第57話 平和な食卓


「……改めてありがとう、フレイ姉さん。それに、御二人も……後は僕の仕事だね、直ぐに歩いて見せるよ」


「母君もさぞかしお喜びになるな、お前の体早く見せてやらなければ。父も手放しで喜ぶに違いない!私も十年旅した甲斐がある」



 バジリスクの効能はあるが、生まれてから一度も動かしていない足にはあまり筋肉が無い為まだ長くは歩けないレスタ。

 そんな車椅子に乗ったレスタと共に三人は再びレスタの部屋へと戻って来ていた。



 警備長のサンジはバジリスクの眼球とレスタの状態に喜びながらも何か気乗りしない様子で母親だと言う女、レスマリアに事態を説明しに向かい、メイドのクローアは食事と宴の準備を早速進める様で小走りに一階へと降りて行った。



「母上は…………どう、かな。姉さんもサンジさんから聞いたでしょう?母上はもう、僕には興味が無い」

「サンジ、から?いやそんな事はないさ。寧ろレスタを何よりも大事に思っているさ、こうやって足が治ると判れば尚更……父も跡継ぎにレスタを遠慮無く選べる」


「僕はっ……姉さんこそこのザイールを治めるのに相応しいと思っている、父上もそう思っていたに違いないんだ。母上はそれが……気に入らなかった、フレイ姉さんが……レイ=フォーレスの……あの人の子供だから」

「……レスタ!?」



 自虐的にも思えるレスタの発言、だがレスタが責めているのは自分の為に十年と言う時間を使って旅をした姉ではなく、どうやらフレイの本当の母ではないと言うレスタの母レスマリアの様であった。

 何とも言い難い空気の中、真はただ黙って天井の造りを注視し、ルナはそんなやり取りをおろおろしながら見詰めていた。



「レスタ……知っていたんだな、でも私は本当にお前が継ぐべきだと思っているんだ。レスタにはそれだけの器がある」


「そんな事は……それに、それに……姉さんの母上の病気は――――」

「言うなッ!」



 フレイは何かを言おうとするレスタをいつかに見せた剣幕で怒鳴り飛ばし、それ以上の発言を許さなかった。

 大切だと言う弟に初めて見せるフレイの怒声、それにどんな意味があるのか真には分からない。

 だがこの家には何か深い事情がある事だけはこの数時間の様々な会話で少しながら分かった気がしていた。







 やがて日は落ち、今晩は宴となったがどうやら父親であるブランタ=フォーレスは現れない様であった。

 それだけでは無く、レスタの母レスマリア=フォーレスも部屋に閉じ籠ったまま出て来ないと言う。状態を見に行くと出ていったフレイも戻ってきた時にはあまり芳しくない表情であった事からあまりいい関係ではないのだろう。



 奇跡的な息子の回復に集まったのが結局姉のフレイと見知らぬ真とルナだけ。

 そんな状態にフレイは少しでも賑やかにしようと屋敷中に詰めるメイドと警備員を集めたのだった。


 レスタはそんな父と母がいない状況でもフレイがいるせいか、楽しげな表情で皆と語らい合っていた。



「しかしこんな場に私達の様な外役がいていいものか……」

「それを言ったら私達メイドもそうですよ、サンジ。旦那様が帰ってこの場を見られたら何と仰るか……」


「サンジ、クローア、気にする事はない。これは私とレスタの命令だ。それに……食事は大勢の方が楽しいだろう?」



 メイド長であるクローア率いる他のメイド達もどこか気まずい様子であったが、門番をしていた若い警備員達の遠慮無い食事風景に少しばかり釣られる様にポツポツと自分達が用意した料理に手をつけていた。



――――うまいなぁ

――――あ、あぁこんな旨い飯が食えるとは御客人は大切にしなければ


「お前らっ!少しは遠慮せんかっ……全く、仕える領家に対して何たる所作か……はぁ、先が思いやられますわい。お嬢、この若者共にどうか寛大な御心持ちを」

「サンジ、いいから止めないか。皆で楽しくやりたい、レスタの足が治るんだぞ?こんなにめでたい日が他にあるか?そもそも父は何故帰ってこないんだ……普段からこうなのか?だから母君も心を患われたのかもしれない」




 最近は外出が多いと言う領主ブランタ=フォーレス。ここ数日はザイールトーナメントの催し準備でかかりきりだと言うが、明日が受付締切日と言う事で戻ってこれないのではないかと言う話であった。

 ともかく今日はこの屋敷で夜を明かす為の部屋が空いているとの事で真達はそれに甘える事になっている。



「そうだ姉さん、姉さんもトーナメント出ないの?昔出たってサンジさんから聞いたんだ、僕はまだ小さかったから見れなかったけど……」


「そうそう、お嬢の腕はなかなかでしたな。あと少しで準決勝、あの時はもう少し身長があれば届いていた一撃でした。今のお嬢ならあるいは優勝も叶うかもしれませぬな!」



――――ザイールトーナメントってまさか……

――――そう言えば12の少女が昔活躍したとかって……




 食卓がフレイの話題でにわかにざわついていた。当のフレイもどうやら満更でも無さそうではあったが、片手を降りながらやめてくれと恥ずかしそうにしていた。

 恐らく自分では納得の結果ではなかったのだろう。



「今でもどうかな、上には上がいる……そうだ、シン。お前なら意外に行けるかもしれないな、バジリスクの一件もしかり……もしブルーオーガを単騎で殺ったと言うなら既にそれはギルド員でもA級クラスだろう」



 突然話題を自分に向けられた真は、皆の視線を一身に受けながら手に持った葡萄酒を傾けたまま停止した。


「ブルーオーガをお一人で……それは本当ですかシン殿?」

「え、あ、まぁ……多分」


「本当ですよ!シンさ……シン兄様は一人でブルーオーガの軍勢をあっという間に切り伏せたんです!」

「な、なんですと!ブルーオーガの軍勢!?それを単騎で……?そもそもブルーオーガが群れを成して何処かを襲うなど聞いた事も……」



 ルナの真を呼ぶ呼び方が当初の予定であるシン兄さんからシン兄様に変換されていたが、そこにいちいち突っ込む気にはなれなかった真である。

 それよりもブルーオーガと言うあの化物がそこまで危険な物ならば自分はどうやら随分と目立つ行動を取ってしまったとあの時の事が少しばかり悔やまれていた。


 しかも真がそのブルーオーガを倒せたのは何を隠そう真のいた地球の科学技術を駆使して初めて成せた事。

 実際にこの世界にある鉄の塊の様な物でそれをやれと言われてもそれは無理があるかもしれないとギルドの試験でシグエーに剣を持たされて嫌と言う程感じさせられた。



「どうだシン?トーナメント、出てみるか?」

「……トーナメントか、ルールはどうなってる?マナだの刃物だのがあるって事は殺し合いなのか?」



 トーナメントと聞いて少しの血が騒ぐのは確かであるが、もし殺し合いだとしたらそれはどうなのか。過去に負けたフレイが生きている事からそこまで大袈裟では無いのかもしれないが、自分が科学技術を使えばそれは相手をどうやっても殺しかねないと真は考えていた。



「はは、相手を殺してしまえばそれは反則負けだ。こんな催しの場で人を殺める等死罪に等しいぞ、誰も好き好んでそんな事をしたりはしないさ。フィールド上で戦う、場外か審判の判断で勝敗の決定だ。武器、魔力機、魔力結石は援助する店次第だな、持ち込みは許されない」



「……そうか、店が援助してそいつが成績を残せば店の売り上げに繋がるんだったな。じゃあ魔導師はどうなる?」



 この世界の武器を使うと言う事は真にとって不利である事は否めない。だが殺し合いではないと言うならそれは格闘大会と同じ、結局は只の娯楽と地域の活性化が目的なのだろう。

 ただその場合ルナの様な何の道具も使用しない人間はどうなるのか、真は興味本意で色々とフレイに質問をぶつけてみる。



「魔導師も参加できるぞ、魔力結石を扱うのと同じだからな。店側も防具を用意してくれるはずだ。何なら素手で挑む空け者もいる位だ」


「じゃあルナさんも参加するの?」

「へっ!?あ、わ、私っ!?」




 ルナを巻き込むつもりは無かったのだが、自分の質問がこうまでレスタの目を輝かせてしまった事を真は少しばかり申し訳ないと感じたが、当のルナもどうやらレスタに良い所を見せたいのか意を決した表情で私も出ますとフレイに発言していた。



「レスタ、女に戦わせて自分は観戦等……男としての恥を知れ。全く……」

「い、いえ!フレイさん!私もやります!自分の力を試してみたい、私……いつもフレイさんにもシン兄様にも迷惑ばかりかけて……勝てるかは分からないけど……」



 フレイのレスタへ対する睨みは中々に鋭かったが、ルナもレスタと言う同い年の後輩を前に引くに引けない様であった。

 思い悩むフレイ、だが殺しが無いのならそこまで心配は要らないだろうと判断した真はルナを押してやる事にした。


「フレイ、やらせてやったらどうだ?たまにはルナにも活躍させてやってくれ」

「へっ!?そ、そんなに私は……」


「ううむ……そうだな、たまには活躍させてやるか」

「フレイさんまでっ!むむむ……負けませんから!私っ」



 そんなやり取りに食卓はいつの間にか笑いの渦に包まれていた。

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