第12話
「水森?」
小さな声にどこかで呼ばれた気がして顔をあげ教室内を見回す。
「いたいた。水森ー」
視線があうとぶんぶんと手を振って、今度は大声で呼んでくる。朝からうるさいよ、牧原。
無視すればこのまま叫び続けるのは確実なので仕方なく席を立ち廊下側まで移動する。
「なに?」
「客ー」
牧原はドアの外を指差す。どこか面白がったような笑顔を残して教室内へ入っていってしまう。
誰だ? 顔をのぞかせると思いがけない人というかなんというか。
「都さん」
「おはよー」
なぜだか敬礼して都さんは笑う。
「おはようございます……どうしたんですか?」
とりあえず敬礼しかえしてたずねる。予鈴まであと二十分、教室にいるのもまだ五、六人くらいしかいない。うちのクラス、予鈴と戦っているような人間が大半だし。
「朔花ちゃんってバイトやってる?」
「やってない、ですけど?」
うちの学校、表向き一応バイト禁止だし。
わざわざ朝早くから聞きに来ることか? そんなわけないよなぁ。と思っているせいか口調がおそるおそる、になる。
「部活も必修以外なし。バイトやってない、ってことは放課後ヒマだよね?」
ここで頷いたら絶対まずいことになる気がする。軽く目線を落とす。どうしようか。
「マネージャーやらない? 剣道部の」
ためらいを感じ取ったのか、先制攻撃なのか返事を待たずに都さんは言う。
ぅえええ? ヤだ。
ぶんぶんぶん。首を左右に振る。
「あ、力いっぱい拒否?」
もちろんですともっ。今度は大きく縦に頭を振る。
「なんでー。毎日直帰じゃつまんなくない? もっと高校生活満喫しないと。うち、男子と女子、合同だし。早瀬のことも見放題だよー」
指を組んでにっこり勧誘体勢。なんか前にもこんな風景をみたような気がするんだけど……。
だいたいさぁ、つまんないことなんてなんにもないし、早瀬とこれ以上接触するのもちょっと微妙なんだよ。
それ以前に、めんどくさい。
「朝っぱらから何やってんの」
低い、不機嫌にも取れる声。顔をあげるとなんだか思いっきり目が合う。無表情な早瀬と。え、と。
「オハヨ」
とりあえず挨拶すると早瀬はあきれたように表情をゆがませる。
「おはよ。で、梅原先輩は何をやってらっしゃるんですか?」
ワザとらしい丁寧な口調で、早瀬は都さんに向き直る。
「朝なんだから、もうちょっとさわやかに出来ないかなぁ」
「朝っぱらから他学年の教室に来てまで迷惑かけるよりはましです」
冷ややかな口調。いつもみたいな軽口にならないのは、人目があるからだろうか。それとも完全に機嫌が悪いからなのか。
「迷惑って失礼な。話も聞かないうちから」
「水森の表情見れば一目瞭然だと思いますが、一応内容を聞いてから判断しましょうか?」
慇懃無礼、って感じだ。まぁ、都さんは「カワイクナイ」と声に出さずに口を動かし顔をしかめたものの、さほど気分を害した風でもない。たぶん慣れているんだろう。
「勧誘。マネージャーにね」
「は?」
聞こえずに聞き返した、というわけではなく聞き間違いであってほしい、という願いが混ざった反問。
「それは水森を?」
「この状況で他に誰を勧誘すると思うわけ?」
「いくつか言いたいことはありますが、梅原先輩、ホンキで水森にマネージャーをやらせる気ですか?」
さりげなく失礼な言い草をされてる気がする。被害妄想?
「何か問題でも?」
「確実に向いてないだろ」
ぼそり。丁寧だった言葉をくずす。
事実だけど、人に言われると軽くへこむ。っていうかちょっとムカつく。
「早瀬ぇ」
ほんの少し恨みがましく呼ぶと早瀬は眉をひそめる。
「水森、やりたかったのか?」
そうじゃないけどさ。もう少し言いようがあると思うんだ。
「そう、やりたかったんだ。良かった」
そうじゃないってわかってて言ってるでしょう、都さん。
「ちがいますって。やりたくないですっ」
「そうはっきり言われると堪えるな」
都さんは悲しげに言う。が、顔を見ると苦笑いしてて、ほっとする。
「大体マネージャーなんか要らないだろ。今までだっていなかったんだし」
そうなんだ。じゃ何で突然マネージャーなんて思い立ったんだろう。
「いたら楽できるかなぁと思って。私ももうすぐ引退だしさぁ。やっぱり何か残しておきたいじゃない」
なんだかわかるような、わからないような言い分。
「それ、おれの面倒ごと増えるだけな気がするんだけど」
「朔花ちゃんがワリと働き者だっていうのは新歓委員で証明されてるでしょ」
つまり私イコール面倒だと言っているわけか、早瀬は。失礼だな。まったく。
「それは否定しないけれど、だからって巻き込むなよ」
「やさしー」
意味ありげな言い回しに聞こえた。早瀬はため息を返す。
「言いたいことあるならはっきり言えば?」
「別にー。私のやさしい姉ゴコロも汲んでくれたら良いなぁと思っただけですよ」
ねぇ? と同意を求めるようにこちらを見る。うーん。
「都」
しずかな低い声。それでいて一喝するような。
早瀬の厳しい視線を都さんはきっちり受けとめて言い返す。
「何。言えっていったのは静史郎でしょう」
「巻き込むな、って言ったはずだ」
苦い呟きに予鈴がかぶる。
「じゃあまたね、朔花ちゃん」
早瀬の言葉に答えずに都さんは自分の教室に向かう為に走り出す。
この状態で早瀬と残されるのは非常に困るんだけど。
黙って教室に入ってしまうのも気まずいし、だからといってかけるべき言葉も見つからない。
大きなため息が沈黙を破る。
「わるい、水森」
力の抜けた、つかれた表情。
返事を求めてはいなかったみたいだ。そのまま早瀬はとなりの教室に入っていく。
これ以上深みにはまりたくはないんだけど、なぁ。だからといってやめることなんて、いまさら。
廊下の向こうに担任の姿を見つけて、とりあえず席に戻った。
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