第21話
亮介は走った。走りに走りに走りに走って、走り続けた。
母親からの電話を切った後、亮介は時野の携帯に電話をしてみた。だが、時野が電話に出る事は無かった。
ただ単に、誰か友達と遊ぶのに夢中で電話に気付いていないだけという可能性もある。だが、先程あんな事があったばかりで、あんな話を聞いたばかりだ。とてもじゃないが、楽観的に考える事はできない。
なら、今亮介にできる事は?
それは、時野を探す事。探して、もしイーターに襲われているようなら助ける。今の亮介に何ができるかはわからないが、それでも何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせる。
走るうちに、高校の前に出た。時野が通う高校だ。丁度門から出てくる二人の生徒がいる。部活が終わったところだろうか。
「……おい、ちょっと良いか?」
息を切らせながら問う亮介に、一人の生徒は不思議そうな、もう一人の生徒は怪しむような顔をして亮介を見た。
「お前ら……三年の土宮って知ってるか?」
「あぁ、土宮? 知ってるも何も、俺達、土宮のクラスメートだぞ」
不思議そうな顔をしていた生徒が、人懐こそうな笑みを浮かべて言った。
「土宮に、何か用か?」
「あいつ、何かやらかしたんですか?」
二人に問われ、亮介は「えっと……」と言葉を詰まらせた。どう説明すればわかり易いか、数秒かけて言葉を探す。
「土宮時野は俺の従兄弟なんだけどさ、ちょっと用事があるのに家にいねぇみてぇだし、携帯も繋がらねぇしで困ってるんだよ。……お前ら、時野の居場所とか知らねぇ?」
問われて、二人の生徒は顔を見合わせた。
「おい田中、確か土宮って今日……」
「おお。スーパーのタイムセール巡りの旅に行くって言ってたな。瀬醐市のスーパーに最初に行って、段々こっちまで戻ってくる感じで。安く買い集めた材料で明日の弁当は張り切るって言ってたぞ。ご相伴に預かるのが楽しみだよなー」
「そうだな」
「そうだ、山川。お前はデザート用にクッキーとか作って来いよ。ホワイトデーのお返しで大量に作るのは慣れてんだから、クラス全員分作ってこいよ、この腹黒秀才モテ男様がーっ!」
「うるせぇ! 耳元で大声出すな! ……と言うか、俺が明日クッキー作って来るのは確定なのかよ!」
「え……っと。時野は何軒もスーパーを巡りに行ったって事で良いのか……?」
賑やかに脱線し始めた二人の会話に無理矢理割り込み、亮介は確認した。その問いに二人の生徒は肯定し、再びキャンキャンと賑やかに言い合いながら帰っていった。その後姿を見送りながら、亮介は考える。
「瀬醐市のスーパーから段々こっちへ戻ってくるルートなら、時野の足ならもう家に帰り付いててもおかしくないはずだ……。それでなくても、もう最後のスーパーを出るぐらいじゃないとおかしい」
「それに、普通のスーパーはあと一時間もしたら閉店だからね。こんな時間にタイムセールも何も無いと思うよ」
トイフェルの言葉に、亮介は頷いた。そして、言う。
「とにかく、まずはこの辺で一番近いスーパーに行ってみる。そこから瀬醐市に向かってく感じでスーパーを辿っていけば、どっかで手掛かりぐらいは手に入るかもしれない……!」
それだけ言うと、亮介は再び走り始めた。そんな亮介に、トイフェルとフォルトが言う。
「あまり気負い過ぎない方が良いよ、亮介。気負いは無駄な緊張を高め、不安を増すからね。イーターが喜ぶだけで、キミにとってプラスになる事は無いよ」
「そうね。ガチガチに緊張した状態よりも、多少リラックスした状態の方が良いわ。イーター達と戦うには、ある程度楽観的になった方が良いのかも。……ただ、あまり楽観的過ぎたり自分に自信を持ち過ぎたりすると、ミリィみたいになっちゃう恐れがあるわけだけど……」
「……」
顔を暗くしたフォルトを、トイフェルが尾でペシンと軽く叩いた。慰めるか、気合い注入のつもりなのだろう。……だが、フォルトはそうとは取ってくれなかった。
「痛っ! 何するのよ、トイフェル!」
猫のように毛を逆立て、お返しと言わんばかりに尾でトイフェルを叩き返す。それが気に食わないらしいトイフェルが更に尾で叩き返す。それをまたフォルトが叩き返す。
突然始まった空中取っ組み合いを横目で見ながら、亮介は呆れて溜息をついた。だが、呆れた分だけ余裕が戻ってきたような気がする。
その余裕が戻ってきた目で、亮介は視界に入っては消えていく街の様子を目まぐるしく見渡した。
そして、ある一角に目を向けたところでハッと息を呑む。
「あれは……」
呟きながら、足を止める。
その視線の先には、時野がいた。学ラン姿のまま、ネギの飛び出したエコバックを左手に持っている。
時野はフラフラと歩いてきたかと思うと、亮介の姿に気付く間も無く路地裏に入っていく。
「おい……その先は確か、袋小路……」
呟きながら、亮介は再度ハッとした。時野が歩いた後に、薄らとではあるが黒い何かが見える気がする。
「あれはまさか……負の感情……?」
「あぁ……間違い無いね……」
亮介の呟きに、トイフェルが緊張した面持ちで頷いた。その瞬間、亮介の脳裏に宇津木と出会った時の記憶、そしてつい先ほど起こった出来事がフラッシュバックした。
そして、亮介の顔は蒼ざめた。
「時野!」
叫び、亮介は袋小路へと続く路地裏に駆け込んだ。
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