ラブレター
わがまま娘
オレの彼女
「す、…………、好き…………、好きです!!」
そう言って、彼女は封筒をオレに差し出した。
「あぁ。ありがとう」
そう言って、とりあえず封筒を受け取る。
中は、告白とは別のことが書いてあるのだろうか?
否、結局は長い文面の先に、告白が書いてあるのだろう。
中身を軽く想像して、目の前の彼女を見た。
(で……)
オレに何をしろと……?
恥ずかしそうにうつむいて、もじもじしている彼女を見る。
何かを待っているのかもしれないが、あれだけで他にオレにどんな返答を求めるのだろうか?
彼女がオレのこと好きなのはわかった。
だから、オレにどうしろと言うのだ?
否、大体想像は付くが、オレはそんな優しさは持ち合わせていない。
「じゃ、ありがとう」
そう言って、彼女の前からオレは離れた。
帰るために荷物をとりに自分の教室へ向かって歩いていると
先ほどのやり取りを一部始終を見ていたであろう宮野が後ろから追いかけてきた。
「相変わらずモテるね」
オレの隣に並んで、オレの顔を見上げ、ニッと笑う宮野。
「お前、趣味悪いぞ」
苦い顔をして、オレは宮野を見た。
「別に。フラフラしていたら、斉藤が下級生と一緒にいるのを見かけただけ」
宮野はフフフっと笑う。
たまに、宮野はストーカーではないかと思うことがある。
本人にそんなつもりはないのだろうが、よくもま~、他人の告白現場に現れるものだ。
そんな電波をキャッチするものでも付いているのかもしれない。
「で、今度の子にはなんて返事するの?」
手に持った封筒を指差して、宮野はオレに問う。
答えが決まっていることは、オレも宮野も知っている。
「中身しだいかな? この中に彼女のその後どうしたいのか、が書いてあることを祈るよ」
それでも、そう言ったオレに、宮野はちょっと悲しそうな顔を一瞬浮かべた。
でも、すぐに笑いを浮かべて宮野は「たまにはそういうのに出会えるといいよね~」と言ってオレの手から、封筒を奪う。
「おい、こら」
あんまりその封筒に思い入れのないオレは、とりあえず取り返そうとする真似だけしてみる。
そんなことは既に宮野はお見通しだ。
「私も中みたい。斉藤にこれは! って思わせる文章が書けたら、私も彼氏ゲットできるかもしんないし」
ニコッと笑って、宮野は封筒を振る。
(なんかそのセリフ、ちょっとショックなんだけど……)
彼女の目的はオレに手紙を読ませることだ。
その目的に気が付いたのは、何人か前の子の手紙の時だ。
オレは貰った手紙はほぼ読まずに捨てていた。
初めの頃は、嬉しくて全部読んでいたんだけど。
数を重ねてみると読んでみたところで、何も得るものがないと思ったから。
ある日、貰った手紙の封を開けずに、破り捨てようとしていた時に、宮野が来て言ったんだ。
「想いの丈を綴ってきているのに、伝わらないなんて悲しいね」
「ま~、そうかもな」と言いながら、オレは宮野の目の前で封筒を半分に切り裂いた。
教室のゴミ箱に捨てられる手紙を見ながら、宮野は悲しそうな顔をした。
それからだ。
宮野がオレの周りをウロウロするようになって、いちいち開封して中身を確認するようになった。
結局、彼女は捨てられる彼女達の想いに対して、
一瞬でも向き合う時間をオレに提供しようとしているのだと
最近になって気が付いた。
そして、オレはそんな宮野がちょっと気になり始めていた。
教室に戻って、ついさっき貰った手紙を開いて二人で並んで読んでみる。
「な、他の手紙と変わんないだろ?」
付き合って欲しい、の「つ」の字も書いてない。
「そうだね~。彼女は、絶対斉藤と付き合いたいはずなのに、何で書いてこないのかしら?」
オレの手から手紙を奪って、表から裏から逆さまから見ながら、宮野は言う。
「もういいだろ。返せよ」
いろいろ手紙を眺めていた宮野の手から、手紙を奪い取り、封筒に戻す。
「ね~、あぶり出しかもしれないよ?」
「そんなわけないだろう。だったら書けばいいじゃん」
大真面目な顔をしてそういう宮野に、オレは苦笑いをする。
「そうだよね~。何で書いてこないんだろう? もったいない」
「ね~」と、宮野はオレに同意を求める。
「宮野は、相手が付き合いたい、って書いてきたら、オレがそいつと付き合うと思ってる?」
ふと、疑問に思って聞いてみた。
「どうだろう。斉藤は賢いからな~。」
宮野は机に座って、足をブラブラさせて、天井を眺めて、そして、オレを見た。
「私が例えば斉藤と付き合いたい、と書いてみても斉藤は私とは付き合わないでしょう」
「何で?」
問い返したオレに、宮野は答えた。
「今の話の流れから言って”書いてあれば付き合う”と思っているであろう私の言葉を斉藤が真に受けるはずがない」
ニコッと笑って、腕を胸の前で組んで、どうだ!とでも言いたそうな格好だ。
なるほど。
オレは、納得した。
「でも、他の子ならわからないよね」
宮野は何だか寂しそうにオレを見た。
「付き合って欲しいって伝えてきたら、斉藤はその子と付き合っちゃうかもしれないよね」
宮野は机から降りて、オレの顔を下から覗き見る。
「彼女達と付き合わない理由が本当にそこなら、だけど」
宮野はニコッと笑って、首を傾げる。
オレは、核心を突かれたような気がした。
――彼女達と付き合わない理由が本当にそこなら――
確かに、伝えてこないから付き合わないんじゃない。
はじめは確かにそうだったんだけど、今は、違う。
だから、オレは彼女達の気持ちがちょっとわかる気がする。
見えない想いを形にして伝えようとするその気持ちが。
そして、その形を伝えるための勇気が必要なことも。
その形が受け入れられないかもしれない恐怖があることも。
全部、彼女が教えてくれたんだ。
ニコニコとオレを見る宮野を、オレは真っ直ぐ見つめ返した。
なんとなく、今言わないといけない気がした。
自分の想いを。
「な~、宮野」
ちょっとだけ、首を左に傾けて、宮野は「何?」と言った。
「オレ、宮野のこと好きかも」
「はぁ?」
宮野の顔に、一瞬困惑の表情が浮かんで、視線がオレから離れた。
「また~」
クスクスっと笑って、宮野はオレからそっと距離をとり始めた。
オレは、それが何だか悲しくて反射的に彼女の腕を引いた。
「えっ」
まさか腕を引かれるとは思っていなかったのだろう。
オレは宮野を引き寄せて、抱きしめた。
「まだ、話終わってないって」
オレは宮野の耳元で囁く格好になった。
宮野の耳が真っ赤になる。
多分、オレも真っ赤だと思う。顔が熱いから。
だけど、今までの話の流れから、絶対にそこで終わってしまうはずがないことを
宮野は知っていたはずだ。
(だから、逃げようとした?)
知っていたから?
その後の言葉が予測できたから?
「オレの彼女になって」
言ってから、言葉が間違っているような気がした。
オレの腕の中の彼女が、顔だけをこちらに向けた。
(近っ……!!)
同じ事を思ったのだろう、オレと宮野は同時に顔を背けた。
「……、と、とにかく離して……」
俯いたまま細い声で宮野が言った。
腕を緩めると、そっと数歩宮野はオレから離れた。
オレに背中を向けて俯いたまま、彼女は両腕で自身をしっかりと抱きしめていた。
それがひどく悲しくて、悪いことをした気がした。
だから、謝ろうと思った。
「ごめん。オレ、つい……」
「斉藤」
宮野は背中越しにオレに言った。
「彼女になって、じゃなくて、もう彼女なんだって!!」
真っ赤になって、唇を尖らして宮野はオレを見た。
あぁ、そうか。
なんか、同じようなことが最近会ったような気もしてたんだ……。
「いや~、あんまり宮野が彼女って実感なくて、ついフリーだと思っちゃうんだよね、オレ」
ハハハ、と笑うオレに、宮野が呆れた顔をして「なにそれ」と呟く。
「そっちが付き合って、って言ってきたんじゃん……」
悲しい顔をして、彼女はフンっと背中を向けた。
「多分、宮野があんまり彼女っぽくないからじゃない?」
オレはそんな彼女を後ろからギュッと抱きしめて、頬に軽く唇を寄せる。
「な、なによ、それ~」
ぶ~っと唇を尖らせてふくれっ面でオレを振り返る宮野。
その距離がとっても近くて、その唇にそっと自分の自分の唇を重ねてみた。
「なっ!!」
宮野がオレの腕を無理矢理振りほどいて、目を白黒させて、オレを見る。
そんな宮野にオレは言った。
「だって、オレの彼女、でしょ?」
「そうだけど~」
ジト目でオレを見上げてくる彼女が、今日はなんだかいつもより可愛くて仕方がない。
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