第36話
「言いたくないなら、別に。水森が言わなくてもおれはわかってるし」
心を読んでるのか? みたいな返答されたら、思わず懺悔しなきゃいけない気持ちになる。
何を知ってるっていうんだ、なんて聞いたらヤブヘビだろう。聞きたいのは山々だけれど。
「カマをかけようとしてる?」
この発言自体、何かあると言っているようなものだ、既に。
おそるおそる聞くと、早瀬はちらりと振り返り笑う。よく笑ってくれるようになったよなぁ。
「だから、おれは別に聞かなくてもわかってるから。ただ、水森が言った方が楽になるんじゃないか? っていうだけ」
ホントかなぁ。
「おれは自分から口にしてやるほど親切じゃないよ?」
それだけ言うと、早瀬は窓の外に目を移す。
例えば、ホントに知っているとして。それでこう持ちかけてくるっていうのは、実はものすごい親切っていうか、やさしいというか。
いや、やさしいのは、わかってるんだけど。よく。
でも逆に、ぜんぜんお互い見当違いしてて。それにも関わらず懺悔したら、かなりまずい結果になると思う。
自分的に。割とかなりサイテーだとは自覚してるし。
早瀬は小さな吐息をこぼし、こちらに向き直る。
「じゃ、保留。水森が言いたくなった時にはいつでもどうぞ。もう、おれからは振らないので」
ちょっと意地悪くも見える笑み。
こういうとこ、実は結構好きな感じだ。
けど、そんな風に言われたら、絶対に自白しなきゃいけないような気になる。
何の前振りもなく、自分から言い出すことなんて絶対出来ないだろう。
今後、もし、黙っているのがつらくなっても。
言ったとしたら、楽になれるだろうか。
その辺もわかっててカマかけてるんだったらイヤだなぁ。
「だって、今更」
頬杖ついて、早瀬の姿を視界にいれないようにして呟く。
当初から言えるわけなかったけれど。今ならますます言えない。
軽蔑されても、おかしくない。
そうされたくない程度には、好きなんだから。
「今更、腹立てたりしない。他の誰かにばらしたりもしないし」
椅子に座る気配。
やさしい言葉に、簡単につられるほど言い易いことじゃない。
言いよどんでいると、ため息が届く。
「しょうがないな。……あのさ、水森がそうじゃなければ、水森と口聞いたりはしなかったかな、おれは」
……ん?
「だから、おれとしては水森がそうであってよかったと思ってるよ」
ねぇ。それ。ホントにわかってるの?
「早瀬、それ、私にとって都合が良すぎるんだけど」
目が合う。
「水森の、そういう妙に真面目な所はけっこう好きだよ」
思わず立ち上がる。
ちょっと、待って。
しばらくすると、ノドをふるわせるような、音にならない笑い声が届く。
「大丈夫、恋愛感情じゃないよ」
こんな風にいうということは、やっぱりわかってるってことだろう。
「……いつから、気付いてた?」
何をかは口に出来ないまま、尋ねてみる。
「最初から」
ぼそりと呟かれた言葉に、脱力して座る。
「最初って、最初?」
あの、屋上の告白の時からってこと?
「気付く、普通」
早瀬は渋面をつくる。
そう? 早瀬が聡すぎるだけじゃなくて?
「ごめん。でも、早瀬に興味あったのはホントだよ」
「確定的な言葉、避けてるだろ?」
ひそめられる眉。
だって。
「……ごめん」
口にするのは、まだちょっと勇気がない。自分勝手だけど。
「ちゃんと言ったら、ゆるす」
ちょっと意地悪な笑顔のまま早瀬は続ける。
「早瀬、性格変わったよね」
こんなこというタイプだとは思わなかったし。
かぶっていた猫がはがれて来たのか?
「水森もはじめ告白してきた頃に比べたらずいぶん逃げ腰になったと思うけど?」
逆襲してくるし。
だいたい、初めの頃なんて、長い文章でしゃべってくれなったし。そういうとこ、かわらないと思ってたから。
今は割と、かなりやさしいところもわかってて、このままの関係は続けていけたらと思ってる。
自分のまいたタネだけど、だから。
「早瀬なら絶対断ると思ってた。相手にしないと思った、ぜったい。じゃなかったら、好きだなんて告白しなかった」
一年間、同じクラスで、見てただけだけど、なんとなくそう感じてた。
興味があって、ちゃんと話してみたいな、とは思ったけれど。それ以上の感情はなかった。
「なんかの罰ゲームでやらされてるのかと、初めは思った」
「ごめん」
怒った風でもなく、普通の、どちらかといえばやわらかめの声音で言われて、かえって居心地が悪くなる。
「あやまらなくて良い、別に。……どちらかというと、水森、ハズレ引いたよなとは、思ってるくらいだ」
ハズレって。
「都とか、要とか、めんどくさいのまでずるずる引っ張り出すことになっただろ。それにきっちり嵌ってる辺り、水森も鈍くさいんだろうけど」
あれ、かわせるの? なんか、うまい逃れ方、あった?
っていうか、鈍くさいって評価はどうなの?
「水森は罰ゲームでもないのに、なんであんなこと言ったんだ?」
考え込んでいるところを、ひょいと全く別のことを言われて一瞬固まる。
「…………ふしぎで」
どう逃れようか、束の間悩んで、そして漏らす。
もう、いいや。早瀬なら。っていうか、ここまで来たら言っておかなきゃ、ダメだろうし。
ただ黙って続きを待つ早瀬から目を逸らして、ぽそぽそとこぼす。
「みんな、どうやって誰かを好きになるんだろうって。イマイチ、わかんなくて。そういうの」
みんな、レンアイ話、楽しそうにしてるのに。
まじれないのが寂しいとかそういうのでもなくて、ちょっとこのままだと不味いんじゃないかと思って。どっかに欠陥があるんじゃないの? とも思ったり。
「だから、とりあえず……好きって言ってればそういう気持ちになるかなって試してみてたっていうか……ほんとに、早瀬にしてみればいい迷惑だろうけど」
結局、わかんないままなんだけれど。
吐き出しきると、大きなため息が返って来る。
「安直」
うん。返す言葉ない。さすがに。でも、他に方法思いつかなかったし。
「だけど、おれを選んだところはまぁ、正解なんじゃないか?」
ハズレを引いたってさっき言ってたのに?
思わず顔を見ると早瀬は小さな苦笑を浮かべる。
「おれは好きにはならないから」
穏やかな、でもきっぱりとした声の意味を聞こうとすると早瀬は時計に目を落とす。
「おれは部活行くけど?」
えぇと。
すぱっと、話は終わりって区切られた感じ。なんだか。
……これ以上、話もしたくないってこと?
今の今まで、そんな風にやさしい声で。当たり前に話してくれていたのに。
自業自得だから、甘んじて受けるけど。けど、かなしいとか思うのは……駄目だよな。
教室を出て行こうとする、相変わらずすっきり伸びた背中を目で追う。
あ。ふりかえった。
「なに、へこんだ顔してるんだよ」
呆れたような笑顔。
って、なにそれ。
変わらない口調に思わず下を向く。
なんか。
「今までどおり、ってことだよ。水森さえ良いなら」
なにそれ。
「早瀬はっ、根本的に言葉が足りないと思うっ」
廊下に出て、遠ざかる背中に向かって言う。
逆切れにもほどがあるけど。
早瀬はふりかえらなかったけれど、それでも、かるく手を上げてくれて。
力が抜けて、ほっとして、ゆるんで、涙がにじんだ。
「ぼんやりしてると、また落ちるぞ」
背後から不意に声を掛けられ、変な風に心臓が跳ねた。
とりあえず、階段残り二段を上りきってから振り返る。
「落ちないよ。別にぼんやりもしてないし」
講習後半戦、早瀬と会ったら、どんな対応したらいいかとか考えてただけだ。
「無自覚って怖いよな?」
変わりない態度。何事もなかったみたいに。
だから、それに甘えて隣りに並んで歩く。
他愛ない会話が心地よくて、なくならなくて良かったと改めてほっとする。
「早瀬、ありがとう」
唐突に口にした言葉の理由を、早瀬はおそらくしっかりわかってくれたと思う。
応えの代わりのように、早瀬の手がかるく頭に触れて、離れた。
【終】
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