第三話 哀しいうそ

@kazuya

哀しいうそ


別れは眞由から言い出した。

私はどんなことがあっても別れたくなかった。

当然、眞由と結婚すると決めていたし、彼女もそうだと信じていた。


私はなんとかして眞由の気持ちを翻えそうと、必死で説得した。

だが、無駄だった。

翌日、私たちは二年間の付き合いに、ビリオッドを打った。


理由は、彼女が一人になりたいと言うこと。

そんなわけの分からない理由を納得するには、私は彼女を愛し過ぎていた。


別れた後も、私は未練がましく彼女を追った。

だが、彼女の姿はそれ以来、私の視界からプッツリと消えた。

勤めていた会社を辞め、実家からも姿を消した。


私は彼女が別の男と結婚したのかと疑った。

その疑念を確かめることも出来ずに、時間だけが経って行った。


新しい彼女をつくる気には、まったくなれなかった。

痛手を癒やすにはそれが一番なのだが、無理だった。

一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月・・・。


心の傷は癒えず、眞由の幻を追って思い出の場所をさまよった。

時間だけが失恋を癒やす薬だと言う人間もいるが、私には違った。

それどころか、時間が経つほど眞由へのいとしさがつのった。


大学時代の恩師がK病院へ入院し、見舞いに行くことにした。

病室は十二階の特別室。

K病院は始めてだったが、私は迷うこともなく恩師を見舞った。

病室を辞しての帰路だった。


恩師の隣の病室の患者の名札に、「高島眞由」の名前を見たのだ。

私はギクリとした、がまさかと思った。

こんな場所に眞由がいるはずがない。


病室へは看護師や医師、見舞客たちが慌ただしく出入りしていた。

半信半疑のまま、私はエレベーターで階下へ降りた。

恩師の病名は白血病だった。


玄関へ向かう私の足が止まった。

眞由と別れる直前、気になる彼女の体調の変化を思い出したのだ。

さっき病室で聞いた恩師の体の徴候と酷似していた。

引き返した。


エレベーターから降りて、病室へ走った。

制止する看護師の手を振り切って、部屋へ飛び込んだ。

ベッドの傍らに、眞由の両親と二人の兄がいた。


母親は目を真っ赤に泣きはらしていた。

全員が、無言で私に頭を下げた。

ベッドに・・・やせ細った眞由がいた。


一目で、もう口もきけない状態であることが分かった。

父親が眞由の手を取り、私に握らせた。

「分かるか、小野寺君が来てくれたんだよ」


眞由はかすかにうなづいたように見えた。

言葉がなかった。

ただ、冷たい眞由の手を握りしめ、歯を食いしばって嗚咽した。


こらえてもこらえても、喉から沸き上がる嗚咽を止められない。

三十分後、眞由は臨終を迎えた。

私は眞由と言う女性を、誰より理解しているつもりだった。


だが、自分の死を予感した時、最愛の私との別れを決意した彼女。

いまなら、二人は笑って別れられる。

哀しい死別はしたくない。

彼女のその必死の想いを、私は理解してやることが出来なかった。


眞由の哀しいうそと心情を思うと、たまらなかった。

別れるためについたうそ。

私を諦めさせるためについたうそ。

そんな哀しいうそがあるか。


彼女の葬儀が終わった後、彼女の母が私に詫びた。

母親だけが、眞由の私へのいたわりを分かっていたのだ。

彼女の気持ちを大切にしてくれた母に、私は無言で頭を下げた。


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