第11話

「とりあえず、名前をどーすっかな……」

 家に戻り、仔イーターを眺めながら亮介は頭を捻った。育てる以上、名前が無いと不便だ。

「ポチなんて安直な名前は付けず、かと言って最近話題のキラキラネームなんて物も付けない事だ。後から後悔するのはキミだからね」

「わかってるよ」

 煩そうに言い、亮介は暫し考えた。考えながら、ブツブツと呟いている。

「何か、漢字の名前ってイメージじゃねぇよな……。けど、トムとかメアリーみたいに人間と同じ名前も違う気がする……。ってか、こいつオス? メス? どっちだ?」

 うんうんと唸りながら考える亮介を、トイフェルは何やら面白そうに見詰めている。亮介の呟きは、まだまだ続く。

「とりあえず、こいつの種族の事をイーターって呼んでるわけだし、それに絡めた方が良いのか? イーターだから、アルファベットにするとE、A、T、E、Rになって……お、そうだ。これをローマ字読みにしてみたら……」

「ローマ字読みにしたら、エアテル、かな? まぁ、無難な線だと思うよ」

 トイフェルに言われて、亮介は頷いた。そして、仔イーターに向かって言う。

「よし、今からお前の名前は、エアテルだ。良いな、エアテル?」

 すると、エアテルという名前になった仔イーターは何やら嬉しそうにすり寄ってきた。産まれたばかりである以上何となくなのだろううが、亮介の言葉がわかるらしい。

 そのすり寄ってくる様子に、亮介が少し心和んだ、その時だ。ピンポーン、とチャイムが鳴った。

「? 誰だ?」

 首を傾げて、玄関へと向かう。勿論、魔法でエアテルの姿を消す事を忘れない。玄関に近付くと、扉の外から聞き覚えのある声が聞こえた。

「亮ちゃん? 俺、俺。時野」

「時野? どうしたんだよ?」

 扉を開けて、従兄弟を迎え入れる。時野は、今日も何やらおかずの盛られた皿を持っている。今日は筍と鶏肉、春野菜の煮物のようだ。

「ん。何かおばさんとおじさん、両方とも急な残業になっちゃったから、亮ちゃんの夕飯頼むってメールが来た」

 何故そこで「夕飯は自分で何とかしてね」ではなく、年下の、男子高校生の、従兄弟に頼むのか。まぁ、確かに料理の腕前が物凄いこの従兄弟は以前、親戚の集まりで手料理を披露し、親族全てを昇天させかけていたが。

「ところでさー、亮ちゃん。この前言った進路希望調査? あれ、結局書き直しの上、再提出になっちゃってさー……」

 テーブルを拭いておかずを置き、冷蔵庫をガサゴソと漁りながら時野が言う。どうやら、有り物で何かもう一品か二品作ってくれるつもりのようだ。

「あー……まぁ、普通に考えたらそうだろうな。……で、今度は何て書いたんだ?」

 亮介に問われ、時野はフライパンを火で熱しながら答えた。

「まぁ、今回は無難な線でさ。栄養士の資格とか調理師免許とかを取得して、定食屋を開きたいって書いておいた」

「それも男子高校生の進路希望としては結構特殊な部類のような気もするけどな。……まぁ、お前の料理は美味いし、それで良いんじゃねぇ?」

 亮介が賛同の意を示すと、時野はニヤリと笑って見せた。フライパンの中で、卵がジュワッという音を立てる。

「……亮ちゃん。俺が、本当に一介の定食屋の主で満足するとでも?」

「へ?」

 間抜けな声を発する亮介に、時野は楽しそうに言った。

「安く、早く、安全で美味い最高の食堂は仮の姿! 実は地下には最新機器を取り揃えた秘密基地があり、従業員は全て何らかの武術のスペシャリスト! 普段は定食屋として働き、悪の組織が暗躍を始めたら変身して町の平和を守るために戦う! そして俺は定食屋地下の秘密基地からヒーロー達に指示を出す司令官! これが俺の進路希望の実態だ!」

「自分で最高とか言うな。店造る時点で何人もの職人や設計士に知られるだろうにどこが秘密基地だよ。武術のスペシャリストがそんなに簡単に定食屋で働いてくれるか。悪の組織も今のトコ、テレビの中にしかいないだろうが。ってか、そもそも変身ってどうするつもりだ。……ええい! ツッコミどころが多過ぎるわ!」

「一回聞いただけでツッコミどころをほぼ把握した上に一息で言えてしまうキミもあまり人の事は言えないんじゃないかな?」

 余計な茶々を入れるトイフェルを、とりあえずはたき落とす。それを見て、何がおかしいのかエアテルがころころと笑いながら転がり回った。勿論、時野に見えている様子は無い。

 時野は炒めた野菜と緩く焼いた卵を皿に盛り付けると、更に上からお手製のあんをかけ、あんかけにした。このほんの数分間の会話をしている間に作ってしまうあたり、人間業ではない。

「ほい、完成! 飯は炊けてるみたいだし、あったかいうちに食ってくれよ」

 ニカッと笑ってそう言い、時野は早々と調理器具の後片付けを始めた。手際が良過ぎて、逆に怖い。

「おう、サンキュー。……あ、そうだ。時野」

「? 何?」

 亮介に呼ばれ、時野は一旦後片付けの手を止めた。そんな時野に、亮介は少しだけ躊躇ってから問う。

「もしも……もしもだぞ? もし、その……お前の夢が絶対に叶わないものだってわかったら……お前、どうする? 例えば、異世界や化け物なんて存在しないって、確かな証拠が出てきたりしちまったら……」

 一瞬、時野の顔が凍ったように見えた。ひょっとしたら、普段から考えないようにしていたのだろうか? だとしたら、まずい事をしたのかもしれない。

「んー……そうだなー……」

 すぐに表情を元に戻し、ゆるゆると笑いながら時野は考えつつ喋った。

「その場合は……やっぱり秘密基地は作って、犯罪者達から町を守る謎のヒーロー組織を作るかな? もしくは、全人類の胃袋掴んで世界征服」

「後者はお前ならできそうだから怖ぇよ。……ってか、どう転んでも漫画的展開に持ってくつもりか」

 呆れたように亮介が言うと、時野は「そりゃそうだよ」と笑った。

「そう簡単に諦め切れねぇから、夢なんだよ、亮ちゃん。漫画やゲームみたいな世界で活躍するのは、昔っからの俺の夢なんだ。そうそう簡単に諦めたりはしないよ」

「そういうもんか?」

 首を傾げる亮介に、時野は力強く頷いた。

「だからこそ、皆、足掻いて努力するんだよ。スポーツ選手になりたい奴も、芸能人になりたい奴も、作家になりたい奴も……作家と言えば、亮ちゃん。弥富の兄ちゃんが書いてるって言ってた小説、どんな感じ? いつぐらいに書き上がりそう?」

「え!? あ、あー……まだ随分かかりそうだとよ。数ヶ月単位で待てってさ」

 突然切り替わった話に慌てて答えると、時野は「そっかー」と呟きながらフライパンを元の場所に戻した。そして、玄関に向かう。

「じゃ、今日はこの辺で」

「おぉ、悪いな。わざわざ飯作りに来てもらっちまって……」

 亮介が心底申し訳無さそうに言うと、時野は「良いって良いって」と言いながら靴を履く。そして、帰りがけに亮介に問うた。

「そう言えばさ、亮ちゃん。一時間ちょっとくらい前に、近くでガス爆発みたいな音がしたって、ちょっとした騒ぎになってたんだけど……亮ちゃん、何か知ってる?」

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