第20話 ファンデル王都ギルドの夜

夜も更け夜空に煌めく宝石が散りばめられる時刻。


「お疲れ様ネイル、これから夕食どう?イルトの方に新しいお店が出来たらしいの、今日行ってみようと思うんだけど」


 ファンデル王国の紋章が刺繍された朱色の制服から、そこそこ上物である事が分かる白のドレスローブに着替えた女がそこにいた。


「お疲れ様ユーリ、今日私当直だから」


「……あ、そっか、そう言えばそうだった。この仕事も考え物よね。こんな夜更けまで仕事させられたら美肌が保てなくなっちゃうっ、格好いい騎士様みたいな人がいれば別だけどここじゃむさ苦しい男ばっかり」



 ファンデル国王都の城下町は広く、北のノルト南のサルト、そして東のイルトと西のウェルトと区域分けされている。

 だがギルドは一つ、ここ南のサルト地区にしか無い。


 ネイル=フレグランスはそんなファンデル国王都生まれ、王都育ちのギルド官だ。

 その仕事は主に受付でのギルド員の対応と書類整理。ギルド官には他にギルド員の飯の種となる獣の部位やその他諸々を買い取る様な仕事や階級試験に携わる者、国との連絡係やギルド官のシフト管理を行う者もいる。


 ギルド官と言う仕事は今や国の傭兵、騎士に次ぐ程高位な仕事であり安定した給金が国から保証される数少ない職業であるが、こうしてただ毎日戦いの中に身を起き一攫千金を狙う様な知性の欠片も無い男達の相手をする事にネイルだけでなく他の受付係の女も辟易していた。



 そんな彼女達の唯一の癒しと言えば、こう言った仕事終わりの愚痴であったりお洒落なお店で美味しい物を食べたり飲んだり、美に給金の半分を費やしいつか王族貴族や国に使える騎士に娶られる準備をする事位であった。


 そんなユーリの愚痴をいつもの様に大方人気の無くなったギルド内でネイルは聞きながら、二階のロビーに灯りを供給する魔力機を停止させる。


「じゃあ、頑張ってねネイル。適当に肌の手入れでもしてればすぐに朝よ」

「そうね、分かってるわ」



 じゃあと言ってネイルと同時期に此処へ配属されたユーリは、浮かれた様子の表情をしながらボーナスで買ったと言う竜鱗で出来た赤いクラッチバッグを肩に提げてギルドを出ていった。



「……はぁ、早く朝にならないかな」


 ボソッと一人呟くネイル。

 ギルドの受付にはネイル一人、夜のギルドに人入りは少ない。

 だがそれでも緊急依頼はあるし、期限付きの依頼でギリギリに飛び込んでくるギルド員もいる。 

 そんな時の為に此処では最低限の人員配置で夜を過ごすのだ。

 ただいざと言う時の為、実力のあるギルド官や治療専門の人間が受付の他に一人待機する事になっているので現在このギルドは二人の人間で回っている事になる。


「さてと……今日期限の依頼は……二件ね」



 ネイルは一人最後の書類整理を行う事にした。期限が今日の夜である依頼が三件、誰も請ける人間がいないとその依頼は一度破棄され依頼者に内容の変更を求めたりする手紙を送らなければならないのだ、ネイルはその内容に目を通す。


 猫を探して欲しいと言う依頼、報酬は銅貨一枚。何処かの子供だろうが健気な依頼であるとネイルは思った、ただここは一攫千金を狙う者達が犇めく場所。いくら階級が低いギルド員であってもこれを受ける者はいないだろう。

 そんな事を思いながら次の依頼へ目を通そうとした時、背後で扉の開く音がした。



「ふんふんふふーんっ」


 何やら鼻唄を歌いながら上機嫌に上半身を裸でロビーを歩く緑髪の男。



「……何やら上機嫌ね、シグエー」

「お、何だ今日の当直はネイルちゃんか。その呼び方は止めてくれないか、親近感が無いじゃないか。ハイライトと呼んでくれ」



 ハイライト=シグエー、試験官として此処へ配属された彼はギルド員で言う所のAの一階級と同等の実力者であり、ネイルと同期でもあるこの男は上半身から湯気を上げながらネイルにそう言った。

 恐らく試験部屋で一人訓練でもしていたのだろうとネイルはそんなハイライトの姿を見て悟った。


「……自主訓練なんて珍しいわね、今なら暇だから飲み物位出してあげるわよ?」

「ネイルちゃんからの飲み物なんて嬉しい限りだね、今日はついてる」


 そんなハイライトの言葉を耳に留めながらネイルは二階のロビーへと上がる。

 冷たい水をグラスに注ぎ、自分の分である温かいカフェインを注いでハイライトに水を渡してやった。

 あくまで自分が飲みたかった為のついででしかないのだ。


「……かぁあ!訓練の後の天然水は格別だな」

「で、何か嬉しそうだけど?」


「うん、今日は久し振りにいい人材に出会ってね……ちょっと変わった青年なんだけどさ、あれは強くなるよ……と言うか不覚にも、敗けた」

「敗け、た…………って、誰に?」



 ここに配属されてから試験官であるハイライトが現場に赴く事など殆ど無かった。

 過去に人手不足で現場へ行った事もあったがハイライトが後手に回った事など聞いたことがない。

 それだけ彼の実力は認められているのだ。


「……今日Dの三級ギルド員に成った人間にさ。と言っても僕がそうした訳だけど」


 今日ギルド員になったと言う事は即ち今日登録の為にハイライトに試験された者と言う事だ。


「確か……シンって言ったかな、勿体ないな。本当ならB級位は上げたかった、それに多分……久しぶりの同胞だ」



 同胞と言う言葉にネイルは暫く考える時間を要した。

 ハイライトの出身は南のリヴァイバル王国、そして今日ギルド登録を行った新規の者は……とネイルは書類に目を通す。

 二人今日付けでギルド員に成った人間がいた。


「……シン」


 情報には南辺境の地としか書かれていなかったが、夕刻に知り合いのギルド員フレイ=フォーレスと連れだって現れた青年をネイルは記憶の中から引き出していた。


 何処かおどおどした様子でフレイの後に付いて来ていた青年、だがこれからギルドに登録すると言うのにその青年は既に何かの風格すら感じさせる落ち着きが目の奥にはあったような気がする。

 ネイルは数年を此処で過ごし、数々の戦う男達を見てその人間がどの程度の器であるかを多少なりとも判断出来るようになっていた。


 ネイルの記憶にも残るシンと言う男、不思議な雰囲気を纏うそんな彼を一日百人近くのギルド員を相手にするネイルが覚えていたと言う事それ自体、ネイル自身が知らずの内に内心で彼を評価していたと言う事に他ならない。



「……ま、でも彼にはあまり向上心が見られない。ギルド員として、それは致命的だ」

「そんな人達いくらでもいるじゃない」


 ネイルは実力者とパーティを組みながらピンハネされ、十分な報酬の分け前も貰えずにそれでも楽に稼げるからいいと言うような心持ちのギルド員を嫌と言う程知っている。

 だからと言って自分も安定性を求めてここに居るのだから一概にそう言った人間達を卑下する事も出来ないでいた。



「彼には……そうなって欲しくないのさ」


 ハイライトがこんなに誰かに固執する等珍しいと感じながら、飲み終わったグラスをカウンターに置いて再び待機部屋に戻るであろうハイライトの背中をネイルは見詰めていた。



「……飲んだものは自分で片付けてよ」

「……今格好よく去ろうとした所だったのに」



 ハイライトは頭を掻きながら渋々と言った様子で二階のロビーへと向かった。



「シンね……」


 それが一体どんな人物なのか、ネイルは何となく彼の姿を思い出しながら再び書類へと目を落とす。

 残った期限切れの依頼、ブルーオーガの討伐、報酬はたったの銀貨五十枚。依頼は辺境の村らしいがこんな報酬で相手に出来る様な魔物なのだろうか、誰も請ける者がいない辺り安すぎる気もするがネイルは疑問に思いハイライトに尋ねる事にした。



「ねぇ、ブルーオーガって銀貨五十枚程度の物なの?」

「……ん?ブルーオーガ?そんな魔物こっちに来てからはあんまり聞かないな、けどそもそも魔物の討伐に銀貨は無いだろう。ブルーオーガに限っては水と火の魔力マナに耐性がある、僕ならその報酬でやらされるのはゴメンだね」


「……よね」



 当たり前の事だったとネイルはハイライトに無駄話を振った事を後悔した。

 魔物の討伐など普通は金貨数十から数百、それに部位採取の報酬が別に出れば白金貨にまで届く事もある筈なのだ。

 普通はパーティを組んで討伐に向かうであろうから銀貨五十枚程度では割に合わないのは自明の理である。



「これ……辺境の村って何処よ」


 連絡先が定かでなければ手紙を送ることすら出来ない。

 どうせ誰も請けないのだ、それにこの村が魔物に困っているとしてこの依頼が出されたのは数年前。期限切れもいい所だ、何処か他のギルドにでも依頼している可能性が高い。

 でなければ今頃村など壊滅しているだろうとネイルは判断し、その依頼を破棄する事にした。


 手元のファイルを元に、破棄する予定の依頼書を掲示板から捜し取り外す。

 二件とも階級不問の場所に貼られていた。

 ファイルにもよく見ればそう書いてある。


「……魔物討伐が階級不問じゃ無理もないわね、何処のずぼら担当者が受付したのよ」


 階級不問の掲示板等階級の高いギルド員はわざわざ見たりしない。

 だからこそ今までこの依頼が請けられる事が無かったのかもとネイルはそれを過去に提言しなかった担当者に言ってやりたかった。


 たとえ報酬は安くとも階級の高いギルド員の中にはただ強い者と戦いたいと言う酔狂な輩もいる。だからこそこの依頼は高い階級の掲示板へと張るべきだったのだ。

 今後は報酬別に掲示板を貼り変える案を上に出してみようか、とそんな事を考えながらネイルはその依頼書を破って破棄したのだった。










「……ックシュン!……誰かに噂されてるのかしら」


 ユーリは自分がもしかしたら城下町の騎士に、あの子可愛いなとでも言われてる事を妄想しながらオープンしたての噂のレストランへと足軽く入って行った。


 まさか同期で親友のネイルからずぼらと言われている事など誰も知る由は無い。

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