第20話
「エアテル……エアテルーっ!!」
亮介は穴の中に身を乗り出し、手を伸ばして叫んだ。だが、その手を掴む者は無い。穴の中に、亮介の声が空しく響いた。
「……」
呆然としたまま、亮介はぺたんと穴の横に座り込んだ。ここで完全に魔力が切れたのか、亮介が作った穴は消えてしまう。これで、エアテルが穴から這い出して来る可能性も完全に無くなってしまった。
「何で……どうしてこんな……?」
ついさっきまでは、肩の上に乗っていた。今日の夕方には、喫茶店でサンドイッチを頬張っていた。昨日の夜は、トイフェルとじゃれ合っていた。……そうだ。エアテルとは、昨日の夜に出会ったばかりの筈だ。たった一日しか行動を共にしていない。
なのに、今はこの場にエアテルがいない事が信じられない。
どうして、こうなった? それを考えてどうなるわけでもないが、亮介はぐるぐると記憶を辿り出す。
今日の夕方までは平和だった。だが、待ち合わせていた宇津木がいつまで待っても姿を現さない事で、心配になった。その後を追って、この場所に来た。イーター達に食われる寸前だった宇津木を助けて、一旦逃げた。
そして、戻ってきた。そこで今度は自分が食われそうになったが、その時ミリィと名乗る少女が乱入して助けてくれた。彼女が戦っている間に自分は魔力を回復できた。だが、その代わりと言わんばかりにミリィはイーター達に食われた。
ミリィのお陰で回復した魔力で何とか戦い、最後の一体までイーターを減らす事ができた。だが、その最後の一体に追い詰められた。
そこをエアテルに助けられ、それで最後のイーターも穴に落ちた。それで、終わったと思った……。
「……何だよ。全部俺の力不足が原因じゃねぇか……」
力無く、亮介は呟いた。そして、のろのろと辺りを見渡す。宝石が落ちている。石を命中させた時に、イーターの首元から落ちた物だ。
この瞬間、亮介は勝利を確信していた。ガッツポーズまでした。
なのに、結果はこのザマだ。
「ミリィが殺されちまったのも、エアテルがこんな事になっちまったのも……全部俺が原因じゃねぇか! 俺の力が無かったから! 俺が油断したりしたから!」
地面を叩いて叫ぶが、それで何がどうなるわけでもない。ミリィもエアテルも、戻っては来ない。
「……亮介……」
トイフェルが、遠慮がちに声をかけた。
「……」
黙ったままの亮介に、トイフェルはおずおずと言った。
「キミには、悪いと思っている。ボクと関わってしまったがために、本来なら経験する必要が無かった痛みを、キミに背負わせてしまった……多分、これからも……」
「? ……どういう、事だ……?」
何とか、それだけ声を絞り出した。
「……宇津木サンがイーター達に狙われた時、何でたくさんいる人間の中から、よりにもよって自分の知り合いが……って思わなかったかい?」
「それは……少しだけ……」
素直に亮介が肯定すると、トイフェルは言い辛そうに言った。
「アレも……突き詰めればボクが原因なんだ。前に、キミにはボクの臭いが付いているから、イーター達に餌として認識され易いと言ったよね……?」
その言葉に、亮介はハッとした。
「まさか……宇津木さんが狙われたのは……!」
トイフェルは、こくりと頷いた。
「ボクの臭いが染み付いているキミと接した事で、彼にもボクの臭いがうっすらと染み付いた。更にまずい事に、彼は強い負の感情を纏わりつかせていた。イーター達からすれば、この上無いご馳走だ……」
「だから、狙われた? 俺と接触したから……? じゃあ、これからも……」
「キミの知り合いで、負の感情を纏わりつかせている者、その予兆がある者は、率先して狙われると思う……」
「そんな……」
放心したように、亮介は呟いた。その眼前に、フォルトがひらりと飛んでくる。
「いつまで呆然としてるのよ? そんなんじゃ、知り合いの前にあなたがイーターに狙われるわよ! ……ほら、シャンとして! あなたには、ミリィの仇をとってもらわないと!」
「……仇? 俺が? ……俺にそんな事、できるのか……?」
「やってもらわなきゃ困るわ。それに、こう言っちゃなんだけど、狙われるのが知らない人じゃなくて知り合いなら寧ろやり易いじゃないの。知り合いなら一緒にいても怪しまれないし、対策も立てやすいわ!」
ガンガン言葉をぶつけてくるフォルトにやや押される事で、亮介の頭は次第にはっきりとしてきた。
「……そうだな。正直色々とショック過ぎるけど……落ち込んでる場合じゃない、か……」
「そうよ。それで、心当たりは無いの? あなたの知り合いで、負の感情を纏わりつかせてそうな人!」
「……って言われてもな……」
考えてみるが、今のところ亮介の知り合いに、宇津木のように世を恨みどうしようもなくなっていそうな人間はいない。
「何も、今ウジウジしてる人間だけが危ないわけじゃないわよ。レベルの高いイーターは、人の心に囁きかける事で負の感情を育てる事ができる。特に危ないのは、高い理想を持っている人とか、大きな夢を持っている人、ね。そう……ミリィみたいな……」
「ミリィみたいな……?」
その瞬間、亮介の脳裏に時野の姿が過ぎった。漫画やゲームの世界に憧れて、自身もそのような世界で活躍してみたいと夢見る超人にして変人な従兄弟。だがしかし、その夢が叶う可能性は無いに等しい。自分の現状を棚に置く事にはなるが、普通は異星人やモンスターと戦い世界の平和を守るなんて事態にはならないのだから。
時野も、口ではああ言っているがもう高校三年生だ。本当はもう知っているんだろう。その夢が叶う事はまず無いという事を。
そこまで思いが巡った時、亮介の携帯電話が鳴った。ディスプレイを見ると、母親の名が記されている。
「……もしもし?」
妙に緊張しながら、亮介は電話に出た。すると、すぐさま向こうから母親の声が聞こえてくる。
「あ、亮介? あんたって今、時野君と一緒にいたりする?」
先程まで考えていた人物の名が出て、亮介はドキリとした。
「……いや、いねぇけど……何? 何かあったの?」
心臓が早鐘を打つ。そんな亮介の心境を知らぬまま、母親は言った。
「今向こうから電話があったんだけどね……時野君、こんな時間なのにまだ帰ってないらしいのよ。携帯にも出ないらしくって……男の子だし時野君は空手とかもやってたから大丈夫だとは思うけど……。もし見付けたら、家に連絡入れるように言ってあげて頂戴」
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