第30話
「ちょっとの間に、随分まっ黒になっちまったじゃねぇか。負の感情を好むイーターも、負の感情を纏ったりするんだな」
ニヤニヤした顔のまま、亮介は言った。その眼前には、グヴィル。全身に負の感情を纏い、もはや顔も見えないほどだ。
そして、亮介の言葉が聞こえたのだろう。グヴィルの負の感情は更に増し、闇の塊のようになる。
「なるほど。確かに、「負の感情を纏ってる」って言われたら更に不安になるみてぇだな。ま、原因もわからねぇのに不安になってる何て考えちまったら、更に不安になるのも仕方無ぇか。俺が不安になってる時に黙っててくれたトイフェル達に感謝だな、こりゃ」
「亮介っ!」
遠くから、フォルトの声が聞こえた。見れば、全速力でこちらまで飛んできている。後には、イーター達の大群。体のサイズから言って、恐らく全て雑魚だろう。
「フォルト! よく無事だったな! 首尾はどうだ!?」
「手伝うのはオーケーしたけど、まさかこんな危険な事をさせられるとは思わなかったわよ! 因みに、首尾はバッチリ! ……というわけで、いくわよ!」
文句を忘れずに言うと、フォルトはグヴィルに向かって真っ直ぐに突っ込んだ。そして、グヴィルの頭部に思い切り体当たりをすると、そのまま魔法で姿を消す。
その後を追って、雑魚イーター達が突進してきた。雑魚イーター達は迷う事無くグヴィルに突っ込むと、そのままグヴィルの体に爪を、牙を突き立て始めた。
「グアッ……!? やめろ! お前達、何をする!? 餌はあそこの小僧だ! 私じゃない! おい、聞こえないのか!?」
「……聞こえねぇよ。フォルトがそういう風に魔法をかけたから」
亮介が、ぽつりと呟いた。
「そいつらは今、フォルトの魔法で一時的に幻を見てるんだ。フォルト以外の声は聞こえないし、何を見てもフォルトに見える。そしてアンタは今、フォルトに体当たりされ、フォルトの臭いが付いた。だから、そいつらは今、お前の事を餌となるべきフォルトだと思ってるんだよ。それも、不安に駆られて大量に負の感情を纏わりつかせた、最高のご馳走の、な……」
「なっ……」
絶句したグヴィルに、亮介は種明かしをするように言った。
「因みに、お前が急に不安になったのは、トイフェルのお陰な。あいつがあの石と魔法を上手く使ってお前の心に、まるでお前自身がそう考えたように囁きかけてくれたんだよ。お前が不安を感じる引き金になりそうな言葉をな」
そう言いながら、亮介はトン、と人差し指で自らのこめかみを軽く叩いた。
あの石とは、ズゾが落としたあの石の事だろう。イーター達はあの石の力に思念を載せる事で、グヴィルに通信を行っていた。ならば、トイフェルが魔法を使えば同じような事ができるのは道理だ。
「そんな……では、あの声は私の考えでは無く……!」
同胞達に食い千切られながら、グヴィルは唸った。次第に、体から黒い煙が噴き出し始める。負の感情と混ざり合って、よくはわからないが……。
「お前達が使ってる手を使わせて貰ったんだよ。……まぁ、あれだ。目には目を、歯には歯を、って感じで」
亮介がそう言い終わる頃には、グヴィルはすっかり黒煙と化し、その場から消えていた。黒煙と共に、グヴィルの残した負の感情も消えていく。
食らっていた筈の餌が消え、雑魚イーター達が戸惑い辺りを見渡し始めた。そこでフォルトの魔法が解けたのだろうか。その視線は、数少ない通行人に向き始める。
「まずい! トイフェル、フォルト!」
亮介の呼び掛けに、トイフェルとフォルトが姿を現した。
「こいつらが通行人を襲わねぇように、何とかしたい! けど、俺の魔力はほとんど残って無い……もう少しだけ、力を貸してくれ!」
「それぐらいなら、お安いご用さ」
「せっかくだから、もう一回、魔力の火種を分けましょうか? 今のあなたなら、多少火力が大きくても何とかなりそうだものね」
そう言うと、トイフェルとフォルトはキラキラと光る光の帯を纏いながら亮介の周りをくるりと一周飛んだ。そして二体は亮介の眼前まで舞い上がると、亮介の額に自分の額をふわりと重ね合わせた。
額から、何か温かな物が体内に拡がっていくのがわかる。やがて、その温かな何かは身体中に行きわたり、亮介は今まで以上の力が漲るような感覚を覚えた。
「……いける!」
そう呟くと、亮介は口早に唱えた。
「虫をも射落とす冴えたる弓よ、今ここに炎の矢を降り注がん! ウィリアム・テルの焔弓!」
激しく燃え盛る無数の火矢が空から降り注ぐ。次いで、亮介は更に唱えた。
「咲き誇る刃の花よ、今ここに激しく散れ! 剣吹雪の舞!」
白銀色の花吹雪がイーター達を包み込む。今までに無く白く美しく輝く花吹雪だ。その様子を眺めながら、フォルトが涙を流す。この魔法を最初に生み出した、ミリィの事を思い出しているのだろう。傍らにトイフェルが移動し、尾の先でフォルトの頭を撫でた。すると、フォルトはその尾を自分の尾で叩き落とす。
やがて花吹雪は止み、消えていく。
後には、静まり返った河原以外、何も残ってはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます