等の報酬の良い仕事は殆ど無く、代わりに街人や商人、薬師館の手伝い的な雑用が多いのはファンデル王都のギルドで学んだ事だ。


 金といっても万が一の時に情報を買う程度の金だけあればいい真にはそれでも構わないと考えていたが、このギルドにはそもそもの掲示板自体が見当たらなかった。



 ギルド内には所々据え置かれた丸テーブルで酒を飲み交わす人相の悪い男達とカウンターで酒の相手をする細身の男がいるだけ。

 ギルドというよりいつかのワイドの街で訪れた酒場のようにも見える。ここは本当にギルドだろうか、そんな疑問を感じながら真は仕方なく前方のカウンターに身を寄せた。




「ここはギルドか?」


「……ん」



 真の声はそんな空間に銀線を張ったかのように響き、周りの人間の言葉を途切れさせた。

 様々な視線が真へと注がれる。

 カウンターの痩せ方の男は真を一瞥し、酒を作り始める。



「あんた……どっから来た?」



 やがてカウンターの向こうで立つ痩せ型の男により作られた酒が、真の横に座る男へと出されるとそのグラスを傾けながら男はふとそう呟いた。



「……ファンデル王都からだ」

「そうかい。因みに階級は何だったんだ?」


「Dだったな」




 真は男の質問の意図するところを計りかねたが、そう答えるなり室内は周りの男達による爆笑に包まれた。

 真に質問を投げかけた男もカウンターに頭を突っ伏しながら肩を揺らす。



「くっくっく……D!Dだとよ……くくく、くはっはっは!こりゃとんだ旅人だ」


「はっはっは、オイオイ……此処を何処だと思ってんだ兄ちゃん」

「そんなに笑ってやるなよ、ここまで来れただけでも褒めてやらねーと」


「あぁ、それもそーだ。ヒッヒッヒ……あぁ久しぶりに面白ぇ。で、そのDの兄ちゃんは何しにここに来たんだ?まさか本当に旅ってか?」




 明らかに他人を見下したそんな嗤い。

 階級が低い事がそんなにおかしいのだろうか、しかしファンデル王都のギルドとは随分と違うこの場所に、真は情報を掴まされたのだと判断し早々と踵を返そうとした。



「どうやら間違ったみたいだ、邪魔した」


「――いや、ここは間違いなくギルド。リヴィバル王都ギルド本部だ」

「?」



 ふと鋭い言葉が真の耳に入る。

 それは低く小さいが、確かにギルドは此処だという言葉で間違いはない。

 その声の主はカウンターの向こうで一つのグラスを拭いながら真に視線を向けていた。





「ファンデル王国から来たなら知らないだろうが……この国のギルドは力が全て。兄さんの様な青二才が遊び半分でやる仕事はないよ。悪い事は言わない、国に戻りな」



「へへへ……ここはよ、暗殺、人攫い、運び、金のいい仕事は何でもやる。そう言う所なんだよ」




 カウンターの二人は真を見ているのか見ていないのか分からない視線でそう言った。

 周りの連中はよくある事なのか、既に真への興味を失った様に再び談笑に浸っていた。


 統率された筈のギルドと言う組織。

 だが国を一つ渡った事でここまで違うのは一体どういう事か。

 ギルドはそこまで管理されてはいないのだろうか、そんな疑問が真の脳裏を過る。



 だが真の目的は一つ、リトアニア商会の中でも獣族を攫う組織アニアリトを潰す事。

 その為に、情報と金を手に入れる為に此処にいるのだ。


 ファンデル王都のギルドとは常軌を逸する程勝手の違うリヴィバル王都のギルドだが、よくよく考えれば真にとってそんな事は些細だった。


 寧ろそんなギルドならば都合がいいとすら思える。


 そこまで考えた真は無言で再びカウンターの痩せ男に歩み寄った。



「……ギルドなら仕事を紹介してくれるか。金はどうでもいい、リトアニア商会に関わる仕事がいい」

「あん?」


「おい兄ちゃん……お前話聞いてなかったのか?ヒヨッコが出来る仕事なんて此処にはねぇんだ。ここの連中は大体B階級って判断された様な連中だ。ファンデル王国の審査は甘いって話だがそこでもDなら話になんねぇ。ここで仕事を失敗した奴が一人でも出りゃ顧客から評判が下んだよ、俺らの食い扶持を減らす気か、ああ?」




「……ギルドが裏の商売みたいな事をやって問題ないのか?」

「あぁ?」



「おい、黙って聞いてりゃしつけーな兄ちゃん」




 真の反応はどうやら周りで酒を飲み交わしている連中の勘にも障っていたらしい。

 丸テーブルに座っていた一人の男が真へと近づき酒臭い口を近付けながら真へと難癖を付ける。



「俺はよ、ファンデル王都でギルド員をやってた事があんだよ。そんときゃBの2だったがここに来てみりゃ一気にC判定さ。今じゃ戻ったがここはあそこみたいに甘かねぇんだよ!」


「そういやボルドーはファンデル出身だったなぁ!何だっけか、パーティの女にお粗末なモンぶち込もとして除名されたんだっけなぁ?ハッハッハ!」

「ウルセェ、デルン!……とにかくここは俺等みてぇなハジキが集まる場所なのさ。小僧はお家に帰って糞してネンネしてな」




 酒の匂いと口臭が混じり不快感が真の鼻孔を満たす。

 こんな事なら嗅覚も遮断しておくべきだったかと場違いな事を考えながらも、だが真は笑みを抑えきれないでいた。


 都合がいい、良すぎると。



 刹那、気付けば真は酒臭い男の首を右手で掴み上げていた。そのまま更に指に力を込め、その男の頸動脈を奥へと押し込む。



「ぐぴゅぴっ」



 咽頭から空気が抜け、肉が潰れるようなおかしな音を出すその男をその場に投げ捨て真はカウンターの男へと再度視線を投げかけた。



「コイツを殺して俺がコレの階級を貰い受けるのはアリか?」

「なっ!?」


「何してんだ、テメェ!!」



 場は騒然としていた。

 酒を手放し立ち上がる者、剣に手をかける者、座ったまま真と床に崩れた男を交互に見ながら呆然とする者。


 カウンターにいた二人の男もそんな真の行動に目を見開き言葉を失っていた。



 異質であった筈のギルド。

 だが今はただその場で一人口角を上げる真だけがむしろ異質に映っていた。

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