処女ビッチ魔王と平凡な勇者
めたるぞんび
第1話 処女ビッチ魔王と平凡な勇者
「お願いします。私にすっごく『えっち』なことをしてください!」
人気のない校舎裏へ呼び出された俺は、清楚可憐な美少女からそう告白された。
普通ならあり得なさそうな事態だが、これはいつものことである。
コイツは俺を――ん? ああ、スマン。俺の名前は
何処にでもいる平凡な高校生――の、ハズだ。
ただガタイがデカいのと、ちょっと運動すりゃ世界記録を叩き出してしまう。
そんな特技があるだけの、普通の高校生――の、ハズだ。
そして、この目の前の美少女の名前は、
誰がどこからどう見ても、清楚可憐な完全無欠の超絶美少女だ。
超絶美少女と一口で言ってもなかなか分かり辛いだろうが、コイツ程の美少女は俺も見たことがない。テレビでわんわん騒いでるアイドルなんざ、裸足で逃げ出すくらいだ。
透き通るような白い肌、大きく印象的に輝く黒い瞳、よく整った小さな顔立ち。
鈴が転がる様な涼やかな声に、
長く艶やかな黒髪を前髪立てにし、かぐや姫も斯くやと言わんばかりだ。
清楚可憐な見目振る舞いには、この上なくセーラー服がよく似合う。
誰がどう見ても校内一はおろか、世界でも類稀なる純和風の絶対的美少女。
それがこの、
ああ、悪いがこれ以上の説明は勘弁してくれ。問わず語りはガラじゃないんだ。
こうして人に話して聞かせるのも得意じゃない。金輪際、お断りする。
さて、話を戻させてもらう。
そんな美少女然とした真央であるが、コイツは俺を何だと思っているのか。
いつだって唐突に、のっけからとんでもないことを平気で口にする。
しかしながらさっきも言った通り、コイツとの関係はこれが日常茶飯事だ。
だから俺は、いつもしっかり返答するようにしている。
「だが、断る」
コイツにも分かりやすいように、きっぱりと拒絶を口にした。
当然、先般の「すっごく『えっち』なこと」に対する答えだ。
「なっ、何故ですかっ?! さっきは『お礼』をしてくれるっていったじゃないですか!」
「それのどこが『お礼』だっていうんだよ!」
「私にとって、一番の『お礼』ですっ!」
「だが、断る」
「どうしてですかっ、何故ですかっ!? 私、知りたいです!」
何故ですか、と問われれば、答えは一つ。
「俺は、できる限り平凡に暮らしたいんだ」
そうだ、俺はとにかく平凡に。目立つことなく平和に暮らしたい。
だがそう答えた俺に、真央は必死に食い下がる。
「平凡です! これは平凡な一般的な男女の営みです!」
「お前の発言がまず、平凡じゃない」
「そんなことはありません! 人あるところに『えっち』ありです!」
「なんでオマエは初っ端から『えっち』ありきで話を進めたがるんだよ!」
「じゃあ、どうしたら『えっち』なことをしてくれるっていうんですか!」
「どうしたらいいかなんて、むしろこっちが聞きたいわ!」
いきなり『えっち』したいと言われて、どうしろと言うんだ。
もちろんこれほどの超絶美少女に
もしかしたら、普通の男なら二つ返事でOKするのかも知れん。
だが俺は――何よりも静かに、平穏に暮らすのが俺の一番の願いなんだ。
こんなヘンテコなことを言い出す超絶美少女と付き合ってみろ。
まず平穏な生活なんて、どうひっくり返っても送れそうにない。
「それにしたって、順番というものがあるだろう」
「はい、あの、順番というのは?」
長く艶やかな黒髪を揺らして、真央は愛らしく首を傾げる。
その仕草はまるで、無垢な童女が首を傾げるが如しだ。
「ええと、例えばまずは、告白する……とかだな」
「こここ、告白ですか……? どどど、どうしましょう……!」
真央は急にわたわたと落ち着きを無くし、白磁の頬を赤く染め始めた。
いきなり『えっち』したいなどと言い出す真央が一体どうしたことか。
「なんだ?」
「だって、その……胸が、張り裂けそうな程……好き……なのですもの……」
林檎のように真っ赤になって口籠り、もじもじと小さな声で告白した。
まずもってやはりコイツの場合、色々と順番がおかしい気がする。
「なんで『えっち』は堂々と言うのに、告白の方が恥ずかしそうなんだよ!」
「だ、だって、物凄く好き過ぎて……口にするだけでどうにかなりそうで……」
要するに「好き」は明確な感情としてよく理解しているが、『えっち』に関しては知識が薄く曖昧過ぎて、どういう状況なのか脳内処理が追いつかないために口にし易い――と、どうやらそういうことであるようだ。
純真無垢にして純情可憐が行き過ぎてしまうと、こうなってしまうのだろうか。
「勇士さまが……好き、です。大好き、なんです。言葉にするだけで、私……あっ……」
真央はよろける様にして、校舎の壁に手を突いた。
「だ、大丈夫か?」
「軽く、気絶してしまいそうになりました……」
いやいや、ちょっと待て。
どれだけ俺の事を好きになったら、こんな風になれるのだろう。
「……にしたって、やっぱりおかしい」
「そ、そんなぁ……」
真央は流麗な眉をハの字型にして、心底困って見せる。
「もう、我慢の限界なんです。勇士さまに似ているものを見るだけで、心が掻き乱されてしまうくらいに、お慕い申しております」
「俺に似ているものって、なんだよそりゃ」
「例えば、椎茸」
「シイタケ?! それのどこが俺に似ているっていうんだ!?」
「特に色が、茶色いところなど……」
確かに俺の肌は地黒で、何もしていないのに日に焼いたような色をしている。
にしたって、茶色いから俺に似ているというのは、どう考えてもあり得ない。
「ちょっと待て、それじゃ何か? オマエは椎茸を見てドキドキしたりしてるのか?」
「ドキドキどころじゃありません! 今日だってお弁当に入ってた椎茸を見て、心がじゅん……ってして、午後の授業は勇士さまのことばかりを考えてしまいます!」
「それは妄想逞しすぎだろ!」
「そんなことはありません! これはきっと『
愛、愛、あい、あい、ラブ、ラーブ!
キラキラとした大きな瞳をより一層輝かせて、真央は『愛』を叫ぶ。
どうにもこれが本気の通常運転だから、俺としてはタマラナイ。
「あの……勇士さま?」
「なんだよ」
「こんな身体にした責任、とってくださいましね?」
「オマエはこれ以上、誤解を招く発言を慎んでくれ」
どうしようもなくなって、俺はつい柄にもなく溜息を洩らす。
「あっ、あっ、勇士さまの溜息です、貴重ですっ! ハスハスッ!」
「そんなところでハスハスすんな!」
真央はできる限り顔を突き出して、俺の溜息を吸い取ろうとし始めた。
水面から顔を出して必死に呼吸をする亀か何かか、オマエは。
ともかくだ、このままでは埒が明かない。
思い切って真央に具体案を聞いてみることにした。
「じゃあ、例えばだ。オマエの言う『えっち』なことって、何がしたいんだ?」
「……えっ?」
その問いに、真央はキョトンとした顔をしてしまった。
ちょっと待て。そんな顔をされるようなことを、俺は言った覚えないぞ。
「え、えーっと……勇士さまの『ずきゅーん』を、私が『ばきゅーん』して……」
「おい! なんだその『ずきゅーん』とか『ばきゅーん』っていうのは?!」
「え? 放送各局、いつもその様に耳にしておりますけれど……?」
「そりゃ、放送できない内容だってことだろ!」
「はぁ、例えば具体的にはどんな?」
「具体的にって、そりゃ……って、言えるか! 期待するな!! メモを取るな!!」
真央は授業で講義を受ける時の様に、熱心に聞き入る体勢に入っていた。
「だ、だって、そんな内容など早々聞けるものでは……」
「なんとなく、ニュアンスで分かりそうなものだろう?」
「ええっ? そんな放送倫理規定の機密事項をどちらで入手なさいますの?」
「知らん知らん! そんなの説明するまでもないだろ!」
「放送業界の裏事情まで知り尽くすなんて……恐ろしい方……」
「俺は今、オマエがもの凄く恐ろしいわ……」
もう一気に脱力した。早くお家へ帰りたい。
そんな気持ちも知らず、真央はまだまだ食い下がる。
「もしかして、勇士さまにはもう心に決めたお方がおいでですか?」
「いや、いないが……」
素直にそう告げると、真央は心の底から嬉しそうな顔になった。
そういう顔をされると、真央の愛は本物かも知れないと信じそうになる。だがしかし、むしろ「いる」と言ってしまった方が、楽になれたのではないだろうか。
すると真央は「あっ」という顔をして、とんでもないことを言い出した。
「あの……もしもいたとして、私、愛人さんでも構いませんよ?」
「おおおい、ちょっと待て!」
「例え、二号さんでも三号さんでも構いませんっ!」
「構えよ! というか、俺が構うわ!!」
「勇士さまから耳掻き一杯程度の『愛』を頂ければ、私、それで十分致死量ですから!」
「やめろ! 人の『愛』を青酸カリみたいに言うのは、やめろ!!」
この調子だと「いる」と嘘をついたところで無駄であったに違いない。
むしろ変な方向へ
「あっ、分かりました!」
「おい、今度は何を分かったつもりになった?」
「つまり、こういうことですよね?」
真央はそう言うと、校舎の壁に片手をついて、形の良いお尻を突き出した。
そうしてご丁寧な事に、右手の親指を柔らかそうな口唇で甘噛む。
「はい、召し上がれ!」
「どこでそういうポーズを覚えてくるんだよ、オマエは!!」
どこぞのグラビアに登場しそうな程、しっくりきているのが腹立つ。
美少女は何をやっても美少女だということだろうか。
「えっ、えっ? だ、ダメですか……では、はいどうぞ!」
今度は
「私のことを、美味しくいただいちゃってください!」
もうホント……どうしてくれようか、このやろう……とにかく校舎裏でこんな姿を誰かに見られでもしたら、人聞きが悪いどころの話ではない。
「おい真央、お願いだから立ってくれって……」
そう言って俺は、真央に走り寄ろうとしたその時――
「ああん、勇士さまぁっ……ご無体なぁ……っ、はぁぁんっ!」
真央が切なそうに身を捩り、甘い声で悶えた。
そうなのだ。感受性が強すぎる彼女は、俺が近づいただけで感じてしまうのだ。
先程までの様に、通常会話ができる程度に制御できる距離は五メートル。
その範囲内に俺が立ち入ろうとしたものなら、真央は性感帯を刺激される。
しかもそればかりではない。真央に触れようものならば、彼女は――
俺は、得意の跳躍力を発揮してバックステップで五メートル以上飛び退いた。
今回、彼女のフィールドへ立ち入った距離は二メートル程度だっただろうか。
「お、おい……無事か?」
「は、はい……軽く……どうにかなってしまいました……」
真央は、荒い呼吸で俺の言葉に答えた。
何がだ。おい、何がだ。
いや、ここは深く踏み込んで聞くべきことではない。
念には念を入れ、俺は真央との距離を十メートルほど離した。
すると真央は腰を押さえつつ、ヨロヨロと立ち上がって言った。
「勇士さまに……私の全てを奪われてしまいました……」
「何がだーっ!!?」
真央は乱れ髪を押さえつつ、恍惚の笑顔を浮かべている。
どうやら今日のところは、これで満足してくれたらしい。
これで……本当に良かったのだろうか。
この処女ビッチと俺は――平凡な高校生活を共に過ごすのだ。
◆ ◆ ◆
さて――
この二人を語るには、遥か一万年の時空を超える必要があるでしょう。
そう、誰にも語り継がれることのない、忘れ去られた悠久の伝説。
これは神々より約束された、ボーイミーツガールの物語なのです。
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