ロッジで待つクリスマス

TAK77

第1話

今から30年くらい以前昭和の末バブル経済華やかなりし頃、貧乏学生だった私は、冬休みと春休みに休憩時間にはスキー三昧という理由で知人に紹介してもらったスキー場のロッジで住み込みのアルバイトをしていた。

 朝6時に起きて、暖炉のある休憩室を掃除し、食堂で宿泊客の朝食の配膳を済ませると、厨房で他の従業員やご主人の室井さん一家と食パンをめいめいカットして焼いて、朝食をかきこんだ。その後戦争のような皿洗いをして、休憩室で一服し、空き室のベッドメイキングをしていた。

 そのスキー場には有名チェーンホテルがあって、歌手の松任谷由美さんが毎年春にコンサートを開催していた。あるとき屋根の雪下ろしをバイト仲間の石田さんとしていると、頭上をヘリコプターが爆音轟かせてすぎていった。「ホテルのオーナーだよ」と石田さんは言った。「くっそー。こっちは屋根の上で雪下ろしかよ」と私はつぶやき、かなりむっとした記憶がある。

 スキー場に長い間いると、そんなにスキーもしたくなくなって、吹雪の日のおやつどきなど仕事はなかったが、スキーには行かず、休憩室でユーミンをかけながら、コーヒーを飲んで、一服していた。室井さんの遠縁にあたるという武田さんという大学生の女性がずっと滞在していて、その子も吹雪いているときはスキーに行かず、一緒に休憩室で石田さんや私といろいろ話していた。「もうすぐクリスマスだね~」とかいいながら、ユーミンの「ロッジで待つクリスマス」を聞いていたのだ。

そしてクリスマスを迎えた。しんしんと雪が降っていた。その日はお客さんも多く、仕事がたてこんでいたので、ロッジから出なかった。武田さんもスキーにはいかなかったようで、休憩室でちょっと一服していたら、彼女がやってきた。

「足立さん、お正月どうするの?」

「うーん。年末に大阪の実家に戻るよ」

「また、ここに来る?」

「いや、わからない」

「そう」

「うーん。年が明けたら、東京で映画でも見に行く?」

「うん。うん」

「年賀状だすよ。電話と住所教えて」

「わかった」

と言って彼女はいったん、部屋に戻り、電話番号と住所を書いた紙を渡してくれた。

「連絡、待ってるから。私明日、東京に戻る」

「えっそうなの」

「年明けはまたくるかもしれないけど、ちょっとまだわかんない」

「じゃあ僕も今度は後期試験終わって、2月になったら、また来ようかな」

「そう。今度スキー教えてよ」

「うん」

「その前に映画だね」

「じゃ約束。必ず連絡するから」

と私は言い。彼女は「じゃあ」と言って、部屋に戻った。

 そっか、明日でいったんお別れか・・・。でも住所と電話を聞き出せて、ちょっと気持ちがたかぶっていた。窓の外は雪。ホワイトクリスマス。メリークリスマスとつぶやいた。

 翌朝、朝食のお膳を片付け、食器洗いを終えて、休憩室で一服していると、彼女がきて、ちょっと話した。

「元気でね。連絡待ってるから」 「うん。わかった。気を付けて帰って」

「ああ荷物運び手伝う」

 彼女の荷物をタクシーの運転手に渡して、よろしくお願いしますと頭をさげた。彼女はタクシーに乗り、窓から手を振っていた。クリスマスの翌日、雪がまたしんしんと降る朝、チェーンの音をじゃらじゃら鳴らして、タクシーは去っていった。

 スキー場にとって雪はなくてはならないものだが、雪かきや雪下ろしをしているといい加減にしてくれと恨めしくなる。生まれたときから雪国で生きてきた人はちょっと陰鬱な表情をしているのもそのせいか。僕は都会で生まれ育って、一時的に滞在しているだけだから、雪に対して好き勝手な感想を抱くけど。

 クリスマスから3日経って、僕も山を下りることにした。石田さんに「春休みもまたくるよね。もうちょっとバイト代はずむからきてよね」「はあ。今のところ確約できませんけど、たぶん来ます」と言って、荷物を持って、バスに乗り込んだ。一面の白い世界を下って、越後湯沢の駅まで下りる。上越新幹線に乗って、谷川岳のトンネルを抜けると、そこは雪のない関東平野だった。川端康成の雪国の逆だ。ちなみに川端先生は母校の先輩だ。

 部屋で武田さんに年賀状を書いた。一般的な挨拶を書いて、最後に「映画誘いますので、また電話します」と結んだ。

正月は実家の大阪で過ごした。父は上機嫌で母の作ったおせちやらお屠蘇をすすめてくれた。父もお酒はほとんど飲めないが、僕も少したしなむ程度。でも正月だからと、気をよくして二人で気持ちよく酔っ払った。

3ケ日が過ぎると、また僕は上京した。そしてその晩武田さんに電話した。お母さんがでて「いつも娘がお世話になってます」とか言われて「いえこちらこそ」と恐縮した。

「娘さんお願いしたいのですが」

「はい、ちょっと待ってくださいね。涼子、足立さんからだよ」

「はい、変わりました。足立君、あけましておめでとうございます。年賀状ありがとう」

「うん。元気。今度銀座マリオンでネバーエンディングストーリーやるけど行かない?」

「いくいく」と二つ返事でOKもらって、小躍りしたくなった。

「じゃ今度の土曜日銀座マリオンで12時に待ち合わせということで」

「了解。楽しみにしてるね」

土曜日、予定通り、銀座マリオン前に武田さんはやってきた。「軽くパスタでも食べてから見ようか」と近くの喫茶店に入って、二人でたらこスパゲッティーを注文して食べた。

映画を見終わって、「よかったねー 」「楽しかったねー」と言い合った。タイトル通り僕たち二人の物語がネバーエンディングストーリーだといいのになーと思ったけど、それはだまっていた。

 後期試験が終わりまたロッジに行くことにした。上越新幹線で谷川トンネル抜けると「そこは雪国だった」。山は真っ白だった。湯沢近辺の道路ではお湯流して、雪はなかった。バスにのってスキー場まで行った。石田さんのロッジについて、御主人さんにあいさつして、従業員用の屋根裏部屋に行く。今度は僕より若い田中君という学生がいた。「よろしく」とお互い挨拶をした。武田さんはもう先に来て滞在していた。

 翌日午後から空き時間で前日新雪がつもり、しかもその日は晴れという絶好の条件、石田さんに言って、田中君と武田さんと三人でゲレンデに繰り出した。武田さんはなんとか中斜面でパラレルターンができる程度。僕は急斜面でもパラレルはできるけど、ウェーデルンがちょっと苦手。田中君は結構上手で勝手に滑っていた。僕は彼女に基礎的なターン技術を習得してもらおうとボーゲンを正確にできるように指導した。でできるようになったら、ターンの後半足をそろえるシュテムターンに切り替えていった。これで急斜面でもなんとか滑れるよと教えておいた。

 大回転のポールが張ってあって、100円入れると、タイム計測してくれるコースがあるので、3人で挑戦してみた。僕は田中君は1秒差で負けた。彼女はなんとか完走できたという感じ。でも面白いといっていた。

 翌日からまた雪が積もり、田中君と二人でぶつぶつ言いながら屋根の雪下ろしをした。「雪国の人はこれが日常だもんな」

「まったくですよ」

「たまらないよね」

終わると結構汗をかいて、スポーツドリンクを飲みたくなった。しかしこれが雪国の裏方の仕事だ。ときに命を失う人もいるという。幸い僕はそんなに危ない目にあわなかったけれど、雪はなめると怖いのだ。

 その日からしばらく豪雪が続いて、駐車場の雪かきなども毎日した。ちょっと雪国に住む辛さを感じつつあった。休憩室でコーヒー飲みながら、だべっている時間が一番楽しかった。雪はもういいやなんてかんじだった。武田さんもときどきスキーにはいかず、休憩室で一緒にコーヒーを飲んでだべっていた。外はかなり吹雪いていたので彼女も滑りに行く気力がなくなったようだ。ほんと長期滞在すると、吹雪の日までスキーはしなくなるねという点で意見がみな一致した。

 そんな日々がしばらく続き、春がやってきた。もう雪はほとんど降らない。近くのホテルではユーミンがコンサートをしにきたが、近くにいると、それほど行きたくなかった。でも行ったら、思い出になったかもと思った。

スキー場の朝はアイスバーンだが10時を過ぎる頃にはべしゃべしゃのシャーベット状になる。日焼け対策も必要だ。僕らも汗だくになりながら、何度か滑りにいった。シーズンも終了かなと感じていた。

 武田さんに「来シーズンも来る?」と訊くと「来れないかも。足立君はくるの?」

「うん。たぶん。その前にまた東京戻ったら、いろいろなとこいって、デートしようよ」

「うん。でも私雪の精だから、春になるといなくなるかも」

と彼女は謎めいた言葉を残し、東京にもどっ。て、連絡すると、お母さんが「ごめんなさい。フランスに留学したんですよ」とはなしていた。がーん。彼女本当に雪の精だったのかも。

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