年の終わりを静かに



「メルちゃん、こっちのプティングのお皿はもうテーブルに運んじゃっていいわ」

「はい、おかみさん」


 メルとプリムローズは台所で年末のごちそう作りの仕上げにかかっていた。

 テーブルにベオルークとシャイトの姿はまだない。

 彼らは年の最後の日だというのに、仕事を休まず働いているのだ。

「まったく、うちの男どもは仕事が趣味と同じなんだから」

 プリムローズは料理を盛り付ける手を止めて、ふぅ、とため息をつく。

「こんなときぐらい酒の一杯でも飲んだらいいでしょうに、ベオルークもシャイトも手元が狂うと危ないからって、ほとんど飲もうとしないし――お陰で私はとっておきの宝石ベリーのワインを独り占めできるけど、一人飲みは寂しいわ。早くメルちゃんがお酒飲めるようになればいいのに、ねぇ」

「あはは……」


 すでに、テーブルにはごちそうがところせましと並んでいた。

 もちろん、プリムローズが飲むための宝石ベリーのワインも雪の入った器でキンキンに冷やされている。

 最後に、スープの器をテーブルに置くと、年越しの宴の準備は完了だ。

「じゃ、メルちゃん。シャイトを呼んできてくれる? ごはんにしましょ」

「わかりました、なるべく早く呼んできますね」



 シャイトは茉莉花堂店舗の奥のスペースで何やら大きな布地を縫い合わせているところだった。

「先生ー。年越しの準備ができたよー。スープが冷めないうちに早く早く」

「……ちょっと待て、もうすぐここが縫い終わるんだ、それまで俺はてこでも動かんからな」

「てこでも動かないって……もう、先生ってば」

 ちらっと見たところ、実際にもうすぐ縫い終わりそうだとメルも思ったので、シャイトのやりたいようにさせておく。

 こうしている間にもスープが冷めてしまうのは気になるが、実際にシャイトはてこでも動かないだろうから仕方がない。

「先生、それ何つくってるところ?」

「お前のドレスを仕立て直してくれって、プリム母さんに頼まれてな。お前、あちこち大きくなっただろう」

「……あー、うん、まぁ、たしかにそうだけどさ……」

 一応、一応……メルも年頃の女の子なのでこういうのは少し恥ずかしいものがある。

「……自分でもドレスの仕立直し出来るようにしたいなぁ」

 メルはドールドレスは作れるが、人間サイズのドレスの仕立て方は教わっていない。

 だが、シャイトはもともと人間サイズのドレスの仕立て人だったらしく、メルのドレスを直すのもお手の物だ。

「やめておけ。お前はドールドレス職人だろう。ただでさえ覚えさせることはまだまだあるのだから、これ以上詰め込むこともない」

「うーん……そう、ですね」

 メルはまだまだ一人前とはいえないドールドレス職人だ。

 師のシャイトが言うとおり、横道にそれることもないだろう。






 のんびりとした年越しの宴も終わり、自分の部屋に戻る。

 そこではメルのドールであるエヴェリアが年越し用のおめかしドレスを着て机の上に座っている。

 それに、白が窓の外を眺めていた。

「白、寒くない?」

「寒くないよ――僕は寒さも暑さも感じないからね」

 実際に、白はいつの季節もおなじ真っ白な服を纏っている。

 とりあえずメルは年越しの夜のために新調した夜着に着替えて、お布団に入る。

「白、一緒に寝る?」

「うーん、すごく魅力的なお誘いだね。星を見てようかとおもったけれど、そのお誘いには抗えないや」

 白はぽふん、と可愛らしくベッドにダイブした。


「おやすみなさい、白。来年もいい年になるといいね」

「……そうだねメル。来年も、よろしくね」




 その夜、メルは夢を見た。

 ちょっと不思議な夢。


 どんな場所なのかもわからないふわふわしたたよりない空間に居る夢。

 この場所にいる夢を見るのは、メルは二度目だった。


「ここは……」


 そこにいるのは、輝くような金の長い髪の女の人。

 だけど青い瞳は昏く、生気が感じられない。

 大きめの胸がかすかに上下していたから、呼吸はしているのだろう。

 ――けど、呼吸をしているから、生きているのだといえるのだろうか?


「……」


 女の人が、メルを見つめ返してくる。

「……あ」

 生気のない瞳。

 まるで――まるであの人形のリンネメルツェそっくりな。

 おそるおそる、メルは自分に――いや、ドール・リンネメルツェに似た女性に尋ねる。


「貴女は――貴女は、リンネメルツェなの?」

「……リンネメルツェ……?」

「そう、人形の」

「お人形の…………リンネメルツェ……そう呼ぶ人は、居た気がする、けど、どうしてだろう、思い出せない……なにか……大事な……ことの気がするのだけど……」


 女性は、いや、リンネメルツェは頭を抱えて、苦しみだす。

 その様子があまりにも苦しそうで悲しそうで……哀れで、思わずメルはリンネメルツェを抱きしめた。

「……っ……」

 彼女の体はとても冷たい。

 なにか、生命の根源、魂の奥底から、大事なぬくもりを奪われるような感覚。

 それでもメルはリンネメルツェを離さない。今離してはいけない。

「……ありがとう、もう、いいのよ……もう離していいの、もう苦しくないから」

「でも」

「ありがとう……」

 はかない微笑みが悲しくて、メルは何か彼女になにかしたかった。

「なにか、私にできることはない?」


 するとリンネメルツェの瞳はわずかに生気を取り戻した。

 そうして、彼女は微笑んで。


「そうね…………。生きて。貴女は人として、生きて、幸せになって。それが私からの……ささやかなお願い。それだけで“私”は幸せだから」









「……っ!」

 飛び起きると、自分の部屋のベッドの上だった。

 ……白は、いない。いつものことだった。どこかにふらりと遊びに行っているのだろう。

 窓からは新年の朝日が差し込んでいた。

 机の上にはドール・エヴェリアがおとなしく座っている。


「夢……」


 いや、これはきっと夢ではない。

 メルは、そんな予感がしていた。





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