第64話 試合開始の合図


 広く明るいとは言いがたい空間。

 大木の幹程はある太さの柱。そこにはいつの間にか多くの人々が詰めている。


 ラフな格好の男女や仰々しい装備に身を包む戦士や中にはルナの様なローブに杖のみと言った若者もちらほら見える。

 受付の長いカウンターにも係員が増員され、行列の参加者を次々と捌いていた。



 真達は各々アリィが経営しているであろう天福商店の装備品を身に付けて人混みの中トーナメント表が貼り出されるのをただ待っていた。



――――あ、あ……えぇ参加者の皆様。これより魔力機にてトーナメント表を映写致します。壁面上部をご覧下さい。



 突如受付の人間が喋っているのだろうか、広大な室内全土に大きく拡声された声が響き渡った。



「……映写?」

「あれは拡声器か、そんな物もあるんだな」


 フレイと真はそれぞれ違う物を対象にそう呟きながら上部の壁面に視線を移す。

 そこにはよく見れば白い版が埋め込んであり、やがてそれがぼんやりと青白く輝いたかと思えば綺麗な文字で書かれた人名と会場場所が映されていた。


 会場がにわかにどよめきを見せる。



「……中空、モニター?とは違うか」

「今はこんな魔力機があるのか……私も知らなかった」



 真は一瞬地球の中空モニターを思い起こしたがそれとは似ても似つかない、単純に嵌められた版に手書きの物が写されただけの簡素な代物だと理解したがフレイはその技術に感動している様であった。



――――ええ皆様反対の壁面上部をご覧下さい。各会場名と場所、現在地を記しております。試合開始は日が真上の刻に合図を行いますのでそれまでに各会場にお越しください。遅れた場合はその会場の審査員により不戦勝とされますのでくれぐれも遅れぬよう御注意下さい。では皆様ご健闘をお祈り致します、願わくば再びこの会場にてお会い出来ます事を。




 拡声器を使った受付がそう締め括ると、集まった参加者達は三々五々目的の会場へと向かうようであった。


 会場はどうやら四つ。ブロックAからDまであり、真の名前は天福商店と言う名と共にブロックAに記載されていた。



「シンはブロックAだな。私は……Bか……一番遠い。ルナは」

「私はブロックDみたいです!」


「そうか、都合よく分かれて良かった。これなら準々決勝まで私達がぶつかる事は無さそうだ」

「……各ブロックから一人、四人準々決勝から入ってくる奴等がいるんだな」



 先日のフレイの話ではシード権を持つ者と当たるのは二回戦だと言う話だったが、トーナメント表を見るにシードの四人は準々決勝から線が交差している。

 つまり各ブロックでの優勝者四人とシード四人がぶつかると言う形だ。



「変わったんだな、随分な待遇だ。よっぽど例年勝ち続けているのかもしれない。シン、負けるなよ?」

「……どうだかな」



 シンはフレイのそんな茶化す様な態度に苦笑いして入り口へと歩みを進めていた。






「お嬢!」

「サンジっ、レスタも……って、お前。杖で……歩けるのか!?」



 入り口付近でフレイを呼ぶ声に視線を向ければ、そこには先日と同じいかにも衛兵らしい格好をしたサンジと、杖に頼ってはいるものの自らの足で立つフレイの弟レスタの姿があった。

 フレイはそんなレスタの姿に驚き、慌てて二人の元へ駆け寄った。


「姉さん、見に来たんだ。サンジさんが一緒ならいいって。それにもうこんなに歩ける!」

「……そうか、良かった、本当に」


「レスタ坊っちゃんが聞かないものですから……昔のお嬢の様ですよ」

「う、私は……そんなだったか」



 そんな三人のやり取りの中、レスタは目を伏せがちにルナの元へと歩み寄る。



「あ、あの……ごめんなさい、僕が変な事、言ったばかりに……でも、勝って下さい!」

「こ、こほんっ!ま、任せなさい。魔導師の凄さを見せて上げるわ」



 レスタの前ではまるで姉の様に強がるルナを微笑ましく眺めながら真もフレイに歩みより、サンジへ軽く挨拶を交わしておく事にした。


「……若いって言うのはいいものです」

「どうでしょうね……若さ故……って言う言葉もあります」



 真はただ感情任せに暴れていた頃の自分を思い返し、思わずサンジにそう返した。


「なるほど……シン殿はなかなか苦労が顔に滲み出ておられる。ですが仲間とは良いものです……人間一人では限界があります故」

「です……ね。俺も最近気付かされました」


「お嬢をお頼みも――」

「サァンジ!!」



 真とサンジの小声の会話に聞き耳を立てていたのかフレイが突如間に割って入ってきた。


「ほらシン、そろそら行くぞ!サンジ、じゃあまた後でな、レスタは任せた」

「ふぅ……はい、お嬢」




「おわっ!?」

「ちょっとっ!?」



 そんな時だった。

 未だぞろぞろとコロッセオから出てくる人間の一人がレスタにぶつかり、そのままバランスを崩したレスタは地面に尻餅を付く。

 ルナはそんなレスタを慌てて介抱しながら、ぶつかってきた戦士風の男を見据えていた。



「坊っちゃん!」

「レスタっ、大丈夫か――――」



「あ、危ないじゃないです……か……」

「……あぁん?邪魔なんだよ、クソガキが。んな所で突っ立ってんじゃねぇ、観戦ならママのおっぱいを吸い終わってからにしな」



 突如ぶつかってきた傍若無人な男のそんな言葉に初めてルナが反抗の異を唱えるが、その表情は明らかに怯えが見てとれた。



「……んだその眼は。クソガキ、ちょっと物を教えてやんねーとか?」


「ルナさんっ、ぼ、僕は大丈夫です……す、すいませんでした。足が悪くて……通り道を邪魔してしまい申し訳ありません」

「……はっ、なんだその杖?……くははっ、ガキとじいさんかっての!ふん、ったくガキとジジイは家でミルクでも啜ってな」



 戦士風の男は好き勝手にルナとレスタへ当たり散らすとそう捨て台詞を残して歩き去ろうとしていた。



「我慢なりません、お嬢、失敬!」

「待てサンジッ!」


 怒りに震えたサンジが男の元へ突き進もうとしたのを素早く察知したフレイが身体全体でそれを抑える。


「私も……私も耐えている。レスタは成長した……それを台無しにするな……シンを見てみろ。夥しい程の殺気だ、それを抑えている」



 真はそんなフレイの言葉にはてと言った気持ちであるが、確かに手を出すまででもないと判断していた。

 ルナの怒りに満ちた感情にも驚いたが、レスタの対応も然り。確かにフレイの言う通りだと真はレスタに領主の器を見出だしていたのだった。
















 その後、真とフレイはそれぞれの試合会場へと向かい、ルナ、サンジ、レスタの三人はルナの試合を観戦すると言う事でブロックDへと向かった。



 真の試合会場であるブロックA。

 人一人の高さと直径100mはある円形の石台の周りは大勢の観衆と思しき人々の熱気の渦で包まれている。


 コロッセオ程広くはないがそれでも広い敷地に真は魅入られた。


 これからここで熱い戦いが繰り広げられる。

 いつしか真は地球での試合を思い出し、自然と沸き上がるアドレナリンを必死で抑えつけていた。



「選手の方は此方にお集まりくださーい!」


 拡声された声に導かれ、真は様々な装備を身に纏う参加者達の中へと身を寄せたのだった。






 ざわめく外周。

 日の光を受け、熱される円形の石台。

 互いを睨み合い、或いは談笑し合い、又或いは緊張からか俯く試合参加者達。


 やがてコロッセオの方角から轟音と共に光の球が上がり上空で華やかに弾けた。

 恐らくは魔力機による炎弾、そして即ちそれは試合開始の合図だった。



「ではこれよりブロックAの試合を開始させて頂きまぁぁぁすっっ!実況は私ピエールっ、ご来場の皆様、此度に集まる勇猛果敢な戦士達に盛大な拍手を!」

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