第2話  英雄、偉大なればこそ

「その前にひとつ確認デス。アナタは『ヘラクレス』って英雄を知ってるデスか?」


「え、うん。そんなに詳しくは知らないけど」


 英雄ヘラクレス。

 女神アテナと同様、ギリシャ神話について左程詳しくなくても名前を聞いた事はあるだろう、メジャーな存在のひとり。

 12の試練をこなし、はたまた古代オリンピック創設の起こりにも関わったとされるギリシャ神話最大の英雄とも名高い、だいだい大柄で半裸なマッチョで想像されるヒーロー。


「その有名なヘラクレスは、元々ギガーテと戦うことを望まれて生まれた。そんな話がある事は知っているデスか?」

「え、本当に?」

「本当デス」


 はるか昔、神々の時代。

 世界を治めていた神々は異邦の神ギガーテとの避けられぬ戦いを予期していた。そのための様々な準備をする過程で、ひとつの啓示を得たとされる。


「曰く、『ギガーテは神サマの手では滅ぼす事が出来ない』」

「……へ?」

「後に分かった事デスが、ギガーテは自分たちに特殊な呪いをかけていたデス。『神サマの攻撃では死ぬ事のない』不死の呪いを、デス」


 不死の呪い。

 そう言われて思い起こすのは、多少ダメージを与えても時間を巻き戻したように修復される巨人の姿。

 心臓以外を全て吹き飛ばしても死滅せず、その状態からでも復活しようとするおぞましいまでに不倒不屈の化け物。


「あれって、そういう……?」

「ハイ。神サマが相手だともっと瞬時に修復されたらしいデス」


 神サマではギガーテを倒す事が出来ない。

 その事を示された神々は、ギガーテを倒せる力を持ち、しかし神ではない因子を有し、神々に味方する存在を世に生み出そうとした。


「それがヘラクレス。半神半人、巨人殺しを望まれた混血の英雄デス」


 ギリシャ神話の主神ゼウスと英雄ペルセウス(姿を見た者を石に変える逸話で有名なメドゥーサを退治した人である)の孫・アルクメーネーとの間に生まれた、神ならぬ人の血を持った英雄。

 その有り様はギガーテを打ち倒すために作り出された兵器だと見る事も出来る。


「……まあ、例によってゼウス様の浮気癖がたまたま凄い英雄を作っちゃった説も濃厚デスが」

「そ、そうなんだ」


 ギリシャ神話には主神ゼウスの浮気エピソードがごろごろ転がっているのは有名な話で、さらに彼の浮気後、相手の女性と子供に降りかかる災いがセットになっているのも特徴のひとつである。


「これまた例によって夫の浮気に目ざとい女神ヘラ様がヘラクレスの元に暗殺者ならぬ暗殺蛇を送ったエピソードがあったりするので……」


 そう、ゼウスの浮気にはだいたい女神ヘラが相手方に呪いをかけたりするエピソードが追加されるのだ。例えば女神ヘラはゼウスの浮気相手を大きな熊の姿に変え、2人の間に出来ていた子供に討たせようとしたりなど割と陰湿である。


「慌てたゼウスが子供も小熊に変えて天に昇らせたのが大熊座・小熊座の成り立ちですって話だったけど、人間に戻してあげればいいのにひどいオチだよね」

「ノーコメント、デス」


 とはいえ、いくら嫉妬の化身ともされる女神ヘラでも戦争に勝つための大事な切り札を個人の感情で殺そうとしたりはしないだろう、おそらく。


「正確には浮気に怒ったより、ゼウス様がヘラクレスに不死の力を与えたくて昼寝中のヘラ様のお乳を飲ませようとしたのが悪かったデスが」


 古今無双の赤ん坊、乳を吸う力が強すぎてヘラが痛みで目覚めたほどだったとか。そうしてヘラが赤ん坊のヘラクレスを突き飛ばした時にこぼれた母乳が天に昇り、天の川ミルキーウェイになったとされる。


「ちなみにヘラ様が暗殺に送った蛇は、まだ赤ん坊だったヘラクレスに絞め殺されて返り討ちにあった初武勲的なオチがつくデスが」

「どんな赤ん坊なの」


 英雄の歩いた道に武勇譚はつきものだが、天の川を作った逸話といい、ヘラクレスは別格も別格、赤子の頃から桁が違ったのだ。

 ちなみにヘラクレスと女神ヘラの因縁はこれで終わらず、女神の呪いはヘラクレスの正気を奪い、かの有名な『12の試練』のきっかけとなる。


「で、どうしてヘラクレスの話を?」

「……そんな常識外規格外、英雄としても別格なヘラクレスが巨人との戦争ギガントマキアで何度も剣を交え、それでも討ち滅ぼす事が出来なかった相手がいたのデス」


 至極真面目に、フクロウの大きな目が僕を見据え


「それがアルキュオネウス。ヘラクレスに匹敵するとされる、巨神達の英雄」


 百の頭を持つ水蛇ヒュドラ、エリュマントス山の人食い猪、ステュムパーリデスの青銅怪鳥、地獄の番犬ケルベロスなど、ヘラクレスが屈服させたギリシャ神話の怪物は数知れず存在する。

 そんな英雄ヘラクレスと競り合った存在。

 それがどれだけ破格の相手であるのか、この時の僕は完全に理解できていなかったのだけど。


 ただその事実を語るヘイゼルの畏怖と恐怖が混ざった声色は耳に残った。


「そんなバケモノがこっちに来ないうちに封印を修復する。それがワタシの果たすべき役目と心得る、デス」


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●現在連載中の短編

 『一向に女神がやってこない』などもよろしくお願いします、本当に。


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少女天換プシュケー! ~巨神と戦うため、僕がボクになる話~ 真尋 真浜 @Latipac_F

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