第32話

 ジャガイモの冷製スープ、アボカドサラダ、具沢山ピザ、梅しそパスタ、えびマヨ……等々、大量にならんだ料理も粗方片付いて、ほっと一息。

 って、良くあれだけの量がなくなったよな。おなかが破裂しそうだ。やばい。太る。

「デザートはどうする? あとで?」

 お母さんの言葉に都さんが答える。

「ちょっと、今食べるのは無理。朱菜さん来てからで良いんじゃない?」

 同意を求めるようにこちらを見た都さんにうなずいて同意を示す。

 いくらデザートは別腹といっても、限度がある。スカートがきつい。キケンだ。

「そうね。じゃあ、お茶入れてくるわね」

「おれらのお茶は、二階に持っていく。巽、静史郎、部屋行ってろ」

 要さんは立ち上がり、指示すると台所に入っていく。

 命令口調の人だなぁ。

 早瀬と牧原は、騒がず、逆らわず、速やかにリビングを出て行く。

 階段を上る音がすぐに聞こえてくる。

 絶対、渡りに船とか思ってたな。二人とも。

 単純にさっきのやり取りが聞こえてて、要さんが気を利かせたのかもしれないけど。

 残されるこっちの身にもなってほしかった。

「なに、お兄。男ばっかりで」

 からかうような都さんの口調に、要さんはふりかえり笑う。

「心遣いだよ。オンナノコ同士の会話をジャマしないように」

「どう思う?」

 こっちに振られても、どう答えたものやら。まぁ、うそ臭いとは思うけど。そんなこと面と向かっては言えないし。

 あいまいに笑って流す。

「朔花ちゃんは信じてないみたいだよー」

「それはカナシイなぁ」

 台所から声だけが返ってくる。全然、そんなこと思ってないの丸わかり。

 本気で悲しがられてもめんどくさいからいいけど。

「じゃ、ごゆっくりー」

 こちらに顔をのぞかせて言い残す。しばらくして階段を上る音。

 ちょっと、ほっとしたような。やっぱり、結構緊張する。要さんがいると。

 なに言い出すかわからないし。

「あったかいお茶にしちゃったけど大丈夫?」

 白色のころっと丸っこい湯飲みに、きれいなみどり色。

「ありがとうございます」

 涼しい部屋で、あったかいお茶っていいよなぁ。

「どういたしまして。こちらこそ、今日はわざわざありがとう。要が無理言ったんじゃない?」

 うん。確かに言われた。けど、それを肯定するのはさすがにねぇ。

「いえ。おいしいものたくさん食べられて、うれしいです。ごちそうさまです」

 これは嘘じゃない。どれもおいしかったし。だからつい食べ過ぎちゃったんだけど。

「なら、良かった。あとで、もう一人うるさい子が来るけど、適当に無視してゆっくりしていってね」

「おかーさん。うるさいって、朱菜さんが聞いたら怒るよ?」

「でも、否定できないでしょ?」

 まじめな顔を作って都さんのお母さんが言うと、都さんはまぁね、なんて肯定してる。

 仲、いいんだな。叔母さんにあたる人のこと、名前で読んだりしてるのが既に。

「そうだ。朔花ちゃんも『朱菜さん』って呼んであげてね。『おばさん』なんて呼んだりすると、何されるかわかんないよ?」

「朱菜だけじゃずるいから、私のことも青乃さんって呼んでね。おばさんって呼ばれても、別に怒ったりはしないけど」

 くすくす笑いながら、そんなこと言われたら、絶対『おばさん』なんて呼べない。

 どちらにしろ、おばさんと呼ぶには抵抗ある程度には若く見えるし。

 うちの母だったら、おばさんって呼ばれてても全然違和感ないけど。

「青乃ちゃーん、おなかすいたー」

 がちゃがちゃ、乱暴にドアが開く音と閉まる音。どかどかと足音。大きな声。

 うかがうように都さんをみると苦笑いが返ってくる。

「うわさをすれば、影」

 うるさいっていうか、騒々しい?

「朱菜。もうちょっとおとなしく入ってきなさいよ」

 深々とため息をつき、青乃さんは立ち上がる。

「お昼ご飯も食べずに仕事してたんだから仕方ないじゃない」

 よくわからない言い訳をして青乃さんが座っていた場所にどかりと座る。

 青乃さんと良く似た雰囲気。やっぱり若く見える。

「あなたが朔花ちゃんね? こんにちは」

 興味津々なのがまるわかりな表情で朱菜さんはこちらを見る。

「こんにちは」

 気持ちはちょっと逃げ腰だけど、とりあえず挨拶は返す。

「ねぇねぇ。なんで静史郎なの?」

 あの、初っ端からそれですか?

「それ、私も知りたいなー」

 都さんもしりうまにのってくる。カンベンしてほしい。

「ほら、朱菜。さっさと食べなさい」

 姉妹というより母娘のようだ。対応の仕方が。

「いただきまーす。で、朔花ちゃん?」

 サラダを一口食べながら朱菜さんは目線で促す。

 黙秘、じゃダメだろうか。

「巽もねー、悪くないと思うのよ? 親の贔屓目のぞいても。静史郎と比べても」

 今度はスープに手をのばし、朱菜さんは続ける。

 牧原のが、とっつきやすいのは確かだ。けれど、それじゃあダメだったんだよな。だいたい、既にフツウに友達だったし。

「牧は……巽くんは、最初席が近くて、割とすぐ仲良くなっちゃったんで」

 口走ってから、いまいち意味がつかめない説明だったかもと思う。だからといって、どう付け足せば良いものか。

「あー。屈託ないもんねぇ、巽。やっぱり、恋愛となるとちょっと何考えてるかわからない静史郎みたいなタイプのが良いのかもねぇ」

 青乃さんが追加で持ってきた出来たてパスタをフォークにくるくるまきつけながら、ため息のような笑みをもらす。

 そういう問題でもないんだけど。納得してくれたのなら良いや。どうでも。

「静史郎、しゃべらないもんねぇ。基本的に。なのに、なんでそんなのに朔花ちゃんが告白したのかは不思議なんだよねー。その辺はどうなの?」

 都さん。せっかく朱菜さんが納得してくれたんだから、そこで止めておいてくれれば良いのに。

 からかってるんじゃなくて、ほんとに不思議に思っているのが伝わってきて、答えるのに困るなぁ。

「ヒミツです」

「えぇー?」

 逃げの一言に、不満そうな返事。それと同時にバタンっと大きな音が降ってくる。

「?」

 思わず上を向く。二階から?

「何やってるのかしら、あの子たち」

 青乃さんが眉をひそめる。

 どすん、がちゃん、がたがた。騒々しい音が続く。

「うるさい」

 ぼそりと朱菜さんはつぶやくと立ち上がり部屋を出て行く。

「暴れるなっ。自分たちの図体考えなさい。天井が抜けるでしょーっ。……落ち着いたら降りていらっしゃいっ。オヤツにするよっ」

 唐突な大声に思わず息を呑む。

 二階での騒ぎもしんと収まる。

「まったく。いつまでたっても子供なんだから」

 元のソファに戻り、朱菜さんは食事を再開する。

「うるさいのはあなたもよ。近所迷惑でしょ。朔花ちゃんもおびえてるじゃない」

 深々とため息をつく青乃さんに朱菜さんはこちらを見る。

「結果よければ全てよし、よねぇ? 静かになったし」

 うなずいて良いのかな、これ。

 とりあえず、さっきの話がうやむやになったのは良いことだ。

「何やってたんだろうね。お兄がまた静史郎に何か言ってけんかになった、かな?」

「静史郎なら適当にかわしそうな気もするけど」

「で、巽は巻き込まれるだけのタイプよねぇ」

 口々に好き勝手なことを言ってるけど、なんだったんだろ。ほんとに。

 険悪な雰囲気とかでデザートもらうの、やだなぁ。

「ごちそうさま。青乃ちゃん、これ流しに入れておけば良い?」

「うん。ついでにお茶入れるの手伝って」

 食べ終わったお皿を二人で片付けて台所にいく。

 仲良い姉妹だなぁ。なんか、自分の親のそういうところを見たことがないから変な感じ。

「朔花ちゃん、大丈夫?」

「なにがですか?」

 唐突な疑問系にちょっとびっくりして問い返してしまう。

「タマシイ抜けたみたいになってたから、疲れたかなって」

「いえ。おなかいっぱいで、ぼんやりしてただけです」

 疲れてないといったら嘘だけど。

「なら良いけど。朱菜さん、元気すぎるから」

 くすくす笑う。

 確かに。

「あれ、朱菜さんは?」

「台所。お兄、ばたばた何やってたの?」

 入ってきた要さんに、都さんは呆れたように尋ねる。

「ちょっとした事故」

「かな兄、ころぶんだもんなぁ。お茶はこぼれるし、サイテイ」

 要さんと牧原の言葉に、早瀬は深々とため息をかぶせる。

 ま、けんかじゃなかったのなら良いけど。

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