第58話 スポンサーは露店商女



 翌日。

 真、フレイ、ルナの三人はザイールの街へと繰り出していた。

 目的は勿論ザイールトーナメントである。


 提携している店舗で援助を受け、その店で登録章を受け取ってからザイールトーナメントへの出場登録が可能となるシステム。


 ザイールの街にある店舗と言う店舗は殆んど提携し合っている様なので出場者は目ぼしい武具店か魔力機店を見つけて交渉すればいいようである。



「そう言えば結局親父さんとやらは帰ってこなかったな、会えるまでここに滞在するか?」



 フレイの父親でありこの街の領主でもあるブランタは結局昨日中に帰ってくる事は無かった。

 この分ではザイールトーナメントが終わるまでは戻って来ないかもしれないと言うのがメイド、クローアの見解である。

 ザイールトーナメントは今日までが登録期間、明日から二日間に渡って試合が行われる。だがその間の宿泊先は登録店舗によって指定されるので父親に会うまで滞在するとしたら三日以上はここにいなければならない。



「あぁ……まあ確かに話したい事も無くはないと言うのが正直な所ではあるな。と言ってもトーナメントで準準決勝位まで行けば本会場で試合だ、父も観戦しているだろうからそれはそれでなかなか乙な再会かもしれないな」


「そんなもんか……」



 十年ぶりの親子の再会がトーナメントの開催会場内と言うのもフレイらしいと言えばそうなのかもしれないが、幼くして両親を失った真にはそんな関係性までを深く考える気にはならなかった。






 街は露天商と様々な装備を纏った戦士風の男や女は勿論の事、一般の人々も行き交い相変わらずの賑わいを見せていた。

 この中から店舗を見繕いトーナメントのスポンサーを見付ける事になる。



「とりあえずは大手から行くとするか」

「はぁ……ドキドキします」



 ルナは緊張の面持ちで真とフレイの後ろを歩く。

 まだ何も始まってはいないのだが、あまり戦闘経験の無いであろうルナにしてみればそんな心持ちになるのも分からないではない。

 やがてフレイは他よりも一際大きめの建物へと入る事に決めていた。店舗内は武具店と言うよりも家具店かと思わせる様な見た目にも高級と解る装飾品やカウンターに椅子と言った物が几帳面に配置されていた。



「すまない、トーナメントへ出場したいんだがまだ空きはあるか?」


「いらっしゃいませ……え、トーナメント、ですか?…………少々お待ちください」



 カウンター越しに立つ接客担当なのだろう女はにこやかな笑みを崩し、フレイに少し待てと言い残してバックヤードへと消えていく。

 やがて何処かで見たような格好をした恰幅の良い男が、先程の受付の女と共に怠そうな面持ちでカウンターへ出て来た。



「…………ふん、またトーナメント希望か。あんた名前は」

「ん、ああ、フレイ=フォーレスだ」



 恰幅の良い男はそれを聞いているのか聞いていないのか、首を鳴らしながら何やら書類に目を通す。



「ここ二、三年の準決勝以上出場者にそんな名前は無いな……悪いがウチは一杯だ、他を当たってくれ」


 その男の言葉は明らかに前歴を考慮し人選している様に見えた。つまりは一杯等ではないが勝てる見込みの少ない人間をバックアップするつもりは毛頭無いと言う事を何の引け目も無く言っているのだ。



「っ、私は随分昔にはなるが準準決勝までは行った事もある。十二の頃だ」

「…………準準決勝?十二で?ふん、そんな事を言う輩をいちいち相手にしてられる程ウチは暇じゃあ無いんだよ。まぁウチの物をさぞかし買っていける程のあれがあるなら店を見せる位は構わんがな、とにかくウチは一杯だ」



 男はそう言うとフレイに興味を失ったかの様な態度で後を受付の女に任せると、再びバックヤードへと消えて行った。


「く……もういい、他を当たる」


「……ありがとうございました」




 明らかに苛々するフレイと挙動不審なルナに続いて真も店を後にする。

 こんな態度の店があると言うのも驚きだが、店の雰囲気が傲慢さを如実に現している事に真は少し笑ってしまった。



「……くっ、質が良いのは物だけだな。人間の質はなまくら以下だ」

「随分といい態度だな、接客する気があるようには見えなかった」



 大分苛立っているフレイを宥めようと真は努めて気軽に声をかける。



「あぁ……まぁ大手のリトアニア商会だけに仕方ないのかもしれない。だがギルドにも武器を卸しているだけあって質はいい筈なんだ。当時は世話になったんだがな……それも父の権力ちからだったんだと改めて認識させられたよ」



 今の店がリトアニア商会だったと聞いて真は一瞬緊張を覚えたが今更である。

 フレイは当時出場した際はリトアニア商会がスポンサーに付いていた為今回もこの店を選んだのだろうが、自分が領主の娘だと言う事を言わない辺りはやはり自分の力だけで今は事を成したい様にも思える。



「あんなお店選ばなくて正解ですよ、フレイさん。他に行きましょう!私は嫌いです」

「ふ……そうだな、実力で行けばいい。次はもっと廃れた所にしよう」



 極端とも取れるフレイの言葉に何処かリトアニア商会への嫌がらせをしたいのかとも思えたが、真は端から素手で行くと決めていたのでスポンサーに関しては半ばどうでもよかったのであった。














 それからも実績の認められない上、女であるフレイとルナは尽くあらゆる店から断られていた。

 希に真だけは良いと言われた店もあるにはあったが、三人で纏めて同じ店舗登録する方が面倒が無くて良いと判断した真はそれを断り、一行は結果として激しく客引きをする露天商の一人の元で足を止める羽目になったのである。



「お客さんお客さんっ!どう、ウチでトーナメント出てみないぃ?ね、お願い!お願いします!」



 露天商の殆んどはトーナメントより普通の客を相手にこの賑わいを利用して商売する者が多い様に伺えたが、この露天商人の少女だけはやたらとトーナメントに誘ってくるので真達も話を聞かざるを得なかったのである。

 だが獣の皮か何かで敷かれた上に並ぶ物はほんの僅か、古くさい細身の剣が2本に簡単な防具とも衣服とも言えない物が幾つかあるだけ。よくこれで客引きなんて出来た物だと思いたくなる程だ。



「そう、言われても……これではな」


「あ、このローブ可愛いですね!」

「おっ、お嬢さん見る目あるっ!これはノルランドに出回る民族衣装でね、ほら、ここのブローチ、これは風の魔力結石。体が軽くなるって代物っ!どう?って……まさかお嬢さんも出場……?」



 お嬢さんとルナの事を気安く呼ぶ赤髪の露天商少女、その年の頃はルナと然程変わらない様にも思える。


「あ、えと……はい、一応……」

「うぅん……?大丈夫ぅ?トーナメントは荒くれ者が集まるんだよ?」


「分かってトーナメント出場者をスカウトするならもう少しまともな武具を扱ったらどうなんだ?これじゃあ本当の実戦では使い物にならないぞ」

「はっ!なっ、何ぃ!?はぁ!?ウチの物はどれも限定品よ、見た目はあれだけど……凄いんだから!そんなのも分からないなんて貴女も大した事ないね!ただ胸が大きいだけっ!」


「なっ、何だとっ!?」



 何故かヒートアップするフレイと露天商女。

 ぽつぽつと人が行き交う街道の端で二人の小競り合いは続いていた。



「もう良いんじゃないか此処で」

「シンっ!」


「おおっ!お兄さんっ、流石だね!さっきからずっと格好いいって思ってたんだ、よっ、男前、このスケコマシ、魔男!」



 その露天商女の言葉がとても誉め言葉には思えなかった真ではあるが、今日中にスポンサーを決めなければトーナメントに出場する事すら叶わない。


「俺からしたらどの店も正直ガラクタにしか見えない。俺は素手でいい」


「な、え、お兄さん素手でトーナメント出る気!?……乳でか短気に、子供に、クレイジー野郎……ちょっと声かける人間違ったかなぁ」

「聞こえてるぞ、まあシンがそう言うなら構わないが……しかし素手はいくら何でも無理があるぞ。それに……私とシンは良いとしてルナの杖がここには無いしな」



 露天商女が並べる物の中にルナが持つ様な杖はない。防具と言える物はあるから良いとしても持ち込み装備が禁止である以上ルナはどうなるのかと言う事が問題であった。


「わ、私は大丈夫……です、杖が無くても魔力は使えますし。多少力の大きさとか制御に時間が掛かるかもしれませんけど……」


「あっ!それなら大丈夫っ、その子の杖はウチの商品として申請しておくからっ!」

「何っ、そんな事が許されるのか!?」



 自前の武器を商人が自分の店の商品だとして登録する。確かに誰もそんな事実に気付く者もそれを調べようとする者も居ないのだろう、相変わらず抜け道の多いシステムだがどちらにせよ大した問題では無いような気もする真である。

 そもそも店舗がスポンサーに付くのはトーナメントで成績を残した人間は何処何処の店の商品を使っていましたと言う付加価値が欲しいだけなのだ。仮に売っていない商品を試合で使われて、その者が成績を残し、あの武器が欲しいと言う客が店に現れても売り切れたとか何とか理由をつければ終わる話なのだ。その辺りは店側の経営方針に任せるべき事である。



「このままじゃ誰もウチで登録してくれないし……何でもやっちゃう!もう貴方達でいいから好きなの選んで!」

「トーナメントはこんな物なのか……父も随分と適当にやっている。しかし選ぶも何も大して何も無いじゃないか」


「俺は何も要らないな、全部私物で登録してくれ」

「あ、わ、私はそのローブがいいです」




「…………はぁ。また変なのに声かけちゃったな……プラチナ失敗したかも」




 何処かで聞いたような単語を吐く少女を他所にフレイは2本の細剣を見比べ、ルナは風の魔力結石が付く緑色の民族衣装を手に取る。


 真はそんな三人には関心無さげにただ沈み行く太陽が染める空を見上げていた。

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