第30話
「みーずもりっ」
暑い中、はずむ声に少々げんなりしてふり返る。
「牧原、元気だね」
「今日、みやねぇのトコ行くんだって?」
「牧原も行くんでしょ?」
ヒトゴトみたいに言ってるけどさ。
まぁ、牧原は従弟だし、普段から行き来してるみたいだから別に何の問題ないのか。
「行くよ。でも、早瀬もひっぱって来いって、無理難題だよな」
眉をひそめて牧原はため息をつく。
「要さん、早瀬にも言っておくって言ってたけど」
「素直に言うこと聞くかぁ? 早瀬が、それもかなにぃの言葉を」
ますます眉間のしわを深くする。
「どうせなら、おれが誘ったほうがまだマシだったかも」
わかるような気もする。要さんの言葉っていちいち裏がありそうっていうか、微妙に信用できない感じだし。反発したくなる。
「そうかも」
「かなにぃに説得されてることに一縷の望みをかけるかな。水森、次なに?」
「空き。三限が数Ⅱ基礎」
講習って、無駄な空き時間が出来るのがうっとうしい。どこ行って時間つぶそう。
「二限が空きはイヤだよな。三限なければ帰れるのに。まぁ、今日はどっちにしろ帰れないけど……じゃ、終わったら昇降口な」
チャイムの音に口早に牧原は言い残し、九組の教室に駆け込む。
それをなんとなく見送って、とりあえず図書室に向かうことにする。
自習席は空いていないだろうし、読書感想文用の本でも探そうか。めんどくさいけど。
大体、文系ならまだしも理系クラスに感想文を宿題に出すのってどうなのかと思う。
大きくため息をこぼしてみる。
めんどくさいこと、ばっかりだ。
「行くんだって?」
隣の席からかけられた声に、見ていたプリントから顔をあげる。
早瀬? いつのまに。このクラス、取ってたっけ?
「あー、うん。そう。行くよ」
目のやりどころに困って、もう一度プリントに視線を落とす。
「ほんとに鈍くさいな、水森」
深々とため息ついて言わないでほしいな。すごくどうしようもないみたいじゃないか。実際どうしようもないんだけど。
「早瀬も、行くんだよね?」
牧原がちゃんと説得できたのかの確認も含めて聞いてみる。
「仕方ないからな」
あきらめた口調で言うと立ち上がる。
「じゃ、あとで」
小さく言い残して、教室を出て行く。
やっぱり、この授業とってなかったんだ。数学の基礎クラス取る必要ないもんな、早瀬は。
となると、わざわざ何だったんだ? たいした用件じゃ、なかったよね?
入れ違いに入ってきた教師が板書しているあいだを狙って、前の席の睦ちゃんが後ろ手にメモが落とす。
授業中のメモは不吉なんだけど。
睦ちゃんだって、この間の顛末、知ってるはずなのに。
睦ちゃんからのメモを机の下でそっとひろげる。
【結局、東とじゃなくて早瀬と付き合ってるの?】
なんだ、それ。
【ちがう。どっちとも付き合ってない】
睦ちゃんからのメモを制服のポケットにつっこんでから、睦ちゃんの背中をつつく。
振り向かずに差し出された手に折りたたんだメモをのせると手が引っ込む。
しばらく間をおいて、睦ちゃんがちらりとふり返る。不審げな目で見られても。嘘じゃないってば。
こちらも真実だ、のキモチを目にこめて無言で訴える。
っていうか、こんなことしてる場合じゃなくて。
黒板にはざかざか文字が増えてるし。慌ててプリントと照らし合わせ、板書を写し、問題を解く。
睦ちゃんも状況に気がついたのか、カリカリと真面目に書いている音が聞こえてきた。
とりあえず授業終わったら即、教室出ないと。厳しい追求されるのはカンベンしてほしい。
なんでこう、めんどくさい事があふれてるかな。
「水森、なんで早足なんだ? そんなに焦らなくても大丈夫だぞ?」
下駄箱から靴を出していた牧原が軽く引きながら言う。
うん。別にそういうわけじゃない。そして早く行きたいわけでもないんだよ。
「……待たせると悪いなぁ、と思って」
「嘘くさい言い訳だな」
まぁね。はじめに間を空けちゃったのが悪かったか。
「説明するのがめんどくさい」
靴に履き替えた早瀬がぽそりと口を挟む。いたの?
「なるほど。本音はそれだったのか」
牧原が納得したように手をたたく。
「勝手に代弁しないでよ」
小さく抗議する。図星なだけに微妙な気分だ。
早瀬は応えず、先に歩き出す。
「普通に行く気になったんだね?」
早瀬に聞こえない程度の声で言ったつもりなのに、早瀬が苦笑いしてふり返る。
「要に脅された。あることないこと水森に吹き込むって。前、都も同じこと言ったな、そういえば」
「だってあの二人、似たもの兄妹だろ、結局」
牧原も肩をすくめて笑う。
そんなに似てるように見えないけどなぁ。どっちかっていうと早瀬と要さんのが似てる気がする。
大体、その程度の脅しで早瀬、良く行く気になったよな。許容してる感じがするのもちょっと不思議。諦めてるだけかもしれないけど。
「水森?」
「おいてくぞー」
いつの間にか先に行っていた二人の声に、立ち止まっていたことに気付く。
陽射しに眉をひそめつつ二人に追いつき、隣にならんだ。
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